8 落雷
その瞬間に目に刺さった白い光が光であると認識する前に、目を刺す光に思わず瞼を閉じてしまったのとほぼ同時に、ものすごく大きな音が三人のすぐ近くで鳴った。その音は鼓膜だけでなく彼らの全身をも激しく震わせるほどの強い響きだった。鋭い光と鼓膜を突き破るような激しい轟音に、
紫苑は何度もまばたきをした。何が起こったのか、まったく考えられない。掌がザラザラした面を撫でている。膝が固いものに当たっている。同様の感触が背中や腕、顔には感じられない。それで紫苑は、自分が地面に膝をついて座り込んでいるのだと気が付いた。
何度もぱちぱちとまばたきを繰り返し、ぼんやりとした意識と視界で辺りを振り返ると、すぐ近くに
――目の前に、雷が落ちた、らしい。
後に彼らは、青天の
呆然としながら、紫苑は状況を把握した。時間とともに、視力と聴力が回復してきはじめた。心臓がばくばくいっている。近くにいる鶴戯は、まるで人形のようにまばたきひとつせずに座っていた。誘鬼の方も似たようなものだった。紫苑も例外ではない。三人とも呆然と座り込んでいた。豆鉄砲を食らった鳩とはこんな感じなのだろうと、二人の従弟を見て思ったら、紫苑は少しおかしくなった。
「鶴戯」
紫苑が隣で人形のように座り込む鶴戯の肩を軽く揺すると、鶴戯はゆっくりと振り向くと、ようやくぱちぱちとまばたきをはじめた。鶴戯を揺する紫苑の手が震えている。紫苑はその手で目元をこすり、二、三度大きく息をすると、少しだけ落ち着けた気がした。身体をひねって反対側にいる誘鬼を見ると、なぜだか誘鬼は頬を膨らませていた。
誘鬼は立ち上がろうと掌を地面につけて腰を浮かせていた。しかしうまく膝を立てられないようで、すぐにぺたりと地面に腰を落としてしまい、それを繰り返しているようだった。同じように紫苑も腰が抜けてしまって、立ち上がって歩くには少し時間がかかりそうだった。
「誘鬼。大丈夫?」
紫苑が誘鬼の名を呼ぶと、誘鬼は前方を指さして「犬」と言った。犬がどうしたのだと問いながら誘鬼の指が指す方を見ると、なるほどそこには黒っぽい毛並みをした仔犬のようなものが転がっていた。その仔犬に近づきたくて、誘鬼は立ち上がろうともがいていたようだった。
仔犬に気が付いたら、紫苑は足腰に力が入ってきたような気がして、掌で地面を押すように腰を浮かせ、膝に手をやって立ち上がった。思ったよりもしっかりと立てたので、紫苑はゆっくりと歩いて誘鬼のところに行くと、誘鬼は「よいしょっ」と声をあげて勢いよく立ち上がった。しかし、反動をつけすぎたらしく、立ち上がった誘鬼の身体は大きくぐらつき、危うくもう一度地面に座り込むところだった。誘鬼は紫苑より早く立ち上がることができなかったのが気に食わなかったようで、少し不満げに頬を膨らませている。
「紫苑が先なんて、ずるい」
ずるいと言われても困る。だって、自分はこの中でいちばん年が上なのだから、何かあった時は、自分がふたりを守ってやらねばならないと紫苑は思っていた。それよりも、年長だろうがなかろうが、責務だろうがそうでなかろうが、自分がふたりを守るのだと強く心に決めている。
紫苑は素直に困った顔を誘鬼に向けた。
「俺の方がひとつお兄ちゃんだから」
「……草笛だって、紫苑が上手に吹けるし」
「お兄ちゃんだからだよ」
唇を尖らせながらも渋々頷く誘鬼に困ったように笑いかけると、紫苑は誘鬼の手を取って先に転がる犬に近づいていった。何かあったらいけないので、鶴戯はその場に座らせたままだ。誘鬼と紫苑が近づくと、仔犬はくうぅと喉を鳴らして二人を見上げた。
結果として、紫苑たちはその仔犬を拾って帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます