第25話 バグガ・バカバ

 霊海から帰り、意識を取り戻すと。拙達は赤い海に漂流していた。どちらにしても溺れかけ。


 プカる拙上、霊体ミツキはあぐらをかいている。魂に実体はないので、重たくはないが。妙な敗北感を覚えた。

 そんなのは些末な問題。


【さえたやり方だと思ったんだ。本当に】

「あぁ、最悪だ……」


【うぅ、どうしよう。え? まじで?】

「終わった……」


【やらかした……】


 結論から話すと、ウカノミタマを取り込むことには成功した。

 ミツキの魂のおかげで、神獣の調伏が適ったのだ。


 ミツキ秘めたる遺物がひとつ、“降霊術の魂”。魔女の激情を誕とする神獣なれば、神の魂以上に適した器などないだろう。


 問題はここからだった。


【バグ、といえばいいのかな?】

 あぁ、まさしく世界の法則をねじ曲げるほどの……。


「バカですよ!」


 拙達はバカだ。大バカ野郎だ。実におバカなポカをした!


 元来降霊術というのは、強者の魂を降霊することで、驚異的な力を獲得する異能。


 その際“契約”なるものをもちい、術者と降霊体の縁を“縛る”。さもなくば両者の力関係が曖昧となり、肉体権限を降霊体に奪われてしまうからだ。


 肉体はより支配力のある魂に引っ張られる性質をもつ。


 これを“受肉”という。人格が入れ替わるだけならまだいい。自己ならざる魂に肉体を乗っ取られる。採れたて卵に親鶏をぶち込むような矛盾だ。


 許容できるはずもなく。器となった身体は例外なく瓦解する。神獣に飲まれた成れ果てを想像するとわかりやすいだろう。


 受肉現象は降霊体の意思に関わらず。

 雪原に墨汁を垂らして、『染まるな』というほうが無理な話だろう?

「考えたらわかることだったんだ……」


 降霊体とのパワーバランス、これを見誤ると術者は死ぬ。

 そのため強い魂であるほど、釣り合いをとるため強固な契約が必要になってくるのだが……。


「拙の母体は大精霊。そして……」

【私はどうやら精霊術師】

 あなたのそのテへって仕草、しゃくにさわるのでやめてください。


 精霊術師とは、文字通り精霊をあやつる者のこと。

 こんなどうでもいい設定が、ここにきて隆起する。


 思い出せ。人工精霊を生み出せるレベルで、拙の遺伝子には精霊因子が多分に含まれており──。

「あなたの術式は、拙ですら支配下にあるとした!」


 本来ありえないはずの。だが魂の“降霊”という特異な相関において。術式は数奇にも繋がってしまった。


【神をも予想ならざるバグであり。私たちなら予想できたバカバカじゃんね~】

 パワーバランスが崩れると死ぬ。

 だが、現状の拙とミツキは主従のラインで確に結ばれている。

 非常にまずい状況だ。


 これを打破するには、主従の関係値すら縛り殺せる──。

「あぁ、どうして弱っちいミツキと。“大英雄クラス”の“契約”を結ばなきゃいけないんだ!」

 強烈かつ弩級の契約が必要不可欠。


【でわでわー】




【ルール1 ミツキの言葉を“世界の声”だと解釈する】

【ルール2 世界の声の“指示”にツナが背けるのは、一日三度まで】

【ルール3 あらゆる選択において、利己的判断よりも自己(ツナ)の価値基準が優先される】

【ルール4 正誤のいかにかかわらず、ミツキはツナを主人公だと認識し続けなければいけない】

【ルール5 ツナの人生にできうる限りの“面白味”が生まれるよう、ミツキは善処する】

【ルール6 ツナは第四の壁を越えることがあってはならない】

【ルール7 上記契約内容の一切をツナは忘却する】


 ミツキの言葉を聞いた後、ルールに従い1から7の記憶が拙から忘却される。


【とんでルール98 ルール8からルール94の一切をツナとミツキの両者は忘却する】


【最終ルール ルールは原則絶対遵守であり、背いた場合、累積的ペナルティーがかされる。なお、ルールは“破るためにある”】


 以上をもって契約は結ばれた。

 ミツキの言葉を聞き、あまりもの過酷さに嘆息する。


【いやぁ、とんでもないことになってしまったね】

「えぇ、まったくです」


【まさかまさかだよ。降霊術を維持するのに、99個ものルールが必要だとは】

「ですね」


 契約の概要を荒くさらうと、三種のルールに大別される。


『ミツキしか知らない、ルール1から7』

 ようは“ミツキルール”。よりにもよって、狂い人ミツキの秘め事に縛られるとは。実にゾッとしない。


『ミツキとツナも知らない、ルール8から94』

 “裏ルール”

 これらはまぁ、度外視していいだろう、気にするだけ無駄だ。深層心理が、勝手に縛られてくれる。


【いやぁ、気になる!】

「教えてもいいけれど、どうせすぐ忘れますよ」

【ひきえび】


 そして最後の。


『拙しか知らない、ルール95からルール97』

 “ツナルール”

・ルール95 ミツキの“指示”を、一日三度、必ず断らなければいけない。

・ルール96 ミツキの容姿を一日二度以上、性質を三度以上、必ず褒めなければいけない。


 ルール97にいたっては、向き合うことすらおっくうになる。なんてつまらないルールだ。


 これら三つのルールも、ミツキルールとおなじように、ミツキは確かめることができない。


「なにより最悪なのは……」

 国主くにぬしニニギ。白の死神ヘイへ。知られずのゴッホ。大戦斧クヌート。繊細なヘミングウェイ。


 降霊術師の憧れたち、猛き英雄五傑。いや、それ以上──。

 三百年前、墓場とうほくが列島統一を目前とするも。あまりもの契約内容ゆえ、不履行ペナルティで国ごと炎上してしまうことになった──。


 第六天魔王、ノブナガ。


 に比肩する、九十九個のルール。これら契約で得られる拙の恩恵が。


「『ミツキがずっと一緒にいてくれる』だけって。あぁ、最悪で!」


【で?】


「ちょっとだけ、最高です……」


【えへへ~】


 割には合わないが。だんじて割には合わないが! 涙なみだ!


【いやぁへんてこな設定。物語終盤にすることじゃないよこんなの。敬虔な読者でも読み飛ばしちゃう蛇足だね!】


「でもまぁ、ようやく降霊術師らしくはなりました」

 たとえミツキがどれほどバカ弱い魂であっても。

 契約内容がこんなだから、気分だけは大英雄だ。


「ミツキ、拙のはじめてがあなたでよかった。楽しいあなたでよかった」

【え、うれしい!】


 歯の浮く台詞。仕方ない、ルール96のためだ。嫌でもミツキを褒める。拙の性格はそこそこに悪いと思った。


【結婚しろよ!?】

「お断りします」

 ルール95消化。


【あはは~、ふられたー。んで、降霊術師らしくなったってことは】


「えぇ。“戦士”らしくなったということでもある」

 血で紙袋を降ろし、深くかぶる。かつてのあなたたちのように。

 ヒノエミツキ、不知火キナ。

 これをかぶった者は、みな例外なく死に至った。

 じつに運命じみていると思いませんか? まるで死に装束じゃないか。

 ならばつまらないシナリオを。紙袋シンボルを。うち破るまで。

「で? 戦いはいずこに?」


【神のみぞ知るってね。お、うわさをすれば──】


 魔女か、ノエハか。だが神は、照りつける陽光を消し去り。

 戦場を──、星々の散る、幻想的な夜空へ変えた。舞台美術に余念がない。


【ナルシストめ──】

 劇的な演出だ。円環のごとく満月を背に、彼方は降臨した。


【ツナ君、みせつけてやれ! 主人公は決め台詞で締めるものだぜ!】

 血祭りにあげてやる、とか? 血湧き肉躍る、とか? 

 キナ臭いなぁ。そうだ。


「出血大サービスです!」

【ダサい!】


 赤の海よ、たける波よ、我ここにありと謳うなら、撃て、血潮をもって!  

「ぼたぼた!」

 血の槍は神をもまきこみ、流れ、流れ──。


【二人を最後の戦場、墓場とうほくまで運びました。さぁ、いよいよ次話で最終回です! ネタバレすると、次で死にます! ので、ここで読むのをやめましょう。さすれば──】


【物語が、永遠になる】





「ふざ、けるな! 主人公には、物語あなたを終わらせる、義務がある!」


【さぁ、ラストバトルです】

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