かける言葉

「私、醜いでしょう?」


 本当は、可愛くないでしょう?と葉瑠は言う。


「そんなことないよ」


 それに私は泣き笑いで返した。


「今までの言葉、全てが嘘だったでしょう?」


 私、見栄ばっかり張ってるから、と葉瑠も泣き笑いを返す。


「そんなことない」


 今の言葉こそが嘘だ。

 葉瑠は正直で、私が笑ってほしくないときにも、私が一緒に笑いたいときにも、同じように笑い声を溢した。

 常に正直だった。

 葉瑠は知らないかもしれないけど、私は葉瑠が夜中、病室が寝静まった頃に一人で泣いているのを知っている。

 葉瑠は自分に正直だった。

 見栄を張るけど、自分に嘘をついているわけではない。自分がそうありたいと思うことを、そのまま口にしているだけなんだ。


 自分を卑下するような言葉を吐かないで。私の大好きな葉瑠に、そんなひどいこと言わないで。


「ほら、顔半分歪んでるよ?」

「葉瑠は、葉瑠だよ」

「私のこと、嫌いになったでしょ」

「そんなことないっ!」


「私は自分が嫌いだよ」


 ――――――――そっか。私も自分が嫌いだ。


「葉瑠。私も醜いでしょう?」

「ううん」

「可愛くないでしょう?」

「ううん」


 葉瑠は笑顔で首を振る。でも、涙がぽろぽろと頬を伝っている。


「私やっぱり、可愛くなくていいよ。可愛くない方がいい」

「……どうして」

「私は"可愛い"よりも"お揃い"がいい」


 葉瑠と一緒がいい。


「そんなに、怖がらないで」

「…………っ!」


 そんなに泣かないで。


「私にとって『友達』よりも尊いものはないんだよ」


 この病室で初めてできた友達。家族よりも遠くて、他人よりも近い。


「ねぇ葉瑠。今の葉瑠」

「なぁに」


 瞳は濡れている。


「また、私と友達になってくれませんか」


 その瞳が柔らかな笑顔で細められたとき、きっと私は涙を拭って、笑顔を返す。

 けれど、その前に私は崩れ落ち、冷たい床が受け止めることもなく非情に、そこにあった。


 ◇


 不規則な電子音は耳の遠くに届いていた。

 覚悟はしている。私はいつだって死を迎えられるように準備をしてきた。

 遺書は書いた。

 もう、悔やむことはない。

 家族のために存在し続けることはもう、疲れた。

 大丈夫。大丈夫。

 私はもう、一人じゃないから寂しくない。

 離れていても寂しくない。

 大丈夫。大丈夫。


 さようなら。また会う日まで。


 葉瑠の悲鳴にも似た私を呼ぶ声を、私は耳の奥にしまい込んだ。


 さようなら。

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