嘘だと言って
春は出会いの季節とも言うけれど、どちらかといえば別れの季節だと私は思う。いつだって出会いの喜びより別れの悲しみのほうが、深く確かな喪失を心に残していくのだから。
「ねぇ、トキ。起きてる?」
「起きてる」
「調子はどう?」
「うーん……ちょっと良くない」
「そっか、じゃあ……」
「でも、いい。ハルと話してたほうが気が紛れる」
「…………そっか」
その一言に詰め込まれた喜び。まるで自分がハルにとって必要な人間だと勘違いしてしまいそうになる。
「ねぇ、ハルはさ」
「うん?」
「いなくならないよね、私より先には」
「さぁ、どうだろうね」
「だって、私よりあとに来たし」
「そうだけど…………」
「私はハルが死ぬところ、見たくない」
「私もトキには死んでほしくない」
この言葉は少しばかり嘘くさいな、と私は少しばかり笑ってしまった。誰だって他人に「死ね」とは言うまい。初めてハルの人間臭いところを感じたような気がして嬉しくなる。
「それでもいつかは死ぬよ」
「そうだね」
ハルの呟きに私は同意した。すると、ハルは言葉を続けた。だが、私はその言葉の続きを問うことはできなかった。
「はやく…………」
少しの沈黙が、ハルの意識が触れてはいけない領域に籠もってしまったことを意味していた。
はやく家に帰りたい。
はやく元気になりたい。
はやく学校に行きたい。
はやく死んでしまいたい。
そのどれも、私は願ったことがある。だから何も言えなかった。慰めの言葉は嘘にしかならないから。
嘔吐が続いてまともにご飯が食べられない日が続いていた。元から細かった腕が、さらに細くなった気がする。そんな痩せこけた腕を天井にかざして、私は空を掴んだ。この手に優しさだとか、思いやりだとか、そんな温かみに溢れた気持ちが一つでも宿っていたら。この手を優しい誰かが握ってくれたら。きっと私は今、こんなにもやさぐれた人間にはなっていないのだと思う。
会話は途切れていた。隣から寝息のような音が聞こえたから、私も大人しく瞼を閉じた。
その次の日、ハルは
◇
気持ち悪い。吐き気がする。
爪が黒くなった。
また少し体重が落ちた。
顔色は相変わらず悪いままだ。
抜けた髪は生えてこない。
ハルがICUへ行ってから、心なしか、今まで悪かったことが更に悪くなった気がする。
背もたれを上げてもらって片手に受け皿を持ちながら、私は必死に気持ち悪さに耐えた。
何で私が。
何度目か分からない、その感情が私の中で芽生え始める。
仕方がない、病気に選ばれてしまったのだから。
抗いようがないことだ。
大勢のうち一人が私だったんだ。
悪いことしてる人にこの辛さが飛んでいけばいいのに。
そんなことできないけど。
分かっていても、思ってしまう。
考えてしまう。
私は皺ができるくらい強くシーツを握りしめた。
嘘だと言って。
この現実全てが嘘だと言って。
『大勢のうち一人だなんて、逆にすごい』
ふざけんな。冗談でも笑えない。
『ごめんね、代わってやれなくて』
そんなこと言うな。憐れまれるのはもうたくさんだ。
ふざけるな。私は神様の遊び道具じゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます