第14話

 夕日が差し込む休憩室は冬とは思えないくらいに暖かく、暖房も相まって俺と佐野さんは眠気に誘われてしまい、イルミネーションの点灯まで時間があるので仮眠を取ることになった。


 起きると、真っ暗闇の中に電飾で作られたサンタクロースやトナカイが光っている。


「佐野さーん、起きてくださいよ」


「んん……ふわぁ……おはようございます」


 佐野さんが顔を上げる。


「おはよ――ぶはっ……顔の横すごいですよ」


 寝起きの佐野さんの顔を見て笑ってしまう。佐野さんはどういう寝方をしたのか、頬に十字の寝じわがついてしまっていた。


 寝起きでポカンとしている佐野さんに頬を指さして教えると、佐野さんは手鏡で前髪を直しがてら頬を見る。


「ぎゃっ! こっ……これは恥ずかしいやつです……」


「いいんじゃないですか? 極道って感じですよ」


「極道……」


 佐野さんは両手で銃を作ると「バン!」と可愛い声でSEを付ける。そして、銃口に模した人差し指から煙が出ているかのようにフッと息を吹く。


「どうでした?」


「あっ……う、撃ち抜かれました……」


 この人、いちいち行動が可愛いんだよなあ。


 ◆


 休憩所から出た瞬間、白い息がモクモクと口から出始める。


 佐野さんは白い息と共に「うわぁ」と嬉しそうな声をあげた。


「綺麗ですね……じゅるり」


 佐野さんの視線はイルミネーションの主人公である大きな木ではなく、その少し向こうにあるキッチンカーを向いている。


「ま……またですか?」


「お外、寒くないですかぁ?」


 今まで暖かいところにいたのだからまだ手は冷えていないだろうに、佐野さんはわざとらしく両手を合わせてその中に息を吹き込む。


「なら手でも繋ぎますか?」


「へっ!? あ……はい……」


 佐野さんは照れながらも手を伸ばしてくる。


 笑って断られる予定だったのだけど、思ったよりも素直に受け入れられてしまい、俺の方が戸惑う。


 この人、警戒心薄すぎない!?


「佐藤さん、どうしたんですか?」


「あぁ……つ、繋ぎましょうか」


「はい!」


 佐野さんは俺の手を取ると指と指の間に自分の指を押し込んできた。


 まさかの恋人つなぎ!?


 佐野さんは俺の戸惑いには一切お構いなしで、腕をブンブンと振りながら歩いていく。


「あまじゃけ……じゅるり……」


 佐野さんの視線は休憩所の隣にある事務所。その中には「甘酒」と書かれた垂れ幕が掲げられていた。


「まぁ……甘酒なら……」


「ですよね!? 買いに行きましょう!」


 佐野さんは手を離す事なく俺の手を引っ張って店の中へ入っていった。


 ◆


 ホカホカの甘酒を手に佐野さんとイルミネーションの全体が眺められるベンチに座って電飾を眺める。


「綺麗ですねぇ……」


 白い息を吐きだしながらニカっと笑う佐野さんはとても可愛い。


「あ……そ、そうですね」


「私、ここに来て良かったです」


 佐野さんは甘酒を両手で抱え、真面目なトーンで話し始める。


「療養ですもんね。元気になれそうで良かったです」


「えぇ……東京で一人暮らししているので家でお休みしていたんですけど、その時はちっとも良くならなくて……結局無理矢理引っ越しをさせられることになったんですよ。それが嫌で、不安でたまらなくて。でも、来てみたら佐藤さんがいた。これって凄い事じゃないですか!?」


「あはは……ありがとうございます」


「本当、勇気を出して来てみて良かったです」


 佐野さんはニィと口を横にひいて笑う。


「佐野さんって凄いですよね。言葉がストレートというか……」


「アハハ……いろんな人にそれで怒られちゃってますけどね」


 ポリポリと頬を掻きながら苦笑いする。


 口調の違いはあれど、ベニーモ・タルトの時もずけずけと言う方なので根がそういう人なのだろう。


「それに、何でもじゃないですよ。隠し事だってありますから!」


「そうなんですか?」


「はい。私はミステリーガールなんですよ」


 佐野さんはむしろ隠し事をしていない人がしそうな風に胸を張ってそう言う。


「ゆーゆーゆー」と俺の知らない歌を口ずさんでいる佐野さんの隠し事は自分がベニーモ・タルトとしてVTuberをしていること、だろうか。


「本当にミステリアスなガールは自分からミステリーガールだと名乗らないし、目立つ赤いコートは着ませんよ」


「あはは……確かに……でもでも! 佐藤さんがあっと驚くような事が――」


 佐野さんがそう言って勢い良く立ち上がった瞬間、カランと音を立てて何かが佐野さんのポケットから落ちた。


「ん? なんですか? これ――あっ!」


 落ちたそれはアルミの蓋。「デーモンキラー」と書かれたそれはコンビニでもどこでも見かけるワンカップ酒の蓋だ。


 佐野さんを見るとほんのり頬が赤い。こっそり飲んでいたのか。この人、本当にダメ人間すぎる。


「こっ……これは……そのぉ……えいっ!」


 佐野さんは無理やり誤魔化すように俺の腕に抱きついてきた。


「そっ……そんなので誤魔化されませんから……」


「アハハ! 佐藤さんは何も見てませんよね! ね!」


「あっ……はい……」


 本人はほろ酔いで無意識なのだろうけど腕にガンガン胸が押し当てられていて、ワンカップを咎める事すら出来なくなってしまった。


 佐野さんが言っていた『あっと驚く隠し事』、これじゃないよね?

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