推しVTuberが病んで活動を休止した。翌日、隣に美女が引っ越してきた。
剃り残し@コミカライズ連載開始
第1話
『弊社所属タレント ベニーモ・タルトに関するご報告』
SNSを眺めていると、俺が推しているVTuber事務所『えくすぷろぉらぁ』の公式アカウントがそんな投稿をしていた。
ベニーモ・タルトは俺が一番に推しているVTuberで登録者は120万人の超人気者。ふかし芋のようにしっとりと甘い声がウリと自称するくらいに抜群の声質と、辛辣な言葉遣いのギャップで成り上がった人物だ。
このところ、配信の頻度は落ちていたし、界隈では何かあったかと心配されていた矢先の『ご報告』の投稿。
事務所の公式アカウントから発信されている時点で明らかに良い報告ではないことは分かるが、それでもいても立ってもいられずにリンクをクリックする。
冒頭の定型文を読み飛ばし、真ん中付近へ書かれた本題へスクロールする。
『この度、ベニーモ・タルトが適応障害との診断を受けました。意志を交えた本人との話し合いを踏まえまして、1か月程度の間活動を休止させていただく運びとなりましたことをご報告させていただきます』
「えっ……ええ!?」
一人部屋に俺の大きな声が響く。タルトちゃんが活動休止?
慌てて適応障害について検索をかける。
ストレス要因によって不調をきたす。ストレス要因から距離を置くことで症状が改善する、と書かれている。
VTuberとしての活動がストレスということなのだろうか。確かに彼女の配信のスタイルはたびたび炎上をしていたが、それは興味のない外野が火付けをして遊んでいただけ。VTuber界隈のファンは彼女の言動を楽しんでいたはずだ。
もし、そのキャラクラー設定に耐えかねてしまったのだとしたら、戻ってきてくれるのだろうか。
不安は尽きないが、ファンとしては戻ってくることを信じるしかない。
結局、この日は何も手につかないまま早めの就寝となった。
◆
翌朝、玄関チャイムの音で目が覚めた。
宅配業者だろうか。エントランスではなく、いきなり玄関前のチャイムなのでその線は薄い気もしつつ、玄関ドアに歩いていき、覗き穴から外の様子を伺う。
そこに立っていたのは、冬らしくコートを着込んだロングヘアーの女性。このマンションがあるのは鎌倉からほど近い場所ではあるが、それでもあまりお見かけしないようないかにも都会の女といった出で立ちの人だ。
念のため、ドアチェーンをつけたままドアを開けて応対する。
ドアを開けた瞬間、食い気味にその女性は挨拶をしてきた。ドアチェーンで固定されている狭い隙間から無理矢理顔をねじ込んできそうな勢いだ。
「おはようございますぅ! 朝からすみませぇん!」
「あっ……は、はい」
「実は隣に引っ越してきた者でして……御挨拶をと思いまして。
「これは……ご丁寧にどうも」
「私と、この妹で二人暮らしの予定なんですけどぉ……もしうるさかったりしたら気兼ねなく仰ってくださいね!」
「あぁ……はい」
「お土産のお菓子、ここに置いておきますね! 失礼しますぅ!」
言いたいことを言って佐野さんは去っていく。
玄関の外に何か置いてあるらしいけど、回収するのが面倒なので二度寝して、買い物に行くときに回収することにして、もう一度ベッドに向かうのだった。
◆
気持ち良く二度寝から起床。大学を休学中のニートにとって、昼の十二時が本来の起床時刻だ。
寝起きのスウェットにマフラーを締めて財布と車の鍵を持って外に出る。
玄関の横には見慣れない紙袋が置いてある。そういえば今朝、隣人が引っ越しの挨拶に来たのだった。
寝起きで朧気だが美人だった気もする。
紙袋の中は紅芋タルトが入っていた。
「沖縄帰り……ってこと?」
昨日、タルトちゃんが活動休止を宣言したこともあり、あまり見たくない菓子だ。
取っ手を掴んで紅芋タルトを紙袋ごと玄関マットの上に置く。玄関先も外と変わらないくらいの寒さだし傷みはしないだろう。
靴を履き、外に出ると白い息がモクモクと出てくる。本格的な冬が到来していることを感じる。
内廊下になっているマンションの廊下に備え付けられた窓から外を見ると、遠くに海や海岸に着けられた大量のヨットが見える。ここはマンションの3階だが、山の上という立地もあり、とても眺望が良い。
東京からほど近いこの場所は皇族の別荘もあるほどリゾート地として有名な街で、俺の住んでいるマンションも所謂別荘用のリゾートマンションというやつに入るらしく、不必要なほどにリビングが広い物件だ。当然、家賃もそれなり。
本来ならただの大学生の俺がこんなところに住めるはずもないのだが、実はいくつもの会社を経営している叔父の所有物件で、そこを0円で借りているというのが実態。
窓に向けていた視線を落とすと、マンションの中庭兼エントランスが見える。よくわからない女神の像やら彫刻やらが飾られていて、毎月の管理費にあの芸術作品の維持費も含まれていると思うとなんとも複雑な思いだ。
そんな代わり映えしない景色だが、今日はいつもと違う点が一つだけあった。マンションのエントランスの石段にへたり込んでいる人がいたのだ。
赤いロングコートを着ているのでよく目立つその人は、俯いて今にも倒れそうだ。
と思った矢先にその人がバタンと倒れる。
慌てて廊下を走り、エントランスへ急ぐ。
オートロックのドアをくぐって外に出ると、上から見たときと同じ姿勢で人が倒れていた。
「だっ……大丈夫ですか!?」
慌ててその人を抱きかかえる。
薄い唇は青いが、息はある。
こんな時に思う事ではないが、とても可愛らしい人だ。このマンションに住んでいたとしたら、一度見たら忘れるはずがないだろう。
瞑った目は切れ込みが深く入り、睫毛も綺麗にカールしているし、肌もつやつやで小綺麗にしている印象が強い。
「あ……うぅ……」
「大丈夫ですか!? 救急車、呼びますか!?」
「あ……頭が痛くて……」
弱っている女性を前に思うことではないのかもしれないが、とてつもなく可愛い声をしていた。ふかし芋のようにしっとりと甘い声だ。
それにしても、倒れるくらいの頭痛がするなんて何か脳の病気なんじゃないだろうか。
「きゅっ、救急車を呼びますから! 大丈夫です! 安心してくださいね!」
俺は慌ててポケットから携帯電話を取り出した。
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