ハルの過去
幼い頃に心臓病を患ってから、主に薬で治療しながら家で生活していた。兄弟はおらず、私と父と母の三人。小学校低学年までは学校に通えていたし、家庭環境も良好。病気を抱えていながらも、恵まれ幸せな人生を送っていると思っていた。
だが、私が大きな発作を起こしたときをきっかけに、母はヒステリックになった。
「この子がこの先、長く苦しんだ末に死んでしまうなら」
と首を締めたり、刃物を突きつけたり、そんな殺人未遂を繰り返す。虐待だと近隣住民に通報されたこともあった。それでも母のヒステリックは収まらなかった。猫撫声の優しい母と、狂気に満ちた恐ろしい母。その連続で、正直私も精神的に追いやられていた。
結局両親は離婚。私は父に引き取られ、治療に専念することになった。
父親は家事ができなかった。大黒柱ではあったけど、主夫にはなれなかった。
私の体調が悪い日が続くと、家の中は簡単に荒れてしまう。散らかった部屋を見て、帰ってきた父親がため息をつく。
「ただでさえ疲れているのに」
私が役立たずだから。家政婦が雇われたが、家政婦が来る回数に比例して、だんだんと父親が帰ってこなくなった。家政婦が都合により退職してからは、ネグレクト。発作が起きて、自分で救急車を呼んで、そしてそのまま入院――――――みたいな。
たまに帰ってくる父親がお酒飲みながら「要らない子」と呟く。
だから本当は、今すぐにでも死んでしまいたかった。入院費もタダではない。自分が迷惑をかけていることは百も承知だった。
トキと出会うまでは。
純粋に楽しかった。苦しみが紛れて、その空間が心地よかった。くだらないことしか話さないけど、その分気を使う必要もなくて、本心から笑えているような気がした。自分を取り戻したような気がした。
理屈でなく、私はトキに惹かれていた。
愛している、と喉元まででかかってぐっ、と飲み込む。ただ生きて欲しい。それだけを願った。
私より先に死ぬなんて、絶対に許せない。
◇
言葉が出なかった。私にはハルに掛ける言葉が見つけられなかった。すると「もう寝ちゃったのかな」とハルは震えた声で言った。ハルの両親に対する腹立たしさを覚えても、私には寄り添い方が分からなかった。寄り添ってあげられなかった。
生と死の瀬戸際で、私は思い出していた。
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