第13話

 イルミネーションをやっている公園に到着。空は若干赤みがかってきたところなので、もう少し待てばイルミネーションも点灯しそうだ。


 光りさえすれば映えるだろう金属の枠やただの木が並んでいる光景はお世辞にも楽しいとは言えない。


 それでも、佐野さんは俺の隣で目を輝かせていた。


「わぁ……すごいですね……」


「こっ、これがですか?」


「はい……じゅるり……」


 ん? じゅるり?


 よく見ると佐野さんの視線は真正面のイルミネーションではなく、少し斜めを向いていることに気づいた。


 その先にあるのは売店。臨時の設置なのか、キッチンカーなのでよく目立つ。


 それと、デカデカと「酒」と書かれているのが目についた。


 やっぱりこの人は酒しか目に入らないらしい。


「一杯までですよ」


「あ……でも佐藤さんは飲めないですもんね……私も我慢します」


「いいんですよ。程々なら」


「はい! 行きましょう!」


 佐野さんはニッコリと笑うと「おしゃけ! おしゃけ!」とはしゃぎ始める。今この瞬間、イルミネーションは脇役になることが確定した。


 お互いに社交辞令はなし。だから素直に行動してもらえば良い。


 今日は少し落ちている日のようだったし、佐野さんが元気になることが最優先だ。


 佐野さんは歩き始めに俺の手を握る。その手はとても冷たい。


「佐藤さんの手、温かいですね」


「相対的なものですよ」


「なら私の手が冷たすぎるってことですか!? 大変! お酒を飲んで温めないとです!」


 寒ければウォッカを飲めばいいじゃない、みたいな発想に基づいて佐野さんは売店の方へ向かって歩く。


 売店の前に到着した佐野さんはメニューを眺める。


「うーん……やっぱりここはクラフトビール……はっ! ぐっ、グリューワインですか……」


 アルコールメニューはかなり充実しているらしく、お洒落なラベルの瓶が店先に並べられている。


 佐野さんはどうしても一つに決めきれないようだ。


 何故か許可を求めるように俺の方をチラチラと見てくる。


「何ですか?」


「あっ……あの……そのですねぇ……私、優柔不断なんです」


 両手の人差し指の先をツンツンと合わせながら佐野さんはそんなことを言う。注文する酒を決めきれないらしい。


「でも自分で決めないと後悔しますよ」


「あっ……そうですよね……すみません」


 佐野さんには何故か俺の言葉が思った以上に刺さってしまったらしい。見ていられないくらいシュンとしてしまった。


「まっ……まぁ……折角のイルミネーションですからね! 俺の分も飲んでくださいよ。ビールとワインですか?」


「あっ……は、はい! 私が出しますから佐藤さんも好きなものを頼んでくださいね!」


 佐野さんは俺が注文に向かうのを制して鞄から財布を取り出す。車は俺が出しているのだしコーヒーくらい奢ってもらってもバチは当たらないだろう。


「じゃあ……コーヒーで」


「はい! 分かりました!」


 佐野さんはビシッと敬礼をするとキッチンカーのレジに向かい、店員を見上げながら注文を始めた。


 ◆


 佐野さんが注文して少しするとキッチンカーのカウンターに液体の注がれたコップが並び始める。


 何を注文したのかは聞いていないが、俺のコーヒーと、佐野さんのビールとワイン、合計3つだろうか。並んでいるコップも3つ。ちゃんと我慢できてえらい。いや、我慢は出来ていないのだけど、適量ということにしておこう。


 コップに俺のコーヒーと佐野さんのワインが注がれ、湯気が立ち上り始めたところでトレー毎受け取る。


 ここでトレーをひっくり返したら佐野さんに絶対嫌われるんだろうな、なんて思いながら座れるところを探す。


 外はさすがに寒い。辺りを見ると近くに休憩室を発見。しかも貸し切り状態だ。


 佐野さんと二人で休憩室に入り腰掛ける。


「ふぅ……おしゃけおしゃけ!」


 佐野さんはコートを脱いで椅子の背もたれにかけると早速ビールに手を伸ばした。


 場所が変わっただけで、まだ日も落ちきっていない時間から飲み始めてしまったことに変わりはない。これがマネージャーさんにバレたら俺が怒られるんじゃないだろうか、なんてヒヤヒヤしながらも佐野さんの飲みっぷりが気持ちよくてついつい眺めてしまう。


「ぷはぁ! あぁ……美味しいです」


「よ……良かったですね」


「でも……本当、私って優柔不断なんですよ」


「そうなんですか?」


「えぇ。お仕事を止めて休養するっていうのも自分で決められなくて……半ば強制的に決めてもらったんです」


「まぁ……そういうのは本人よりも第三者の方が客観視出来るんだと思いますよ。まだ会って数日ですけど、佐野さんって頑張り過ぎちゃいそうな人に見えますし」


 佐野さんは飲み終わったビールのカップの端を噛みながら「ほーなんですよ」と俺の意見を肯定する。


 タルトちゃんは一時期昼も夜も問わずほぼ常に配信をしていた。企業案件、事務所の他VTuberとコラボした独自の企画、ゲーム配信、歌枠、雑談、晩酌。それに付随する裏側の調整や事務作業も含めたらとんでもない仕事量だったことは想像に難くない。


 何をすべきで何をしないべきかなんて仕分けが出来るような状態じゃなかったのかもしれない。


「ほんと……休養の前が酷くて……パソコンの前でするお仕事なんですけど、最初は座って少しすると頭痛があるくらいだったのが、夏頃には吐き気も出てきちゃってて……本当、どうかしてましたよ。パソコンデスクの下にゴミ箱と別に吐く用の箱があるんですから」


 配信頻度が落ちていた頃も画面上ではタルトちゃんは笑顔だった。その向こうは凄惨な状況だったなんて思いもしなかった。


 活動休止発表前の配信を思い出すと泣けてきてしまう。あの裏で、佐野さんは決死の覚悟でパソコンの前に座って、リスナーを楽しませようとしてくれていたのだ。


「さっ……佐野さん……うう……よく頑張りましたね……もっと飲んでください……何でも奢りますから……いつもありがとうございます……」


「なっ……なんで私が佐藤さんに感謝されちゃうんでしょうか……」


 佐野さんは俺が自分のガチ恋勢だなんて一切気づいていない様子で、俺の涙に戸惑っていたのだった。

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