月曜日に記憶がリセットされる男の子に、毎週めげずに告白し続ける女の子の話。
阿井 りいあ
夏野陽菜の独り言
運命のあの日
────折れるな。折れるな。折れるな。
私は毎週月曜日の朝、鏡の前に立つ。そして鏡面に映る自分と見つめ合って何度もそう言い聞かせるのだ。
それは暗示であり、防衛であり、保険だった。
こうでもしないと、痛みを乗り越えられないから。
笑顔でかわいい自分でいられなくなってしまうから。
彼の前では絶対に不細工な顔など晒せないという確固たる決意でもある。彼の前ではいつだって最高にかわいい自分でいたい。
頬をぐにぐにとマッサージすると、鏡の中の自分がおかしな顔になる。そのまま引っ張ったり押しつぶしたり。あえて変な顔にして、自分で自分を笑ってやるんだ。
「ふふっ、変な顔。でも、やっぱりそうやって笑った方がかわいいよ、私!」
よし、ちゃんと笑える。
きっと今週も、彼は私のことを忘れているだろう。正確には、私との関係を。
たくさん後悔するし、めげそうにもなる。
まだ高校生の私にはこれから良い出会いが待っているかもしれないし、新しい恋人だって作れるかもしれない。
でも、新しい運命の出会いになんて興味はない。今までも、これからもずっと、私は彼以外と付き合いたいなんて思えない。
未来のことなんかわからないって? いいの、今の私はそう思うんだから。
彼がいい。どうしても彼がいいのだ。愛しくて、恋しくて、たまらないんだよ。
「よし、私は今週も最高にかわいい! これなら今回は初日で落とせちゃうかも!」
だから私は、彼が何度私との関係を、恋人だった一週間の記憶を忘れていたとしても諦めないのだ。
※
私が彼を好きになったのは、高校の入学式の日だった。
きっかけは本当に些細なこと。人によっては「そんなことで!?」って言うかもしれないけど、仕方ないじゃない。「そんなことで」好きになってしまったんだから。
入学式の日は雨だった。その日の朝に、私は手を滑らせてカバンを一度落としてしまったのだ。
友達との約束に遅れてしまうかもと焦っていた私はすぐにカバンを拾って教室に向かったんだけど……どうもその時にキーホルダーを落としちゃったみたいで。
別に、思い入れのある品ってわけじゃなかった。ただ、小学生の時に初めて自分のお小遣いで買ったキーホルダーだったから、愛着がわいてずっと持っていただけ。
でもやっぱり失くしてしまうのは寂しくて……入学式早々、お昼ご飯も食べずにカバンを落とした辺りを探していたんだ。
今頃はみんな友達とランチに行ったり、家でご飯を食べているのかもなぁ、とか、初日から幸先が悪いなぁ、とか考えながらも、私は探すのをやめなかった。
だって、ここまで来たら見付けたいって思ったんだもん。
傘はさしていたけど、雨で髪も制服も濡れてしまっていたっけ。それでも、もう少しだけと粘ってなんだかんだで三十分。そろそろ諦める頃かな、と思いかけた時だった。
「何か、探してるの?」
彼が、声をかけてくれたのだ。
こんな時間に他の生徒が残っているとは思わなくて驚いた。
彼が言うには、図書室に寄っていたらつい時間が過ぎていたのだそう。入学式の日から図書室に行くなんて変わってるなぁって思った。そんなに本が好きなのかなぁって。
しかも、彼は私と一緒にキーホルダーを探してくれるという。ますます変わり者だし、お人好しすぎない? って正直少し呆れてしまった。
こんな悪天候の中、お昼も食べずに付き合わせるのは悪いと思って、私はすぐに断った。
「すごく大事な物ってわけじゃないからいいの! もう諦めて帰ろうと思っていたところだったし!」
別に嘘じゃなかった。本当にそう思っていたところだったから。
そう言った後、彼がふと顔を上げて私の顔を一瞬だけ見たのがわかった。おそらくまだ成長期途中の、かわいい系の顔立ちにわずかに胸がときめいた。
もうちょっとだけ見ていたかったのだけど、彼はすぐに視線を逸らしてしまったんだよね。人と目を合わせるのが苦手なタイプなのかもしれない。
そんな態度とは裏腹に、彼は思いもよらぬ言葉をかけてくれたのだ。
「でも、そんなに濡れてまで探していたんだから、出来れば見つかってほしいんでしょ?」
まさか、本当に一緒に探そうとしてくれている……? お腹も空いているだろうし、こんな悪天候の中を。
っていうか私、そんなに濡れてるのかな? って、急に自分の身なりが気になって恥ずかしくなった。
「そ、れは、そうだけど……」
「ここで落としたの? どんな状況だった?」
戸惑う私に、彼はすでに探すつもりなのかそんな質問をしてきた。まだ遠慮気味だった私だけど、聞かれるままに素直に答えていく。
すると彼は少し考えてからちょっと離れた位置にある植え込みに向かい、あっさりとキーホルダーを見付けてしまったのだ。
「えっ、ど、どうして」
「こんな何もない場所で落としたのなら、誰かが見つけていてもおかしくないなって思って。職員室に届けに行くにしても、入学したばかりで場所もよくわからない。僕だったら目立つような場所にそっと置いておくかな、って思ったんだ」
目から鱗だった。すごい、物語に出てくる探偵みたいだって思った。
っていうか、私どんだけアホなの? 落とした場所ばかり見て、周囲を全然見ていなかったなんて。それにガムシャラになって探すんじゃなくて、職員室に聞きに行くのが先ではなかったか。
自分でも気付かない内に、キーホルダーを失くしたことで焦っていたのかもしれない。意外と大事にしていたんだなってここで初めて気付いた。
彼は私にキーホルダーを手渡してくれた。でも途中でその手が止まる。理由はすぐにわかった。
「チェーンが切れてるね……あっ、ちょっと待って」
彼は私の手にキーホルダーを乗せると、自分のカバンを探った。そしてどこからともなく黒い切ってない状態のヘアゴムを取り出し、適当な長さに切ってキーホルダーに付けてくれたのだ。
「可愛げのないただのヘアゴムだけど。友達が良く無くすから持ち歩くのが癖になっちゃって。髪を切るか自分で予備を持っておけって話なんだけどね……っていうか余計なお世話だし、ペラペラと余計なことを! ご、ごめん! か、帰ったら自分で好きなように直して! それじゃ!」
「えっ、あっ、あの! ありがとう!」
その日から、可愛げのないただのヘアゴムがついたキーホルダーは、私の宝物になった。
※
ギュッとカバンについたキーホルダーを握る。イチゴを抱えたウサギのキーホルダーは子どもっぽいしちょっと古びている。あの時に付けてもらったヘアゴムも、少し伸びてしまっていた。
でもこれが私のお守りで、勇気をくれるマストアイテムなんだ。
よし。大丈夫。
何度だって彼に好きになってもらうし、何度だって彼と恋人になる。なってみせる。
何度も、何度でも。
彼に、好きだって伝え続けるんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます