第12話

 ラーメンを食べ終わると佐野さんは少し持ち直したようでテレビをボーッと見ていたが、それも飽きたように俺の方を向いた。


「佐藤さん、どこか行きませんか?」


「買い物に行きます?」


「うーん……イルミネーションとかどうですか?」


 イルミネーション。とても冬っぽいイベントだ。クリスマスはまだ少し遠いけれど、それでもクリスマスと結びついて意識してしまうのは仕方のない事だろう。


 去年のクリスマスは柏原さんの紹介でイルミネーションの会場案内のバイトをしていたことを思い出す。


 当の本人は一人で会場に来るとイルミネーションも見ずに俺の隣りにいて写真を撮って笑っていたが、クリスマスイブの夜に一人で俺に絡むために来てイルミネーションも見ないなんて余っ程暇だったのだろう。


 佐野さんには恋人はいなさそうだし……


 いや、確認してなかった!


 佐野さんって彼氏いないのだろうか。念のために確認しておくべきだ。


 俺に依存するとかなんとか言っているくらいだし、多分大丈夫だろうけど。


「いいですよ。近くに規模の大きいイルミネーションがあるのでそこにしますか。でも、クリスマスに行ったりしないんですか?」


 佐野さんは俺の言葉を聞くなり毛布を頭から被ると、そこから顔だけを出す。


「なぜ、クリスマスに、行くん、ですか?」


 ニッコリと笑ってはいるが、言葉はとぎれとぎれで毛布はブルブルと震えている。透ける程薄い毛布ではないのだが、毛布の中では佐野さんが握り拳をプルプルと震わせている姿が容易に想像できてしまった。


 その反応で彼氏はいないのだろうと察するし、何ならクリスマスという単語もNGワードのリストに入れておいた方が良さそうな気配を感じ取る。「寒いんですか?」なんてジョークは以ての外だ。


「そ、そうですよねぇ!? 今日です。今日行きましょう。クリスマスに行くもんじゃないですよ!」


「はい! 私もそう思います! それじゃ……お風呂に入って……着替えて……髪の毛を整えて……お化粧をして……2時間後にまた来ますね」


「いいですけど……二時間後だとまだ明るくないですか?」


 現在13時。15時だとまだ明るくてイルミネーションどころじゃないだろう。


「せっかくなので暗くなるまでゆっくりしたいなって」


 俺の返事も聞かずに、佐野さんはそれだけ言い残して自分の部屋へ戻って行く。


 どこでゆっくりするのかは知らないけれど、俺も準備をしておこう。


 それにしても彼氏がいなくてよかった。


 いたら……ん!? 佐野さんに彼氏がいたら、それはつまりタルトちゃんに彼氏がいたってことになるんじゃないか!?


 自分がとんでもないことを聞いていた事に気づき、いなくて本当に良かったと思ってしまうのだった。


 ◆


 2時間と30分が経ってやっと佐野さんは部屋にやってきた。イルミネーションを見るにはまだ早いので全く問題は無いのだけど、こういう緩さが佐野さんらしい。


 初めて会ったときと同じ赤いコートを着ている。夜に備えているのか、中はかなり着込んできたようで着膨れしている。


「あはは……すみません。何を着たらいいのか迷っちゃって……」


 スネの辺りまでコートで隠れているから何を着ても一緒じゃないか、なんてツッコミは野暮。


「大丈夫ですよ。じゃあ行きますか?」


「はい! お願いします!」


 俺の先導で部屋を出て駐車場へ向かう。


 高級外車がチラホラと停まっている駐車場では、俺の軽自動車はかなり悪目立ちをする。


 見栄を張りたい訳では無いにしても、少しばかり恥ずかしい思いをしながら佐野さんを助手席へ案内。シートベルトを締めた佐野さんは俺の方を向いて頭を下げる。


「よろしくお願いします」


「あ……は、はい。任せてください!」


 なんとも丁寧な人だ。


 エンジンをかけると、カーオーディオに繋いでいたUSBメモリから音楽が流れる。Bluetooth? そんな高性能なものはついてませんよ。


 流れ始めたのはアイリッシュ音楽。アコーディオンやバンジョーの音に乗せて、立派なひげを蓄えていそうなおじさんの声が車内に流れ始める。


「わぁ……これいい感じですね」


「ほっ、本当ですか?」


「はい! 楽しい気分になります! これ……どんな歌なんですか?」


「あー……強盗したぜイェイ。酒飲むぜイェイ、みたいな感じです」


「ふふっ、私みたいですね」


「強盗なんですか?」


「そ、そっちじゃないですよぉ!」


 ペシペシと俺の肩を叩きながら佐野さんが突っ込んでくる。


 曲は終盤だったのですぐに終わり、次の曲へ。


 ぴこぴこと鳴っている電子音のイントロで気づく。次の曲はベニーモ・タルトのオリジナルソングだ。


 曲が始まってコンマ数秒で慌ててつまみを握って音量をゼロにする。


「あ……ど、どうしたんですか?」


 佐野さんは俺が慌てて音量を下げたことに驚いている。すぐに対応したけれど自分の曲だからさすがに気づいてしまっただろうか。


「あ……そ、その……音楽より佐野さんと話したいかなぁ……なんちゃって」


「さ、佐藤さん……私もそうしたいです……」


 佐野さんは自分のコートに負けないくらい顔を赤くして俯いてしまう。


 あれ? 助かった?

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