第4話

 一人暮らしには広すぎるリビングの真ん中に置かれたローテーブルもこれまた大きい。宅配ピザを何枚も並べた横で人生ゲームを複数遊べそうな程の大きさのテーブルの隅に二人分のコップとペットボトル、酒瓶を置く。


「間取り、うちと似てますね。このマンション、すっごく広いんですね。朝来たときびっくりしちゃいました」


「元々お金持ちの別荘用ですからね」


「佐藤さんはなんでここに一人で住んでるんですか? もしかして……お金持ち?」


「軽自動車に乗る金持ちなんていませんよ。ここ、叔父さんの持ち物なんです。どうせ部屋に引きこもるなら家賃も要らないし、環境がいいところにしろってうるさくて」


「いい叔父さんですね」


「あはは……まぁそうですね。でもそれを言うなら佐野さんだって、お姉さんと二人で住むには広すぎません?」


「私も人から借りてるんです。療養で。社長……あー……社長がいまして。会社の」


「会社の社長が貸してくれてるんですか!? 随分太っ腹ですね」


「あはは……まぁ小さい会社なので」


「そういえば仕事って何をしてるんですか?」


「へっ!? ま、まぁいいじゃないですか! 飲みましょ!」


 佐野さんは誤魔化すように俺と自分のコップにトプトプとウィスキーを注ぐ。


「ちょ……多すぎません? ハイボールですよね?」


「え? このくらいじゃないんですか?」


 佐野さんの「このくらい」は原液寄りの濃い目。割合はウィスキーがコップの7割。明らかに普通じゃない。


 やはりこの人、酒豪か。


「今日はセーブしましょうよ。これ一杯だけですからね」


 そう言って俺は佐野さんのコップからウイスキーを自分のコップに移し替える。佐野さんにいたずらをされないうちに二人のコップに炭酸水を注いで酒の入る余地を無くす。これでもかなり濃い目だろう。


「むぅ……佐藤さんのケチぃ」


「そんなこと言わない。はい、乾杯」


「かんぱーい!」


 佐野さんは明るくそう言ってグビグビと一気にハイボールを飲み干していく。


「ぷはぁ! あー……おいひー! うう……さすがにこの時期は冷えますね……ぶるぶる……」


 酒を一気に飲んだり体を震わせたりと忙しい人だ。


 暖房の温度を上げるために壁に埋め込まれたコントローラーの元へ向かい、設定温度を数度上げる。


 そういえば帰ってからトイレに行ってなかった。


「佐野さん、俺は今からトイレに行きます」


「え? あ……はい。どうぞ」


 佐野さんはしめたとばかりに酒瓶に手を伸ばす。


「一杯だけの約束ですよ、佐野さん」


「にっ、匂いを嗅ぐだけですから!」


「本当に?」


「えぇ、本当です」


「顔にUSOって書いてありますよ」


「未確認飛行物体ですか?」


「それはUFOです」


「アメリカ合衆国ですか?」


「それはUSA」


「宇佐市のローマ字表記ですか?」


「それもUSA……ってもういいですか?」


「はい! いってらっしゃーい!」


 佐野さんは陽気な人のようだ。酒さえセーブしてくれたらいい隣人になりそうな予感がした。


 ◆


 トイレに入ると紙が切れていたので交換。しかも床にありとあらゆる縮れ毛が落ちていて、さすがに佐野さんにこれは見せられないということで掃除を開始。


 トイレを出たときには、明らかにうんこをしていたと思われても仕方のないくらいの時間が経っていた。


 リビングに戻ると佐野さんはもはや当然のように約束を破り、ウィスキーをごくごくと飲んでいた。


「佐野さん! 言いましたよね!?」


「はい? なんなんだい、キミは。ボクに向かってどういう了見で酒を制限するんだい?」


「なっ……え!?」


 ほっぺは真っ赤。目もトロンとしている。泥酔しているのは明らかだ。ほんの十分程度の間に酔っ払ってしまったらしい。


 酒に弱すぎるという事よりももっと驚いたことがある。


 その豹変先は俺が恋い焦がれて仕方のない、ベニーモ・タルトにそっくりな話し方なのだ。元々声は似ていた。だが、流石にそんな訳はないだろうと思っていた。


 しかしどうだ。この話し方をする声が似た人が一体世の中に何人いるのか。他の可能性があるとしたら、実は佐野さんもタルトちゃんのファンで真似をしちゃうちょっと痛い女の子なのかもしれない。


 いや、そうに決まっている。タルトちゃんは今頃、家で療養中。ゆっくりしているはずなのだから。


 ん? 療養? さっき佐野さんも療養だって言ってたな。


 え? まじでタルトちゃんなの!?


「おいおい、佐藤クーン。なーんでキミはボクを無視して口をパクパクさせているんだい?」


 佐野さんは立ち上がるとフラフラとした足取りで俺の元へやってくる。


「え……あ……」


「だーかーらー、キミは一体全体ボクのなんなんだ?」


 ガチ恋勢です! と答えてしまいそうになるくらいに目の前にいるのは佐野さんでありながら、その振る舞い、声、話し方、その全てがベニーモ・タルトだ。


「うそだろ……」


「質問に答えないのかい? そういう人には――」


 佐野さんは急にスイッチが切れたように白目をむいて俺に抱きついてくる。


 床に倒れ込むのをすんでのところでキャッチ。


 抱きとめた佐野さんからはとてもいい匂いがする。甘い、スイートポテトのような匂いだ。


 そんな佐野さんをどうこうする気は流石に起きない。犯罪だし。


 リビングのソファに横たえると、部屋から毛布を持ってきて、それを佐野さんの身体にかける。


「ふふっ……おしゃけぇ……」


 佐野さんは夢の中でも酒を飲んでいるようだ。目を細めニンマリと笑う佐野さんの笑顔を焼き付けながら、俺は自分の仮説を確かめるために部屋へと駆け込んだのだった。

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