防寒少女
杜侍音
防寒少女
「さぁぁぁむぅぅぅいぃぃぃ……」
隣でトボトボ歩く
古風で珍しい名前だが、好きな食べ物はハンバーグ。ソースは絶対ケチャップ。
いつもは
というよりも、寒いところに放り出されると、途端に生命活動を停止し始める。
僕たちは寒空の中、一級河川沿いの土手を歩いている最中だ。家まではまだ20分ほどかかるし、このペースだとそれ以上にもなるだろう。
「カイロォォ、つぐぅ、カイロォォ」
彼女についての情報開示だけでは不平等なので、興味ないと思うが僕についても少しだけ語ろうと思う。
この凍えている妹の双子の兄である。好きな食べ物はマヨネーズ。マヨネーズにはマヨネーズを付けて食べる生粋のマヨラーである。
いつもは
現に今日で3回目のカイロを取り出した。
「この、首のとこ、そうそう……つめたっ⁉︎」
「鬼かおめぇは‼︎」
「わざとじゃない……それに、人の形を成してないのはお前だろ」
そう、妹の寒がりは度を超えていた。
制服の上からダウンジャケット、ウインドブレーカー、ロングコート、マフラー、耳当て、ニット帽、マスク、手袋……きっと下にもヒートテック、セーターや腹巻きを何枚重ね着しているのだろうか。
上半身は電球型にパンパンに膨らんでいた。
「冬将軍がやってきてるんだよぉ? 自分の身は自分で守らないとなぁ! 戦じゃあ‼︎」
「身動き取れてないだろ」
腕が全く上がらない。
可動範囲が五十肩そのものなんだよな。母親と同じことになってる。
せいぜい制服が見えないから高校特定できない、とかのプライバシー面でしか守れていない。
「……それに、寒いなら下も着ろよ」
そう、楓はこんなにも着太りしているというのに、生足であることを譲るつもりはなかった。
妹の下半身は膝上スカートと学校指定のソックスとシューズのみ。この間には絶対領域が展開されていた。
そんな細い足だと、筋肉も自前の
「ワタシは乙女ぞ。どんな環境であろうとオシャレしたいの」
「パリコレにでも出るのかよ」
「やだ〜♡ 褒めても何も出ないぞ〜!」
「奇抜部門でな」
「そりゃ寒いから防寒はしっかりとしたいわけ。でも女の子らしさも出したい……つまりこれは究極のフォルム! 名付けるなら! 防寒少女!」
「もう少女じゃねぇだろ」
「はっはっはっ! 蹴るぞー?」
蹴ればバランス崩して倒れるだろうな。頭重いから。中身はスカスカだが。
僕たちはもうすぐ高校を卒業する。そろそろ制服がコスプレになる年齢になっている。少年少女はもう名乗れないぞ。
「そ・れ・に、寒いって理由で、つぐのだぁい好きな妹がくっついて来てくれるよー? あー、温めてー……ぐっ、ちょ、近付けないな、ワタシのこと拒んでる? 冷たい男だなっ。だからお前に彼女できないんだよ!」
「楓が分厚すぎんだよ」
「おい、誰が太ったって‼︎」
言ってないし、むしろ太った方が冬は乗り越えられるんじゃないかと思ったが、僕はノンデリじゃないので双子であってもそこは触れないであげた。
ったく、法律上では既に成人だというのに、いつまで子供じみたことをしているのか……。
むしろ子供は風の子なのだから、それ以下では?
「よぉおし、なら無理やりにでもくっづいでやるっ! あ、ぞの前にガイロ追加いぃぃ?」
僕がまた首筋に4つ目のカイロを差し込むと、元気を取り戻した楓は少し離れる。
「カエデ、いきまーす‼︎」
そして、僕に向かって走り出して勢いよく飛びかかってきた。
が、弾かれた。
ぶつかった衝撃が反動となり、まるでバブルボールのように楓は吹っ飛ばされて──バイン、ボインと斜面を跳ね──川に落ちた。
「あばぼごぉばぶごごこぼぉ⁉︎」
当然の如く、防寒具が重りにしかなっていない楓は凍てつく川に沈むばかり。
体が凍って抗うことすらできていない。
「ったく仕方ないな……」
**
「たたたたた、たす、たすかた……」
会話が不能レベルまで落ちた楓。
こんなこともあろうかと下にウェットスーツを着込んでいて正解だった。お前も今度から着た方がいいんじゃないか。
とりあえず暖を取らないと。
ここの河川敷は焚き火台があれば焚き火が可能だ。もちろん簡易セットだが、所持している。
即座に火を起こし、楓を近くに座らせる。
「服、濡れてるから脱いで」
「鬼かおめぇは‼︎」
「このままだと風邪引くだろ。寒くなる一方だぞ。濡れたところまででいいから」
「うっ、うぅっ……」と咽び泣きながら、楓は一つずつ防寒具を取っていこうとするが、可動域が狭いので大半は僕が取ってあげた。
ようやくまともな姿まで戻った妹の顔は鼻水ダラダラで汚かった。
高校では月に二回は告白されるほど綺麗だとの評判だが……これがか。世も末だな。
ティッシュで鼻を噛んでもらってる間に、濡れたものは全て業務用ゴミ袋に入れた。
「あぁぁぁー、あったかー……ありがと、つぐぅ〜」
「どうも」
「この子は危なかっしいから、嗣が守ってあげてね」と小さい頃に母親に言われて以降、いつでも妹を守れるようにと準備してきた。
まずは、どのような脅威が襲いかかろうとも跳ね返せるよう体を鍛え上げた。
お陰で毎日用意せざるを得ない、容量限界を超えて膨らんだ荷物も容易に持ち運べる。
周囲からは過保護過ぎると言われるが、妹が阿呆な分、割り増しになってるだけで、別に普通だと思う。
「火はいいなぁ〜」
「化粧水」
「せんきゅ〜……ちべたっ」
さすがに化粧白湯にはできなかった。
「あー、このままここに住むー」
「そうか。達者でな」
「鬼か」
「……家までおぶっていくから。早く立て」
「おにいちゃぁ〜ん」
「急におにいちゃん呼びするなよ」
火を消して、彼女が寒がる前に予備の防寒具を着せて、全ての荷物を抱えた上で楓をおんぶした。
「ほんと、つぐは心配性だねー。爆発するくらい荷物パンパンなんだけど」
「誰が言ってるんだよ」
「ふぅ……やっぱ、つぐの背中が一番あったかいや〜」
「はいはい」
しばらくして、寝息が聞こえてきた。
いつもと一緒、昔から何も変わりやしない。きっとこの先も、卒業して、大人になったとしても僕たちが変わることはないだろう。
お互いに助け、支え合って生きていく。
たった二人だけの双子だから。
──僕の方が少々負担が大きい気がするが、兄に生まれた以上、その辺は妥協してやるよ。
防寒少女 杜侍音 @nekousagi
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