第6話
佐野さんが引っ張られて行って一時間後、また玄関チャイムが鳴った。
この2日くらいは佐野姉妹にかき回されている感じがしてならない。隣に騒がしい人が来てしまったものだ。
玄関を開けると案の定そこにいたのはお姉さん。
「どーもぉ、先程は妹が失礼しましたぁ」
相変わらず声のトーンが高めだ。
「い……いえ。大丈夫ですよ」
「少しお話しても?」
「あ……はい。どうぞ」
お姉さんを再びリビングに上げる。
「佐藤さん、昨日は本当にありがとうございました。急遽決まった引っ越しだったで私も外せない用事がありまして……そのまま妹を一人にしていたんです」
「そうなんですね。でもただの寝不足だって聞きましたよ」
「え……えぇ。あの……隣人ということと、昨日の件からも佐藤さんは信頼できるとあの子も言っていたので少しだけプライベートな話をさせて頂いても良いでしょうか?」
「あぁ……いいですよ」
「実はあの子……仕事を頑張りすぎて少し不調なんです。その……心の方が」
「あぁ……それは何となく聞きました。やっぱりアル中なんですか? お酒が好きみたいですけど……」
「いえいえ! そこまでではないですよ! もちろん褒められたことではないですが、嗜む程度ならオーケーと医師からも言われているので」
「あ……そうなんですね」
「ただですね……その……少々酒癖が悪くてですね……」
「あぁ……何となくは」
昨日の泥酔した佐野さんを思い出す。ベニーモ・タルトを意識しているのか否かは置いておくとしても、明らかに普段のそれとは人格が変わっていた。
「既にご存知だったら話が早いです。無理にとは言いません。ですが、出来る限りあの子にはお酒を与えないで頂きたいんです」
「健康面では問題は無いんですよね? だとしたら何故ですか」
「あっ……それは……」
答えづらそうなので深くは追求しない。
いや、やっぱり佐野さんってタルトちゃんじゃないの?
酔うと何故かあの話し方になるから身バレしちゃうってことでしょ?
自分の仮説を補強するため、少しだけ探りを入れてみることにする。
「そういえば佐野さん……妹さんってどのくらいここに住まれるんですか? 療養だって聞きましたけど」
「今のところ一ヶ月の予定ですね。あまりフラフラしないように、と言いたいのですが、療養中は自由にノビノビとさせて元気になってもらいたいということもありまして……」
これまたタルトちゃんの休業期間と被る。
いや、落ち着け自分。色んな要素を組み合わせて自分に都合の良いように解釈しているだけだ。そんな訳ないじゃないか。
「佐藤さん、こんなことをお願いするのは違うのかもしれませんが、あの子が来たら相手をしてあげて貰えませんか?」
「あ……それは全然、はい、大丈夫です」
「そうですか! 佐藤さん! 是非、あの子の事、お願いしますね! ありがとうございます!」
お姉さんは目を輝かせて俺に礼をする。
「では、お酒はほどほどに、を合言葉でお願いします! それでは!」
話がまとまるとお姉さんは部屋から出ていく。いや、お姉さんじゃなくてマネージャーさんと言うべきなのだろうか。
俺の頭の中は答えを知りたい、その一心に囚われてしまっていた。
◆
答えを知るため、車を走らせてやってきたのは法務局。
「あの……登記簿謄本を取りたいんですけど」
受付の女性に話しかけると、慣れた手つきで用紙を出してくる。
「はいはい。これを書いてくださいね。手数料はあっちの機械で払ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
こんなところに来た理由は、マンションの名義を調べるためだ。
佐野さんは自分が住んでいる所は社長の持ち物だと言っていた。
登記されている所有者を調べてみれば何かが分かるかもしれないと思ったのだ。
書類を記入して提出。椅子に座って発行されるのを待つ。
この待ち時間にどうにも耐えられずソワソワしてしまう。
知らない人の名前が書かれていればそれでいい。佐野さんはベニーモ・タルトじゃないと確信をもって接すればいいだけだ。
数十分も待つと、俺の名前が呼ばれる。
逸る気持ちを抑え、車に戻って封筒の中身を確認する。
『所有者:安東成海(あんどう なるみ)』
知らない名前だ。念のため検索すると、白いジャケットを着こなす若い女性が出てきた。
サジェストを見ると「安東成海 えくすぷろぉらぁ」というものがある。
その単語が共起する事を期待していたようで、そうでなかったような不思議な感覚だ。
その候補をタッチすると、トップに出てきたのはベニーモ・タルトが所属している事務所『えくすぷろぉらぁ』のホームページ。
そこには『代表取締役 安東成海』と書かれていた。
要するに、佐野さんが住んでいる部屋の所有者はえくすぷろぉらぁの社長ということだ。
つまり、佐野さんはえくすぷろぉらぁと何らかの関係がある人。
そして、佐野さんはベニーモ・タルトと声が似ている。というか瓜二つだ。酔うと話し方まで似てくる。
更に、佐野さんは姉を「マネちゃん」と呼ぶ。これはベニーモ・タルトが自分のマネージャーを指す時に使っていた呼び方だ。
更に更に、ベニーモ・タルトが休養を発表した次の日に、佐野さんは引っ越してきた。
更に更に更に、佐野さんとベニーモ・タルトの療養期間が一致している。
これは……都合のいい妄想ですね!
いやいや、そんな訳ない。
タルトちゃんが隣の部屋に引っ越してきたってこと!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます