第24話 旧主人公が出しゃばる感じの奴

「ねぇねぇ、会いたかった? 会いたかった? じゃじゃーん、私だよー、ミツキだよー」

「……あなたも、死んでしまったのですか?」


 降霊術師だから。眼前の彼女が、霊源体“魂”であることはすぐにわかった。

 拙も例外ではない。肉体から解脱し、身体は記号的に淡く発光している。


「私はね、たぶん死んだ! でもツナ君はまだ生きている」

 意外だった。

 ウカノミタマを討伐し、取り込もうとしたところからの記憶がない。てっきりそのまま死んだもんだと。


「イヌガミギョウブダヌキが魔女の“記憶”。オオグチマカミが魔女の“自我”そのものなら。ウカノミタマは、魔女の枢軸、M災の引き金である“恋心”を担っている」

 ミツキの発言に首肯する。


 だからこそウカノミタマの器になるということは。“M災”を負ぶうに等しく。並みの魂では持て余してしまう。エンマという高潔が必要なほどに。


「魔女の恋心はビックバンクラスの激情。ツナ君の魂は人並みによわっちいから。原初に飲まれ、精神宇宙と繋がってしまったんだね」

 周囲をよく見渡すと、無色透明の霊源に満ちていることがわかった。魂の輝きをうけとり、光の幕が拙らをほのかに包み込んでいる。


 大きな水槽に放り込まれた気分だ。飼われやすいように。傷つかないように。丁重に温められた、適温の絶望。覗いているのは誰だろう。

 神秘的な空間、魂の帰る場所、ここは“霊海”。


「臨死中っていえば、わかりやすいのかな」


『いやー見つけるのに苦労したよ。ツナ君の魂は淡すぎる。もっと明るくいこうぜ?』


 ミツキの言葉に反し、拙の思考は別のところを泳いだ。

「ミツキが死んだ……」


 姉さんのみならず。またしても拙の大切が。かけがえのない人が。ミツキが。

 うぅ、死んでしまった──。

「ことよりも」


 泣く隙さえないほどに。

「気になっていることがあります」

「ほう?」


 魂は、ありのままをさらけだす。内実の輪郭に、仔細な視認性が帯びるから。ミツキ、あなたの紙袋をやぶいてみれば──。


「意外とかわいい人なんですね」

「なっ──」


 美しいとはいかないまでも、愛嬌のあるみてくれ。くるくると癖のある、亜麻色の髪。褐色の肌は生きとした活力。大きく見開かれた瞳がつぶらで、整列を怠った歯並びがむしろ可愛らしい。


 紙袋時代はアンバランスだった等身が、いまは理にかない。ミツキの背丈にようやく小柄という印象をいだけた。


 異常性という化粧を剥げば、そこにいるのは、どこにでもいるような。普遍的に愛い少女じゃないか。


「つ、ツナ君は私の素顔を知っているもんね。そのギャップで、おかしくなっちゃったんだ。そーだそーだ、きっとそーだ」

「どうなんでしょう。拙は降霊術師ですから、美的センスが乏しいので。ただ、あなたの魂は綺麗だ。それだけは確かだ」


「うぅ、喜び方がわかんないよ……」


 ミツキ、あなたは何て答えてくれますか。

 ミツキ、あなたはエンマや姉さんのように、離れていってしまうのですか。

 あぁミツキ、あなたは初めて、拙が手放したくないと思った人なのです。

 どうか、どうか……。


「ミツキ。ウカノミタマを取り込むことができれば、“生前葬”が締結します」


 魂は死んだとも。けれど“ガワ”は小日向エンマで。

 心を欺こう。ウカノミタマを取り込んで、未恋にエンマの残滓を舐めさせよう。


 新鮮な失恋こいの悲しみを、思い出へ貶めないと。

 拙の弱さが、ミツキを選べない。


「ミツキ。どうか拙と、契約を結んでください」

 死なないで、おいてかないで、一人にしないで。

 あなたの自由を、拙にください。


「拙と、生きてください」

「よろこんで」

 即答。


 体なんてなくたって、泣けるとしった。ぬぐって。


「今のミツキは、誰よりも自由だ。きっと姉さんよりも。どうして、拙なんですか?」

 初めて会ったときにも、同じことを聞いたっけ。あのときははぐらかされてしまった。


「ダサいなぁ。へんてこな自虐。君を選んだ私の魂に失礼だぜ、まったくもう」


 ──ねぇ、ツナ君。一度しか言いたくないって、一度くらい言ってみたかったんだ。よく聞いといて


 

「私の自由意志が、君を選んだ理由……。私はね、君のことが好きだし、同じくらいに嫌いなんだ」

 どうして? 


「ちょっと前まで、心は迷子。でも、今ならわかるよ。向いているんだ、君のほうが」


 なにに?


「主人公に」


 彼女の理解が、拙には遠く。


「私の感性がね、言っているんだ。君のほうが、私より面白い物語になるって」

 ミツキの指針が。価値観が。拙とは。人類とは。まったく別の観点に重きを置いていると、ひとえに悟った。


 彼女が時折みせる、高次元の感受を思い出す。

 その名称が、つまりは“主人公”なのだろう。


「ささやかな感動の、いちいちに涙する。語り部ツナ君。うん。そっちのほうがぜったいに面白いって。私、くやしいけど思っちゃったんだ」

『君は物語に誠実なんだよ』


「だから私、一生呪ってやることにした。君の物語を」

『私の物語“だった”ものを』


「私が君を、“主人公”だと定義する」

『主人公になれたら、死んでもいいとさえ思った。だからせめて、私は主人公の“となり”がいい。どうせ死ぬんなら、主人公がいい!』


「これが私の夢の果て」

『君を主人公に仕立て上げるから。過酷溢れる人生を約束するから』


「たくさん考えて、やっと言語化できた。これが私の、生きるしぬ理由」

『あのね、いっしょにどうにかなっちゃお?』


 ミツキの心音、半分でさえ理解しがたい。 

 拙にわかるのは、彼女が本気だということだけ。“特異げ”に。いつも通りに。


「どうして主人公がいいんですか?」

「納得できる、明確な答えがほしい? やだね! 私の針は、『なんとなく面白そう方角』に、いつだって向いているのさ」


 なんとなく、主人公のほうが面白そうだと思ったから。

「あるいは、宇宙で一番面白そうな人生が、“主人公”とよばれるのかも」


「え。あぅ、え、え?」

 ダメだ、半分とかいってみたけれど。まったくもって理解ができない。

「拙なんか、つまらないやつですよ?」


「その視点こそが、実に面白いのさ。神様がどれほどおもしろい筋書きを用意したって、君の魂はなびくことなく。運命を前にしたとて、自己の『つまらない』感性に殉じられる。んー、素敵」


「つまり?」「つまらないよ」

 反応に困るなぁ。


「ツナ君、私の言葉を無理に理解しなくていいんだ。私のおよぶ範疇からとびでた君だから。想像をかろやかに超えていく君だから。私は君がいいと喘ぐんだ」

「はぇ……」


「ツナ君、言ってくれたじゃん。『考え続けろ』って」

「あ、姉さんが教えてくれた言葉です」


「だから考えた。考え続けた。そしてキた。もうどうでもいいや、好きにやっちゃえって」


『考えないことを考え終ついた』。みたいな、なげやりで普遍的なものでなく。


「考えてもみない事象だけが、私の感受性を豊かにする」


考え続けてなお理解しがたい不知火ツナ』に、自身の魂を全ベッドという選択。


 拙が面白いと確信しているから、ミツキは選んでくれたんじゃない。

 あくまで『なんとなく面白そう』から逸脱しない、“可能性”を採択したのだ。


「狂ってる」

「たがいにね」


 ミツキが主人公という、“無理解”にこだわるのは。ただ『面白そう』だから。


 頭いかれてんのか。


「なので私、用意してみましたー。ツナ君にとってのラスボスを。私のためだけに戦ってくれる“英雄”を」


「誰?」

「神さん」

 原初の魔女。あるいは不知火ノエハ。


「君が主人公にふさわしいのかどうか。お披露目と行こうじゃん」

 ……、まったくつまらないことをするものです。


 どうしてそんな、わずらわしいことを。

 試すようなことを。


 拙はいつなんどき、ミツキ、あなたのために生きるというのに。


 夢を叶えた迷いは晴れた

 青色拙の魂、ミツキが『いい』と叫んでる。

 あなたの用意した、つまらない宿命だとか一切を、運命だとか合切を──。


「ぶちのめす」

「好きだー!」



 

 ……。とかいってみたけれど。ダメだ、やっぱりすこし心配。ほんのちょっぴり、涙がでた。


 ミツキ、最後にひとつだけ、聞かせてください。

「もしもミツキが主人公なら、どんな選択を?」


「物語、ぶっ壊してみたいとか思ったり? ツナ君に主人公あげちゃったりしてね」

「ひひっ」


 さすが姉さん。あなたは忠告してくれました。

 初めからわかっていたんだ。ミツキが拙の“ラスボス”になると。


 あらましを否定する拙に。物語の権化である“主人公”をあてがう名采配──。


「ひひひっ」


 生まれて初めて、生まれてきてよかったって思えるくらいには。

 楽しい展開になってきた。


「つ、ツナ君が笑ったーーーーー!?!?」


 


 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

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