第26話

 書類に名前を書いたり印鑑を押したりしている間、弁護士が「よく頑張りましたね」と言うので首をひねった。頑張ったのはこの弁護士だけで、私にしてみたら最初からよく分からない説明を聞いて、ハイハイ言っていただけである。

 事務所は街の繁華街から少し離れた場所にあって、この街で最も地価が高そうな区域の端っこでもあった。一番高そうな区域には裁判所があった。

「それでも労働基準監督署に行くまではずっと一人で大企業を相手にしていたのだから、大変だったでしょう?」と言われて、そういうものなのかなと思った。弁護士は、相手方だって悪いと思っているからお金の支払いに承諾をしたんです、悪いと思っていなかったら支払いませんよ…と言った。その通りだが、前の会社が和解に応じて払ってくれるというお金から、この弁護士に支払う金額を引いたらどれだけ残るのか?とか、どういう内訳になっているのか?とか、よくわからないので不安だった。ネットで読むと、弁護士費用の方が高くついてしまって、借金しか残らなかったという事例もあるらしかった。言われるままに書類にハンをついてしまったが、この弁護士は真面目そうだし、ちょっとは信じてもいいんじゃないかと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る