嘘だと言って

 春は出会いの季節とも言うけれど、私にとっては別れの季節という印象が強い。

 病室に訪れるのはいつだって別ればかりだ。

 出会いがある方が珍しいのである。


 葉瑠も居なくならないよね?


「ねぇ、葉瑠。起きてる?」

「起きてる」

「最近の調子は?」

「うーん……ちょっと良くないかもなぁ」

「そっか、じゃあ……」

「でも、灯喜と話したら良くなりそう!」

「何それ。なわけないじゃん」

「いいの。折角だからお話ししよ!この間話しかけたときは、灯喜の方が寝てたから」

「そうだったんだ」

「そう、そうなの」


 嬉しそうな声。にんまりしているような表情がまぶたの裏に浮かんだ。顔は知らないけど、声の調子で表情を想像することが最近は少し楽しい。


「ねぇ、葉瑠はさぁ」

「うん」

「いなくならないよね、私より先には」

「さぁ、どうだろうね」

「だって、私よりあとに来たじゃん」

「そうだけどぉー」

「私は葉瑠が死ぬところ見たくないよ」

「私も灯喜が死ぬところ見たくないよ」

「じゃあ、生きなきゃね。意地でも」

「意地でもって!じゃあ、私も!!」


 よかったぁ。嘘でも嬉しい。期待しちゃうよ?


「私たち友達?」


 葉瑠がそう聴いた。


「友達だよ」

「そっか」

「嫌だった?」

「ううん、嬉しい」

「そっか」


 少しの沈黙が冷静さを連れてくる。唐突に可笑しさが込み上げて、私が思わず声を出して笑ってしまう。すると、それにこだまするように葉瑠の笑い声が聞こえた。

 私は笑いながら言う。


「ふふふっ!私、友達できるの初めてなんだ!」

「そうなの?」

「うん、病院暮らしの方が長いからね」

「私、友達一号かぁ」

「良かったね、一号!」

「えぇー、なんかそれヤダー」

「ふふふふふっ」


 こんな日は長くは続かない。

 次の日、葉瑠はICU集中治療室へと運ばれていった。


 ◇


 気持ち悪い。吐き気がする。

 爪が黒くなった。

 また少し体重が落ちた。

 顔色は相変わらず悪いままだ。

 抜けた髪は生えてこない。


 葉瑠がICUへ行ってから、心なしか、今まで悪かったことが更に悪くなった気がする。

 背もたれを上げてもらって片手に受け皿を持ちながら、私は必死に気持ち悪さに耐えた。


 何で私が。


 何度目か分からない、その感情が私の中で芽生え始める。

 仕方がない、病気に選ばれてしまったのだから。

 抗いようがないことだ。

 大勢のうち一人が私だったんだ。


 悪いことしてる人にこの辛さが飛んでいけばいいのに。


 そんなことできないけど。

 分かっていても、思ってしまう。

 考えてしまう。


 私は皺ができるくらい強くシーツを握りしめた。


 嘘だと言って。

 この現実全てが嘘だと言って。


『大勢のうち一人だなんて、逆にすごい』


 ふざけんな。冗談でも笑えない。


『ごめんね、代わってやれなくて』


 そんなこと言うな。体験するのも傍観するのも、もうたくさんだ。


 ふざけるな。私は神様の遊び道具じゃない。

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