7 草笛

 その帰り道。

 昼餉時が近づき、三人が桃の木のお婆の住まいを出た時も、天上は雲ひとつない青空だった。天中近くから射す陽の光に、紫苑しおんは目をそばめると自分の頭のてっぺんに手を当てた。ほんの少しの間で、髪は一気に熱を帯びていた。手をつなぐ鶴戯つるぎを見下ろすと、細くて薄い茶色の髪の毛が、陽の光を浴びてキラキラした綿のようにみえた。傍らの誘鬼ゆうきは日差しなど気にすることなく、ひらひらと舞う蝶々や脇道に生える草の中を跳ねる虫を追いかけたり、変わった形の葉っぱや実をむしり取ってはポイポイと投げていた。それを見た鶴戯は紫苑の手を解くと、近くの葉っぱをむんずとつかんでブチッと引きちぎると、前方へ向かってペイッと投げた。葉っぱは少しも前へ飛ばず、見えない壁にぶつかったようにすぐ前でくるりと上向きに回転した後、左右に弧を描くようにヒラヒラと落ちていった。

(ぜんぜん雲がないな)

 改めてそんなことを思いながら、紫苑も従弟たちに倣うように側の葉っぱを一枚摘むと、くるりと巻いて口にくわえて息を吹いた。

 プー プー

 音が出た途端、鶴戯がパッと振り返って紫苑を見た。もう一度息を吹き込み音を出すと、目を丸くして驚いてくれた。誘鬼も興味津々の様子だ。

 プー プー プー

 鶴戯の反応が予想以上に良かったので、さらにもう一度音を鳴らすと、鶴戯は目を輝かせて喜んでくれた。

「紫苑、どの葉っぱ?」

「これだよ。こっちのでも、どれでもできるよ」

 紫苑は手ごろな葉っぱをちぎってよこした。誘鬼はその葉っぱを受け取ると、紫苑がやったようにクルクル丸め、口にくわえてフーフーと息を吹いたが、音は一向に鳴らなかった。

「ちょっと弱めにくわえて、フーって吹いて」

「こう?」

「うん。それで、フーって」

 紫苑が葉っぱをくわえるところからやってみせるが、誘鬼の葉っぱからはスースーと息の抜ける音がもれるばかりだった。

 紫苑はもう一枚葉っぱを摘むと、くるりと丸めて口にくわえて息を吹いて音を鳴らした。先に吹いていたものより少し高い音がした。

「これ、吹いてみて。はい。鶴戯にもあげる」

 スー スー

 スー スー スー スー スー

 ……。

「……鳴らない」

 葉っぱをくわえたまま、誘鬼が唇を尖らせた。

「大丈夫だよ。練習すれば、すぐに鳴るようになるよ」

「本当?」

「俺も最初は鳴らせなかったけど、練習したら鳴るようになったよ」

 青天の下、三人は葉っぱをくわえながら家路についていた。

 スー スー

 スー 

 プ……スー

「あ……」

 誘鬼のくわえる葉っぱから、一瞬、音が鳴った、その瞬間だった。紫苑が誘鬼に振り向き、誘鬼があっと口を開きそうになった、その瞬間。

 真っ白な光が彼らの目の中に飛び込んできた。ほんの一瞬のことだ。誘鬼の葉っぱから出た音の響きよりも短く、思わず口を開きそうになった頬のゆるみよりも短い、刹那の間だった。

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