思い出話

 前に葉瑠が話していた。身体にある傷の話。


 ◇


 私にはね、もうどうしようもない傷が残ってるの。

 私も幼い頃に病気が見つかって、薬とか使って治療しながら家で生活してた。兄弟はいなくて、私と父と母の三人。そのときの私は学校に通えていたし、家庭環境も良好だと思ってた。でも、私が大きな発作を起こしたときをきっかけに、母親がちょっとヒステリックになっちゃって。

 あるとき、

「この子がこの先、長く苦しんだ末に死んでしまうなら」

 と言って熱い物をかけてきたの。幼い記憶だから、それがただの熱湯だったのか、煮えた油だったのか分からないけれど、私には消えない傷が残ってる。なんて言うのかな?簡単に言うなら……後遺症?ってことかな。

 このこともあって両親は離婚して、私は長い討論の末、父の側にいることになった。


 父親にとって誤算だったのは、それまでの生活が母親中心で成り立っていたことだろうね。

 お金を稼ぐことはもちろん大切だけど、家事や家計の管理も同じくらい大切。

 私はまだ幼かったし、病気のせいであれこれ動き回れないから、家事の半分もこなせなくて、帰ってきた父親がため息をつく。

「ただでさえ疲れているのに」

「ごめんなさい」役立たずで、ごめんなさい。

 結局、お手伝いさんを雇うことになって生活を回していたんだけど、それに安心したせいか、だんだん父親が帰ってこなくなった。そのうち、家庭の事情でお手伝いさんが居なくなって、ネグレクトになって、そのまま病院送り、みたいな。

 ひどいでしょ。

 今となっては笑っちゃうよね。

 私って要らない子だったんだって。たまに帰ってくる父親がお酒飲みながら呟いてるの、聞いちゃったよ。

 ほんと、笑っちゃうよ。


 ◇


 笑えない。笑っていいものか。

 葉瑠が要らない子?ふざけんな。


 私が無言で返すと、


「もう寝ちゃったのかな」


 と葉瑠は震えた声で言った。


 ◇


 そうか。

 あのとき言っていた傷は、顔に残ってしまったんだね。

 話で聞くよりも残酷だった。


 あのとき、寄り添ってあげられなくてごめん。

 話すのも辛かっただろうに。

 ごめん。


 生と死の瀬戸際で私はそのことを思い出していた。

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