剣鬼と呼ばれた儂ですが、弟子を取ったので正義の味方に転職します

由希

剣鬼と呼ばれた儂ですが、弟子を取ったので正義の味方に転職します

「お願いです! 俺を弟子にして下さい!」

「……ハァ?」


 突然の来客、そして突然の申し出に、儂は怪訝な声を上げた。

 『戦場の剣鬼』と呼ばれたのも今は昔。剣を捨て隠居し、この森の奥で暮らし始めて幾星霜。

 訪ねてくるのは古き友と動物たちだけ。そんな、世俗から遠く離れたのんびりした日々を過ごしておったのだが……。


「弟子にして下さい! 『戦場の剣鬼』様!」


 二度言った。しかも今度は土下座付きだ。

 全く困ったものだ。いや、儂を目の前にしてなお、弟子になりたいと言い出す奴が現れたのがそもそも予想外であるのだが。


「……あー……どうしたもんかのう」


 儂は頭を掻き、目の前で土下座する——どう見てもチンピラ上がりの、くたびれた中年男を見つめた。



 この儂、名を更紗さらさと言う。狐の妖としてこの世に生を受けて三百年余り。剣を捨ててよりの人生は、そろそろ五十年ほどになろうか。

 かつての儂は最強の剣客を目指し、常に戦いの中に身を置いていた。日々強者との殺し合いを求め、幾多の血をその身に浴びてきた。

 だがある時、不意にそんな人生が虚しくなった。殺戮を繰り返し、望み通り最強の座を得たとて、果たして後に何が残るのであろうかと。

 あれほどたぎっていたくらい情熱が、急速に失われていくのを感じた。剣を捨て生きる事に、何一つ躊躇いはなかった。

 そうして、儂は、戦場から去っていった……のだが。

 正直に言おう。弟子になりたいと儂の元へやって来たのは、この中年男が初めてではない。

 だが儂の姿を目にすると、皆一様に失望して去っていった。それは何故か。

 簡潔に言えば、儂の容姿はいわゆるケモ耳ショタという奴である。妖の見た目の年齢がいつぐらいで固定されるかは個人差が激しく、儂の場合、人間で言えば十になるかならんかの頃に成長が止まってしまった事になる。

 歴戦の老戦士に会えると思ったら、出て来たのはケモ耳ショタ。これで大半の奴は、やる気を無くして帰る。

 すぐ帰らなかった奴もこの見た目を侮り、名を上げる為に襲いかかって来た。まあ全員返り討ちにして、森の外に叩き出してやったが。

 だから、これは、初めての事だ。儂の見た目を見てもなお、教えを請おうという奴が現れたのは。


「家事でも、雑用でも、言われた事は何でもします! だから、お願いです! 俺に剣を教えて下さい!」

「そう言われてものう……儂、弟子とか、生まれてこの方考えた事もないんじゃが」

「そこを何とかお願いします!」

「あー……一応聞くが、何故そこまで儂に教えを請いたいのじゃ?」


 この男をどうするべきか困り果て、とりあえず気になった事を聞くと、男は急にバッと顔を上げた。そして拳をグッと握り締め、こう言い放つ。


「俺、正義の味方になりたいんです!」

「ハ?」


 頭で理解するより先に、反射的に声が出た。いや何言うた? いい大人が正義の味方?


「俺、情けねえ話ですけど昔から要領悪くて。何をやっても上手くいかなくて、気が付いたらチンピラ紛いの事して生きてたんです」


 戸惑う儂に、男は更に語り始めた。


「でも、この前……たまたま、迷子になってる子を見つけて。助けてやったんです。そしたらそいつ嬉しそうに「おじちゃん、ありがとう」って……。その時に思ったんです。俺は本当はこんな風に、誰かを笑顔にする生き方がしたかったんだって」

「……それで、正義の味方か?」

「はい! 大変だったけど、悪事からもキッパリ足を洗いました。どうか俺を、剣鬼様の弟子にして下さい!」


 そこまで言うと男はまた、深々と頭を下げる。儂はそんな男から、目を逸らす事が出来なかった。


「……何故、儂なのだ」


 気付けば、そう言っていた。心の底から出た疑問だった。


「儂の剣は修羅の剣、人殺しの剣だ。戦場を荒らし尽くした悪鬼として、今でも悪名は薄れておらぬだろうに」


 そうだ。そんな動機で剣の道を志すならば、何も師匠は儂でなくても良い。もっと他に、正義の剣に相応しい使い手などいくらでもいるだろうに。


「時間がないからです」


 すると、男はそう言った。


「俺はもうこんな歳だ、今からまともに剣術を学んだんじゃすぐ爺さんになっちまう。だから、俺が知る中で最強の剣客である剣鬼様の元に来たんです」


 男の目が、真っ直ぐに儂を射抜く。そこには嘲りも恐れもなく、ただ純粋な情熱だけがあった。


「剣鬼様の剣は修羅の剣だと言ったが、それはきっと振るい方次第です。俺がその剣を、活人の剣として世に広めてみせます。見込みがないなら、すぐに破門してくれても構わねえ。だからどうか!」


 どくりと。失われていた情熱が、蠢くのを感じた。

 かつてのような昏い、己だけを燃やすものではない。こんな感情は生まれて三百年、一度として味わった事がなかった。


 この男と共にもう一度、夢を見るのも悪くない。まだ見た目通りの歳の頃の、幼い自分がそう言っていた。


「……いいだろう」


 自然と、口元に笑みが浮かんだ。楽しくて笑うなぞと言うのは、果たしてどれぶりの事か。


「剣鬼様!」

「だが儂の剣は実戦の中で磨き上げた我流。正しく伝えられるほどの言の葉も、持ち合わせてはおらぬ」

「じ、じゃあどうやって教えて下さるんですか?」


 儂はその問いにすぐには答えず、一旦小屋の中に引っ込んだ。そして現役時代に愛用していた、背丈ほどの長さを持つ太刀を持って戻る。


「け、剣鬼様?」

「儂も混ぜろ。その、正義の味方とやらに」

「はえ!?」

「技は目に焼き付けて盗め。時間がある時は手合わせをしてやるから、心ゆくまで試せ。お前の体中にこの修羅の剣、存分に叩き込んでくれよう」


 そう言った儂に、男は最初ポカンとしていたようだった。だがやがてその顔を喜色で満たし、何度目かになる土下座をした。


「ありがとうございます! お師匠様!」

「師匠は止めい、むず痒いわ。更紗で良い、様付けもいらぬ」

「じゃあ、さ、更紗……さん?」

「……まあ良かろ。そういえば、お前の名をまだ聞いておらなんだの」

「あ、はい! 俺、九郎くろうと言います!」

「ならばクロとでも呼ぶか。ほれクロ、すぐ里に降りる故早よ案内せい。善は急げと言うであろう?」

「はい、更紗さん!」


 どう見てもチンピラ上がりの見た目の癖に、子供のように無邪気に笑うクロを見て。儂はこの時、こ奴と出会う為にこそここまで強くなったのかもしれぬな、などと。

 そうだったら救われる、などと、そんな柄にもない事を思った。






fin

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