初めまして

 抗がん剤治療はとても辛い。

 放射線療法も、手術も。

 病室を一歩外に出ると、私はどうしようもない不安に晒される。

 だから身体は関係なく、とても辛い。

 心が叫び声をあげている。

 きっと、病気が私に付きまとっている限り、私はずっと辛い。


 ◇


 骨密度を下げないようにするための散歩が私は嫌い。

 歩くのが嫌なんじゃない。

 惨めな自分を晒すのが嫌なんだ。

 血色が悪くて、紫の唇。

 爪は黒く変色して、髪は抜け落ちている。

 あのニット帽を被ると病人の印みたいで嫌だ。

 でも、髪がない自分も嫌だ。


 何もかもが嫌だ。

 看護師さんに笑顔を振り撒きながら、私は自分を殺した。


 ある日、母がウィッグと化粧道具を持ってきた。


「どうしたの、お母さん、急に」

「そろそろ年頃かなって思って」

「ふーん」


 素っ気ないふりしても、心は浮わついている。


 最初にウィッグをつけて、それからお化粧。

 眉毛、アイライン、チーク、リップ。

 どれもキラキラして見える。


「ネイルチップもあるよ」

「わぁい」


 黒く変色した爪が一瞬にして変わっていく。

 鏡を見ると、自分が自分でないようだった。


「生まれ変わったみたい」

「うん、可愛い」

「ありがとう!」


 葉瑠にも見せたい。諦めてたのに、可愛くなれた!

 今なら散歩も行ける!


「灯喜、折角だからちょっと、外に歩きに行こう」

「うん」


 葉瑠に見せたかったけど……。

 今度でいいや。


 その日の私はちょっとだけ輝いていた。


 ◇


「それでね、初めて散歩が楽しく思えたんだ」

「ふふっ、よかったね」


 今思うと、私はその高揚感にのせられたのかもしれない。

 

「葉瑠はどんな顔してる?」

「笑ってるよ」

「それは分かってるって!そーじゃなくて」

「えー、まだ諦めてなかったの?」

「今日は顔を見てお話しして――」


「それは駄目」


 私が言い終わるのを葉瑠は待ってくれなかった。


「どうして?」

「顔ってさ、ちょっとやそっとで変わっちゃうんだよ」

「あ……そっか」


 葉瑠も病気で顔色が良くないのかもしれない。目の開き具合や唇の色で印象は全く違う。

 だから、見られたくないのかもしれない。


「ううん、ごめん、嘘ついた」

「え?」

「私、ずっと見栄張ってた。最初からだよ、本当は今更なんだよ」

「どういうこと?」

「見られたのが綺麗な横顔だけでよかった」

「…………」

「やっぱり私の顔見たい?」

「見たい」


 興味本意じゃない。知るべきだと思う。私は、どんな顔をしていたとしても、葉瑠を受け入れるべきだと思う。それが傲慢だとしても。

 友達だから。

 これも、傲慢かもしれないけど。


「こっち来れる?」

「うん」


 私は点滴を一緒に移動させて、葉瑠のベッドに近づいた。

 いつもカーテンで遮られている場所。

 葉瑠のプライバシーに私は今、踏み込もうとしている。


 椅子が用意されていた。

 私はそこに腰を下ろす。


「初めまして」


 そこに、葉瑠がいた。

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