再認

「初めまして」

「…………はじめ、まして」


 私は込み上げそうになる涙をぐっ、と堪えた。それでも、抑えきれなかった涙が目元に滲む。だから誤魔化すように笑った。泣き笑いを浮かべた。


「やっと、会えたね」


 震える声で絞り出した言葉に、ハルは笑った。目に涙を浮かべながら。微かに唇を震わせながら。


「やっと」


 互いに痩せこけた頬が病的で、決して美しいとは言えない。点滴やら経管栄養やらと様々なチューブに繋がれて、合わせたわけでもないのにお揃いのニット帽を被っている。


 「私はもう、起き上がることすらできないかもしれないの。飲み込む力ももうなくて、食べることはとっくに諦めた。プリン一つだって飲み込めないし、身体が受け付けない。食事の時間はつまらないし、寂しい。悔しく思うときだってあったけど、トキの声を聞くと不思議と気持ちが楽になった。最初は単にトキを味方だからだと思ってた。共に苦しみに耐えて、互いに互いを支え合うような心強い味方だと思ってた。でも、違ったよ。ICUに行って、独りになって、トキがいないと自分はダメなんだって気がついて、分かった。味方だとか敵だとか関係なく、トキだから私は安心できたんだと思う。トキという存在そのものが、私にとってかけがえのないものだったんだよ」


 天井を見上げたハルの目尻から、涙がぽろぽろと横に伝っていく。


「私、トキと会えて良かった。今、こうして顔を合わせているっていう意味じゃなくて、トキという存在に出会えてよかった」

「私もハルと出会えてよかった。自分は誰かに優しくなれないけど、優しいハルがいたから、ただ私の話を静かに聞いてくれるハルがいたから、これまでこんなにも心穏やかに過ごすことができたんだと思う。死の恐怖に怯えることなく私らしくいられたんだと思う。なんで私が、っていう憤りやこれは悪い夢なんじゃないかっていう往生際の悪さも、ハルといれば忘れられた。これってもはや奇跡なんじゃないかって、私は思う」


 ハルと一緒がいい。心から強く願った。

 ハルの濡れた瞳が柔らかに細められたとき、私は涙を拭って笑みで応えた。

 そうして気を抜いた瞬間に、私達は現実を突きつけられることになった。視界が白く点滅したかと思えば、次の瞬間には黒く染まった。自分で自分の身体を支えることも叶わず、重力に従って身体が傾いていく。倒れていく。冷たい床が私の身体を受け止めることもなく、非情な現実がそこにあった。

 やがて意識も遠のいていく。


 ◇


 不規則な電子音が耳の遠くに届く。

 覚悟はしている。私はいつだって死を迎えられるように準備をしてきた。

 遺書は書いた。

 もう、悔やむことはない。

 家族のために存在し続けることはもう、無理だ。あまりにも疲れた。

 大丈夫。大丈夫。

 私はもう、一人じゃないから。

 離れても寂しくない。

 大丈夫。大丈夫。


 さようなら。また会う日まで。


 ハルの悲鳴にも似た声を、私は耳の奥にしまい込んだ。

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