第2話
「ねっ……寝不足と二日酔い!?」
俺が医師から告げられた原因は想像の斜め上を行くものだった。
ここはマンションから程近い場所にある総合病院の病室。
救急車を呼ぼうとしたが電話口で話したところそこまでの緊急性はないらしく、結局タクシーでやってきたのだが、まさかの寝不足と二日酔いのダブルパンチで倒れただけだったらしい。実際に倒れたのだから、それはそれで深刻なのだろうけど。
「あ……あはは……面目ないです」
少しだけ不健康なクマを見せつけながら、その女性はベッドの上で謝る。
「あ……いや、俺が早とちりしただけで……すいませんでした!」
「いっ……いえ! 気にしないでください! 私こそ、自分の体調も分からないようなバカなので……」
女性の名前は佐野成葉(さの なるは)。佐野という名字に心当たりはあるものの、医者がいるのでそんな雑談を差し込める様子ではない。
「まぁ……そもそも論ですが、倒れるほど寝られないし、お酒に依存するというのも少々問題があるかと思いますので、良ければこのまま精神科を受診していかれますか?」
医者は淡々とそう尋ねる。
「あ……大丈夫です。ありがとうございます」
佐野さんは穏やかな口調で断る。
「そうですか……では、点滴があと2時間くらいですから、それが終わったら帰っていただいて結構ですよ。また何かあったらいつでもどうぞ」
早口でそう言うと医者は病室を出ていってしまった。部屋は俺と佐野さんの二人っきりになる。
「あの……ありがとうございました。お名前、まだ聞いてないですよね?」
「あぁ……佐藤優一(さとう ゆういち)です」
「佐藤さん、ありがとうございました。佐野成葉です」
佐野という名字には聞き覚えがある。隣に引っ越してきたと早朝に紅芋タルトを持って挨拶に来た人も佐野という名字だったからだ。
その人は妹と二人暮らしと言っていたし、実際目の前にいる佐野さんと挨拶にきた佐野さんは少し歳が離れた姉妹と言われてもしっくりくる年齢差にも思えた。
「佐野さんって……最近あのマンションに引っ越されましたか?」
「なっ……何でわかるんですか!?」
「あ……実はですね……俺、多分佐野さんの隣の部屋に住んでまして、今朝お姉さんが挨拶に来られたんですよ。お菓子を持って」
「沖縄っぽいお土産ですか?」
「あ……そうですそうです! 紅芋タルト」
やはりあれは沖縄旅行の土産だったらしい。
何故かその名前を出すと佐野さんはギクりとした様子で顔を歪ませる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ……いえ、何でもないです。点滴、決行時間がかかっちゃうので適当なタイミングで外してくださいね。今日はありがとうございました」
また佐野さんは丁寧に頭を下げる。
「そういえば、お姉さんに連絡しました?」
「まね……姉は東京に仕事で戻ったので後で連絡します。とんぼ返りで来てもらうのは悪いので」
佐野さんは「あね」を「まね」と甘噛みしながらそう答える。
「なら送りますよ。どうせすぐそこですから。ま、坂道が凄いんですけどね」
「そっ、そんなの良いですよ! 病院まで連れてきてもらっただけでも悪いのに……」
「気にしないでくださいって。沖縄土産のお礼ですから」
「そ……それなら……お願い……します」
佐野さんは顔を赤くしてポリポリと頬をかきながら承諾してくれた。
「じゃ、車取りに行ってきますね。多分……四十分くらいで戻ってきます」
「あ……は、はい! お願いしまっ……あだっ……」
佐野さんは勢い良く頭を下げたので、ベッドに取り付けられたテーブルにおでこをぶつける。
「あはは」と笑いながら誤魔化している佐野さんを見ていると、色々と大丈夫なんだろうか、この人、と少し心配になってしまうのだった。
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