5 月明りの下で夜ゴハン

 夕暮れ時。

 西の空は明るいみかん色に染まりはじめていた。ひんやりとした空気が、昼間の太陽で温まっていた空気を混ぜるように、ゆるゆると流れてくる。日当たりの良かった渡殿わたどのは、傾いた日の陰となり早くも薄暗く、昼間とは違う別の場所なのではないかと思わせる。

「月が出たら、夜はここがいちばん明るいところだ」

 渡殿を歩きながら誘鬼ゆうきが言った。渡殿から見上げる黄昏時の空は、薄い青や白が淡く入り混じったぼんやりとした色をしているが、見ているうちに灰色がかったりだいだい色が現れたりと、流れるように変化していく。

「じゃあ、ここで寝たらまぶしくて寝られないね」

「うん。爺様はよくここでお酒飲んでたよ」

「ふうん。なんかカッコイイ」

 藍色が混ざりはじめた空を見上げ、紫苑しおんは満月の昇る渡殿で寝ころびながら杯を傾ける先代の姿を想像した。

「だから、今日はお月見をしながら、ここで夜ゴハンを食べよう!」

 そう言うと、誘鬼は紫苑の手を取ってくりやの方へと駆けていった。


 誘鬼の言うとおり、渡殿に座して外を見やると、いい具合に月が見えた。先代である祖父が好んでここで酒を飲んだというのも、子どもながらによくわかると紫苑は月を見上げて思った。

 渡殿で夕餉ゆうげをとりたいと言う誘鬼の声に、屋敷の者は皆、快諾して準備をしてくれた。妖女あやめは気を利かせ、緋毛氈ひもうせん雪洞ぼんぼりを用意して菖蒲しょうぶの花を生け、自分は青紅葉あおもみじの柄の着物をまとって初夏の月見を楽しんでいた。若草色の帯締めと帯揚げで、ピンク色の薔薇そうびの帯留めがポイントだそうだ。

 夕餉が目の前に並べられると、誘鬼たちの意識はたやすく月から逸れた。思い思いに好きなものをほおばり、久しぶりの従兄弟との再会に、子ども同士近況報告をしあっていた。誘鬼たちの腹が満たされた頃、華多菜かたなは妖女や手の空いている者を相手に茶を点て、勇はそこから逃れて手酌で杯をなめていた。

「紫苑は茶屋ではいつも何してんの?」

「華多菜さんの宿題やったり手習いやったり」

「宿題? どんなの?」

「書き取り」

「……手習いも書き取りじゃん」

 月見などとうに飽きた誘鬼たちは、履物を履いて月明かりが照らす庭を歩き回っていた。

 紫苑の返答に、机に向かうのが苦手な誘鬼が渋い顔をすると、紫苑はくすくすと笑った。まだまだ筆を握って机に向かうよりは、草むらをかき分け虫を捕まえたり、雲や鳥を追いかけて駆け回る方が楽しい年頃だ。紫苑に手を引かれていた鶴戯つるぎは、顔をしかめる誘鬼とくすくす笑う紫苑を不思議そうに見上げた。

 そうして、紫苑がおがみ家にやってきた日の夜は、穏やかに更けていった

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