6 野いちご

「野いちご」

 誘鬼ゆうきは左手に弟の鶴戯つるぎの手を引きながら、道端の小さな赤い実を見つけて言った。小さな赤い粒の集まったその実をひとつ、誘鬼は摘み取ると身の中をのぞき込んだ。

 紫苑しおんが拝の屋敷にやってきてしばらく。

 梅雨入り前とは思えない清々しい青空が広がっていた。それでも夏と決定的に違うのは、その空に浮かぶ雲だった。夏色に染まる空にそびえ立つ入道雲は、まだこの空にはない。この空が吸い込まれそうな深い青に染まり、まぶしいほど白く大きな入道雲が立ちのぼるのは、もう少し先のことだ。

 しかしその日差しは、長く浴びているとチリチリと頭や肌を刺すようで、草木も誘鬼が手にする野いちごの実の色も鮮やかに見えた。

「ほれ。食べていいぞ」

 誘鬼は草むらの中からもぎ取ったその実を、鶴戯の口の中へ放り込んだ。しばらくもぐもぐと口を動かしていた鶴戯は、やがてゴクンと口の中のものを飲み込むと「んまっ」と言ってにっこりと笑った。

 もうひとつと言うように、草むらの中に光る赤い実に手を伸ばす鶴戯に、誘鬼はその蔓をつかんで引き寄せた。

「いてて……ほい。そっと採れよ」

 トゲを触らないように気を付けながら、誘鬼は鶴戯の手の届くところまで蔓を引っぱりながら、鶴戯の指先をじっと見ている。

「ほら、ここ触らないように。そう、これ。トゲが刺さったら痛いから。うん。気を付けて、そっと採って。そうしたら」

 野いちごの実に手を伸ばす鶴戯の傍らにかがみこんで、紫苑も鶴戯の手元を見守った。

「中に虫がいる時があるから……あっ、鶴戯ちょっと待って、中を見てっ……と。あ、大丈夫だった」

「中に虫がいる時があるからな。……あ? 野いちご食べる時はトゲと虫に気を付けるもんなんだよ」

 紫苑に野いちごを持つ手をつかまれたままの鶴戯が、眉尻を下げながら唇を尖らせる。これは重要なことだから怠るとひどい目に遭うのだと紫苑が重ねて言うと、鶴戯はコクリとうなずいた。

「これはもう大丈夫だから、いいよ食べて」

 紫苑と誘鬼にかわるがわる野いちごをのぞき込まれた鶴戯は、ふたりを真似てつまんだ野いちごをのぞき込んだ。

「そうそう。ちゃんと中を見てからね」

 紫苑の言葉に鶴戯はうなずくと、指先につまんだ赤い実をぱくりと口の中に入れた。

「んまっ」

「そっか。うまいか」

 紫苑も目の前の野いちごに手を伸ばした。そしてそれが作法というように片手で器用に実を開いて、中がきれいなのを確認するとポイっと口の中に放り込んだ。

「天気がいいね」

 鶴戯の隣にかがんだまま誘鬼を見上げると、その向こうに青空が広がっている。書を読んだり書き取りをするのは嫌いではない紫苑であるが、やはり外を走り回るのは純粋に楽しい。このように天気のいいときなどのは特にそう思う。何より大好きな従弟と一緒であるのだから、楽しさもひとしおだった。

「桃の木のお婆にも、持っていってあげよう」

「じゃあ、この葉っぱに包もう」

 誘鬼の提案に応えて紫苑は、近くに生える大きめの葉をちぎって漏斗状に丸めた。それに摘んだ実を入れて、三人は集落の外れ付近にある、庭に大きな桃の木のあるお婆の家へと駆けていった。


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