初めまして

 治療は辛いことの連続だ。

 病室を一歩外に出ると、私はどうしようもない不安に晒される。

 だから身体は関係なく、とても辛い。

 心が叫び声をあげている。

 きっと、病気が私に付きまとっている限り、私はずっと辛い。


 ◇


 骨密度を下げないようにするための散歩が嫌い。

 歩くのが嫌なんじゃない。

 惨めな自分を晒すのが嫌なんだ。

 血色が悪くて、紫の唇。

 爪は黒く変色して、髪は抜け落ちている。

 あのニット帽を被ると病人の印みたいで嫌だ。

 でも、髪がない自分も嫌だ。


 何もかもが嫌だ。

 鏡を見れば、ムスッとした自分の顔が映っている。笑顔を振りまいている余裕さえない。


 ある日、母がウィッグと化粧道具を持ってきた。


「どうしたの、お母さん、急に」

「そろそろ年頃かなってね」

「ふーん」


 素っ気ないふりしても、心は浮わついている。


 最初にウィッグをつけて、それからお化粧。

 眉毛、アイライン、チーク、リップ。

 どれもキラキラして見える。


「ネイルチップもあるよ」


 黒く変色した爪が一瞬にして変わっていく。

 再び鏡を見ると、自分が自分でないようだった。


「生まれ変わったみたい」

「うん、可愛い」

「…………あ、ありがと」


 ハルにも見せたい。諦めていたことが、一つ叶った。

 それがどうしようもなく嬉しい。


都喜とき、折角だからちょっと、外に歩きに行こう」

「うん」


 ハルに見せたかったけど……。

 今度でいいや。


 その日の私はちょっとだけ輝いていた。


 ◇


「それで、初めて散歩が楽しく思えたんだ」

「ふふっ、よかったねぇ」


 今思うと、私はその高揚感にのせられたのかもしれない。

 

「ハルはどんな顔してる?」

「笑ってるよ」

「それは分かってるって!そーじゃなくて」

「えー、まだ諦めてなかったの?」

「今日は顔を見てお話しして――」


「それは駄目」


 私が言い終わるのをハルは待ってくれなかった。


「どうして?」

「トキに見せられるような顔してないから」

「そんなことないでしょ?」

「本当だよ」

「そう……なのか…………?」


 ハルも病気で顔色が良くないのかもしれない。目の開き具合や唇の色で印象は全く違う。

 だから、見られたくないのかもしれない。


「ううん、ごめん、嘘ついた」

「え?」

「私、ずっと見栄張ってた。最初からだよ、本当は今更なんだよ」

「…………私、ハルに会いたい」


 興味本意じゃない。知るべきだと思う。私は、どんな顔をしていたとしても、ハルを受け入れるべきだと思う。それが傲慢だとしても。

 友達だから。

 これも、傲慢かもしれないけど。


「来て」

「うん」


 私は点滴を一緒に移動させて、ハルのベッドに近づいた。

 いつもカーテンで遮られている場所。

 ハルのプライバシーに私は今、踏み込もうとしている。


 椅子が用意されていた。

 私はそこに腰を下ろす。


「初めまして」


 そこに、ハルがいた。

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