第四章 紙袋はやぶけやすい
第23話 未恋ぼたぼた
泣いて、喚いて、また泣いて。
やがて涙も枯れたころ、血族降霊は“覚醒”を遂げた。
「血族降霊“
血の羽をひろげる。あふれだす鮮血。脈動する両翼は禍々しく、一見すると悪魔に相違ない。はためかせ宙を舞う。嵐にもまれ空でシェイク。初フライトは、颶風のきりもみだ。
自転停止による影響か、眼下の海は荒れ、灰色に汚濁していた。船は沈没、津波は“陸”すら飲みほした。意味することは……。
「きゅうしゅう、沈んじゃいましたね」
天を衝くばかりの、いくら巨城であってとて、大地震、津波、嵐を前に堅牢は意味をなさず。魔術教室は瓦礫、地球をよごす。
「はて……」
いったん相手の気持ちを思いやるべきか。
数年前、国から出奔したはずの拙が単独で返り咲き。“災害”を引き連れやってきた。見方によっては、“拙が攻めてきた”と捉えることもできる。
だからといって……。
「そこまでします? 普通」
全魔術空兵が拙を外敵ととらえ、ほうきにまたがり、宙で陣形を組み待ち構えていた。その数、目算十万。
「まぁ。あなたたちの採択は間違っちゃいません」
もとよりきゅうしゅうの秘宝、
「“今”をおとす兵力に、過不足などありやしない」
戦争ですらない。国を滅ぼされた彼らが、だというのに振るえなかった拳の受け皿とならん、これは喜劇じみた慰めだ。
拙だって不感というわけじゃない。力を試す相手がほしかった。滾っているんだ。かかってきなさい。
「つきあってあげますよ」
くる──。
三百六十度、全方位からの“流星”。
一撃一撃が致命足る雨のなか、すべてをよけきることなど不可能か?
おあいにく。姉さんは天才なんだ。まがい物だとしてもキナの天性は、アストラル粒子で“錬金術の脳”を模倣した。
極超倍に拡張された思考領域は、捉えている、すべてを。
「血族降霊“
毛細血管の延長、つむがれた血の糸が、あらゆるを願い下げる。
流星を胤で裁断、細切れた霊源体が粉雪のように舞った。
拙は姉さんや、ミツキのようにイカれちゃいない。いつだって戦場はセンチで。つまらないものだ。
「寒いな」
風が強く吹いている。レインコートがはためいた。フードを深くかぶろう、涙で凍えてしまわぬように。
「血族降霊“泣血”」
血涙はときに爆性を帯びる。大気ががなり──、ピカり。
「ふっ──」
爆風、熱波、気流を利用し急上昇、魔術師の群れ中へ踊りでる。
間近で敵の顔をみた。「!?」怖気。
魔術師たちはみな、満面の笑みを浮かべて。
「なにが……。なにが楽しい!?」
殺し合いの、なにが!
「散れ!」
歩兵銃『有明』、コッキング、霊源濃縮弾を装填。狙いを定め、引き金を絞り、発射、反動、空兵の一を討つ、二を撃つ、三四と続く、リロード。
あぁ、いいこと思いついた。
魂を弾頭として形成する。その工程を、“血”で代替する。
「血族降霊、“赤弾”」
構築、装填、照準、発射。
弾丸は不知火で練られているからこそ──。
「ぼたぼた」
指パッチン、飛翔地点へ瞬間移動。慣性を殺すために空兵で着地。
意識を失い自然落下する兵に触れ、拙の真髄を魅せる。
「降霊術、“
能力詳細→、生き霊の才能を、数十秒だけ借り受ける──。
「なるほど、空はこう使うのですか」
彼は空の“飛び方”を教えてくれた。
「血族降霊、“翼”」
気流の乗り方、比重の操り方、遠心力の応用。天と海が逆転。血流阻する重力負荷。
戦場の次元が、一区画くりあがった。
「なら、こんなこともできるだろう」
真下へむけ赤色弾を発射、すぐさま「ぼたぼた」瞬間移動を敢行。弾速と同値で落下する拙が──。
「血族降霊、“胤”」
広範囲術式をおこなえばどうなるか。
拙をとりまくすべての兵士、およそ百を糸で捕縛。浮く兵どもは空の
「降霊術、“鎮魂”」
能力詳細→、拙の霊源をぶつけ、他者の魂を揺さぶる。降霊術師ならざるは、未経験の激痛にあらがえず意識を確定的に落とす。原理は“有明”と同一。
「降霊術、“
百人、全員もれなく優秀だ。なら、一人くらいいるだろう、面白愉快な“才能”が。
「奔れ、踊れ、狂え、
捕らえた百人の魂で流星を模倣する。あまつさえ“十五発同時展開可能”の才で飽和解釈。のべ、血ぬれた千五百の星屑を──。
「見舞え」
空に描いた落書きが、兵士を塗りつぶしていく。少々悪趣味だが芸術祭。
「血族降霊、“歌血”」
それは血液の活性。回れ、回れ、回れ、
「降霊術、“必中付与”」
能力詳細→、拙を中心とした半径百メートル以上の効力消失を条件に、“半径十メートル以内の必中効果”を施す。
「君たちの“思い”は、星ですら惹きつける引力だろうさ」
ど、ど、ど、ど、ど。墜ちる一個小隊、リサイクル、千穿つ槍とする。
以後その工程を無数回再現。
「打開案はありますか? このままだと全滅ですよ」
戦場で交錯する赤と白の奔流。幾千本の迫撃を、されど拙の脳は知覚しきっている。負ける由来はない。どうでる? 列強国。
「なにか、飛び込んでくる──」
「まさか!?」
あぁ、嫌な予感はいつも当たる。
拙は身をもって覚えている。魔術教室が、“手段をえらばない”ことを。
「「「「自爆陣!」」」」
拙元へたどり着いた四者が心臓を叩く。
自らの魂に刻印をほどこし、心肺停止を契機に発動する高威力爆撃。
列島戦線のおり、さんざ辛酸をなめさせられた、“特攻専技”。
瞬間移動は間に合わない!?
「幽体離脱!」
魂を肉体の外へ。爆発は拙の身体を瞬く間に肉くれとした。
「おみごとです」
空の赤色流星を回収、材料とし、肉体錬成、辛くも復活。
「ちっ──」
仕方がない。歯を食いしばろう。
案ずるな、痛いだけだ。
中長距離は拙の性質上不利。なので──。
「手を取り合って踊るのです!」
程度の知れた欠損なら許します。ダンスな距離感で遊ぶのです。
「埒、穿つ!」
翼を広げ、術式のレベルを引き上げる。
あぁ、熱い。血が沸騰し、クリエイティビティ沸き立つほどに。
血族降霊──。
「“流血駆動”」
翼の形状を大胆に変形。かつてあったジェットエンジンのように、大出血を促進力とし、音すらも踏み超えん。
「御笑覧あれ」
大丈夫、出血死はない。姉さんは、“
「バースト!」
刹那的にマッハへ至る。加速度は計り知れず、下部はうっ血に弾け。鼓膜はついについえた。肉体は空気抵抗にさらされ熱を帯び、発火現象すら伴う。
空兵に幾度となく衝突する。たびに十は骨が砕ける。
痛い、痛い、痛い、痛い。
だが、痛覚は非常にありがたい。
欠損を瞬時に知覚、反射で再錬成を行えるからだ。
「殺したくはないのです」
本当に。
甘えだ。倫理じゃない。奇麗な魂を傷つけたくない、美的価値観の脆弱性だ。
だからもう──。
「終わらせる」
有明を四方に錬成、秒間数百発のペースで周囲に“必中”をばらまく。
一万、二万、三万。
血の軌跡と赤い蒸気、青鈍の光線と落ちいく人型。地獄にしては幻想的だ。
「加速します」
血を吐き出せ、ギアを上げろ、なにせつまらない感性だ。せめてだれよりも速く、何者にも観測されてしまわぬように。
「ほう」
だが、魔術教室はどこまでいっても列強であり──。
「ついてこられるのですか!!」
背後から追随する二機の空兵。つばあり帽子を背に流し、ヘルメットで表情を隠している。ローブの防護隔壁陣を常時展開しており、空気抵抗をなるたけ遮断。ほうきは鋭利に洗練された形状。
二機は前後に隊列を組み、先頭を長機、後列を
「ドッグファイトというやつですね!」
後方から十の流星。
曲技飛行で回避を試みるも──。
「追尾弾!?」
死はいつもしつこい。
「フレア!」
血を硬化し、血栓を背後にばらまく。これで流星は対処が可能。
すぐさま速度をあげ、旋回を繰り返す。
アクロバティック飛行はしかし意味をなさず、
拙もまけじと駆け引き。だがやはり数的不利の状況は厳しく。逃げの一手を選択せざるをえなかった。
拮抗状態、場はより煩雑さを増し。
三者の軌跡が絡まり、戦況は血管ほどにほつれ、空がしだいに不自由となる。
──息苦しい。
ほんの。ほんの一瞬だった。
たった一呼吸分の“油断”、奴らはソレを見逃さない。
「まず!?」
わずかな速度の弛緩、隙に
横軸、縦軸、双方の退路を断たれた。
「かくなる上は……、血族降霊、“血戦刀”」
うねらせ、首を断つ。慣性に従い、そっ首は背後に流れた。錬金術の脳のレプリカは、死までの実感をおおきく引き伸ばし。大丈夫、間に合う。歯を噛み鳴らせ──。
「ぼたぼた」
瞬間移動。首を起点に肉体が再構築される。
よし、今度は拙が背後を取った。好機──。
「姉さんは痛いのが嫌いでした。だから力を制御していた」
血の錬成は、いつだって痛いものだ。必勝には激痛が伴うから。
血戦刀、左手首を裂く。動脈を切開。
激痛が神経を咀嚼して。血は痛を知らせんと、律儀に脳へ情報を運搬する。
「血族降霊、“
吹き出す鮮血は流転し、凝縮され、雲ほどの体積が右手のひらに集約する。
続けざま──。
「血族降霊、“歌血”」
活性化した血は熱を帯び。もはや血球、太陽と遜色ないエネルギーを宿した。
そこへ──。
「降霊術、“
能力詳細→、霊爆をヒントに着想をえた、拙オリジナルの術式。物質に魂を降霊させ、疑似契約・“付喪神”を編む。
以上をもって──。
「血族降霊・奥義、“
姉さんは絶歌を爆撃としたが、そうじゃない。この技の真髄は、物理宇宙と精神宇宙の双方を
有明へ装填、レバーアクション、憂いはない、ゆえに必中。
以上、時間にして零コンマ三秒。
物理の“衝撃”を促進力に、アンチ霊源弾を──。
「ばん!」
僚機の後頭に直撃、海へ落下。絶歌弾は殺傷力こそ皆無だが、精神宇宙とのつながりを断つ以上、魔術師を只人とする。
して拙はこの必殺を──。
「連射可能!」
降霊術がめざす最強は、必ずある答えに到達する。
降霊術師は“縛り”を自らに課すことで力をえる。拙たちは生まれながらにして、不自由を約束された民ゆえに。
“絶歌”、いっさいの“リスク”なし!
「姉さん、拙はいつも、自由なあなたがうらやましかったのです」
狙いを長機に合わせる。
「拙は今、とても自由だ」
必中領域から外れてはいるが、外す道理などなかろう。
「ばん!」
弾道は長機を捕らえた。だが──。
急旋回!? なんて速度だ、瞬きの間に雲へ紛れた。
「偶然よけた? いや、やつは見えているんだ」
背後を、どころか、制空内のすべてを──。
理由は一つ。
「補助魔術……」
気がかりだった。さきほどから他の空兵が一向にせめてこず、拙らを静観している。
高レベルのファイトについてこれないというのもそうだが。
なにより僚機が墜ちていこう、長機の動きが格段によくなった。
受けていたのだろう僚機のバフ分が、長機へ流れたからだ。この理論であれば、奴ら二機が異次元の動きを見せていたことにも説明がつく。
「ミツキや姉さんなら、面白がって放置でしょう。だが拙は、人並みにクレバーだから」
狙うべくは長機でなく、奴を補助する七万。
「ですらなく──」
拙という標的自体の、観測領域内解脱。ようは、拙を見失わせるのだ。
森中で矢じりを研ぐ意義をなくすには、獲物をすべて狩ればいい。
「血族降霊、“歌血”」
術式を体内へうち込み、血の温度を摂氏41度まで上昇させる。なに、ただの防寒だ。
「血族降霊、“流血駆動”」
最大火力をもって──。
「
いざ──。
「バースト!」
急上昇に伴う気圧の低下、血中酸素を活性化させることで対処。
一、二、三、四。
成層圏突破。
五、六、七、八……。
上昇停止、高度九十キロメートルを維持。
視界は暗く、星々だけが光を主張していた。
「沈んだのですね……」
平線が弧をえがく。惑星が丸いことを思い出す。地球は白と青の二色のみで構成された、海の星へと変わり果てていた。どうしてだろう、眺めていると泣けてくる。
「うぅ……」
ずっと泣いてきた。
ぜんぶの涙が、海原と溶け合い、星を抱くんだ。
「どうせなら、拙が壊しちゃえ」
涙は色のない血液だという。では、惑星全土が拙の領域だと“誤解”してみたら。
机上の空論を、絵空事を、それでも奇麗だと思えるのが拙だろう?
世界を滅ぼす理論を、降霊しろ。
「血族降霊……」
術式は、神により《与えられた》もの。
つまり、神との接続を断つことさえできれば、理論上術式を消失させることは容易い。
モデルはミツキだ。ミツキは精霊術師でありながら、精霊との因果を失うことで人と成った。
その理論を元に構成した術式こそ、絶歌弾であり。
ならば、絶歌弾の特性だけを抽出、“地球”に降霊すれば……。
「血族降霊、“絶海”」
青色の魂が、赤く爛れる。
蒼穹の星が、紅く血塗れた。
姉さん、みえているかい。あなたの血恵と拙の魂は、核融合。
星そのものを“絶歌”とすることで、術式の効力が及ぶ、一定時間内という縛りこそあれ。
いま、地球上から“術師”を消した。
「なんて景色だ」
とても色鮮やかで、ひどく醜くて。
これが。こんなものが……。
「夢の果て。自由の功罪」
舞台は整った。
物語は──。
「感傷の暇さえ与えてくれない……」
血戦はまもなく。
「やはりあなたが、拙の求めた“秘宝”だったのですね」
ここは宇宙だ。きっと拙の言葉は聞こえていない。
だが眼前に浮遊する彼女は、呼応するようにヘルメットを脱ぎ捨てた。
「もう、面影すら……」
先までの死闘を演じた長機、正体は──。
「ウカノミタマ」
いや……。
「小日向エンマ、だったもの」
拙の初恋は、死体ですらも
姿は人域をとうに逸脱し、理性亡き獣へと、成り果てていた。
「いちいち安心させてくれるじゃないか、世界。拙の夢が、間違いでないと……」
七万人の補助魔術は、“バフ”なんかじゃなかった。
ウカノミタマを“人の形”にとどめておくための、拘束具、“デバフ”だったのだ。
それが解かれた今、小日向エンマだったものは、とうに人型を失い、異形へと変貌を遂げ。星夜に霊骸をばらまく。
ウカノミタマはローブを引き裂き、“ソレ”を取り出す。
魂よりも芳醇な、霊源思念体、“人工精霊”。
「実験は、成功していたのですか──」
ウカノミタマは、わし掴む人工精霊を食らい、砲撃を編んだ。
位階序列三位、精霊の核爆化。威力たるや、あの霊爆をも凌駕する。
憎い、世界が。
許せない、条理が。
あぁ、おぞましい。
「会いたかった」
あんなものを前にして、なお嬉し涙を零す拙の。なんておぞましいことか。
「会えてよかった」
だがその忌避も。吐き気も。不気味さも。超えるほどに。
拙はただ、恋しく思うのです。
「でももう……」
大丈夫?
「さよならです」
大丈夫、一撃で終わらせる。
覚悟、いらない。決意、必要ない。余韻すら!
願い続けた幾星霜、この日、この瞬間、この一撃をもって幕引きとする。
一撃は、恋を殺すための“必殺”でり。
一撃は、夢を殺すための──。
「血族降霊、“絶歌”」
弾丸を降霊。
ガチャリ──。
トリガーに指をかける。呼吸をとめる。
緊迫に、心音すら邪魔だ。
「こい!」
精霊核撃は放たれた。力場が歪んで見えた。
射出した弾丸、精霊を貫き。
だが“一撃”は。
「奔れ!」
だが“
まだ止まるな。まだ──。
「ぼたぼた!」
弾丸を起点に瞬間移動、弾速と同値の加速度をもって──。
「“絶血”!」
歩兵銃有明、銃剣の切っ先が、ウカノミタマに閃いた。
「──」
世界を滅ぼし、失恋は成った。
「……」
どうせ宇宙だ。泣き声は聞こえやしない。
「……」
泣いて、喚いて。
「うぅ……」
ようやく、
「姉さん……」
拙はもう、自由ですよ。
「ミツキ……」
今、とてもあなたに会いたい。
「ようやく、失恋することができました」
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