9 犬、拾った。飼っていい?

「犬、拾った。飼っていい?」

 開口一番、誘鬼ゆうきいさむに仔犬を見せて言った。仔犬を見た勇は「犬……?」と少し困惑したようにつぶやき、華多菜かたなはわずかに目を見開いた後になぜかにやりと笑ってみせた。

「迎えが来るまで、世話をしてやるがよい」

 そう言って誘鬼たちが連れ帰った仔犬を飼うことを許してくれたのだが、紫苑しおんにはやはり微笑んで首を縦に振ってくれたはずの叔母おばの笑顔が、にやりと笑ったように見えてしかたなかった。

 仔犬の名前はポチとなった。名付け親は誘鬼だった。誘鬼曰く「ポチっぽい顔をしているから」なのだそうだ。それを言うなら、紫苑にはタロウっぽい顔に見えると思ったのだが、分かりやすいし鶴戯つるぎも言いやすいだろうということで、ポチに決定した。この名前の安直さと不似合いさに気が付き、陳謝するのはこれより十年ばかり後のことだった。

「犬って、何を食べるの?」

「そうでございますねぇ。雑食ですから夫婦喧嘩以外なら、肉でも魚でも何でも食べると思いますけど、え? 仔犬? ああ、ポチでございますか。ポチでしたらトウモロコシが好物だと華多菜様がおっしゃっていましたわよ」

「トウモロコシ?」

「ええ。トウモロコシをあげたら喜ぶそうですわよ」

 妖女あやめが答えると、誘鬼たちはふうんとうなずいた。

「わかった。ありがとう、妖女ちゃん」

 誘鬼はきょろきょろと足元を見ながらくりやへと向かった。きょろきょろとしているのは、ポチがついてくるのを確認しているからだ。一歩ほど下がって歩く紫苑は、それをおもしろそうに眺めながら歩いている。誘鬼が右を見るとポチは左側へ回り、慌てて左を見るとポチはするりと右足に擦り寄り誘鬼を混乱させた。

「華多菜さん、なんでも知っているね」

「うん。言われないとトウモロコシなんて食べさせようって思わなかった。しかもそれが大好きなものなんてな」

「うん。好きなもの知れてよかった」

 紫苑は笑うと側へ寄ってきたポチをみてかがんだ。黒い頭に手を添え優しくなでると、ポチはくうくうと喉を鳴らして身体ごと尻尾を振った。しかしポチは、犬らしくワンとか、仔犬であるからキャンとでも、そういう鳴き声はまだ一度も出していなかった。

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