第21話 桃色の神話

「うはぁ。んー、ん。あぁ、おはよう」

 川のせせらぎか、小鳥のさえずりか、透き通るほど清らかな声音。


「完全復活にはほど遠い、半端な受肉……」  

 けれど発せられるオーラは尋常なものでなく。大気の構造を根底から書き換えたかのよう、空気感の変質を肌で感じる。


「せいぜい呪術師程度の力と、精神性の再誕か」

 原初の魔女は復活をとげ、いま、眼前に立つ。


 おしむべくは、威光を直接拝むことのできない眼窩の傷。一瞥いちべつくらいはくれてやりたかった。


「呼び名は魔女でも、ノエハでも、お好きに」

 えぇ……。どういう意味だろう。


「原初の魔女とは、大魔道士ノエハのことである」

 ……。


「わかりやすくいおうか? 不知火ミナと不知火ノエハは、同一なのだよ」

 不知火ノエハは、原初の魔女が作りだした存在。ともすれば同一であるとの見解は正しいのかも知れない。だがやはり、受ける印象の違和は計り知れなかった。


 五百年にもわたって『ミナ派閥と、ノエハ派閥』が争ってきたのが、この世界だからだ。


「ふむ、どうやら勘違いをしている。争うように仕向けたのが神だ。神は不知火ノエハという存在をでっち上げることで、故意に戦争を誘発した。呼称は違えど、両派の拝まんとするは同祖である」


「雑に、物語をかきまぜないで……」

 喫驚、戸惑い、感嘆すら。まじって汚い。


 演出をおこたり、伏線すら放りなげて。なんて雑な開闢かいびゃくだ。まさしく神がかっている。


 そしてなるほど。神道も、ましてやバサラなんてものもはじめからなく。たとえどちらの意が決っしようと。祭り上げられる神は、不知火ノエハ原初の魔女となる仕組みだったと。 


 あはは、いいね、そういうの。私は好きだよ。

 “人間くさくて”。


「くくっ。言うじゃないか。おい人間、復活の褒美だ。少し話をしよう」

 かしずけ、名乗れ。

 魔女の言葉は真実となり、つかえるための身体と、名乗るための舌を得た。


「いやぁ助かったよ。痛くて泣きそうだったんだ」

 泣くための眼球はとっくにないが。


「どーも、はじめまして。ミツキだよ」

「ミツキ、よきにはからった。存分に対話しよう。神にとっても久しぶりの出幕。饒舌にもなる。つきあえ」

「おおせのままにー」


 あぐらをかく。礼儀などしらない。彼女は私の信仰じゃあない。

「それで、どうして神を復活させたのだ?」


「ふつうに、世界の悲願だから、ではいけないの?」

「ぬかせ。ミツキが魔女もノエハも望んでおらんことは割れておる。神が主を演じていないことこそ証左だ」

「さすが神さん」


 口先は通じないか。認める。私は別に、復活するのがノエハでも魔女でも、どちらでもよかった。神様であることが重要だったからだ。


「いやぁ、いつ死んでもおかしくないご身分なのでね。死ぬ前に、ひとこと文句をいっておきたかったんだよ」

「聞こう」


「戦争するのは勝手だけれど。因果に他者を巻き込まないでよ」

「というと?」


「魔女かノエハか。それは私たち人類に与えられた、自由意志だ」

 自由。信仰を選ぶ権利ともいえる。

「ちがいない」


 戦争に参加しないという信仰も、ならばある。


「けどね。勝敗を決するための。神獣の器と、遺物の適合者だけは、“天性”のものだよ」


 天が与えた役割ということ。百年に一度しか生まれない、遺物の適合者はもちろん。神獣であっても、器となる魂の向き不向きがある。


「自由? どこが? 神話それは君の物語だろ? どうして私たちを巻き込むんだよ」

「言い訳だな。神は永世中立国ほっかいどうを用意した。遺物の適合者だとしても。いついかなるときであって中立にたてた」


 おいおい、神様の冗談は笑えないぜ……。


「こちとら腹ん中から波瀾万丈なんだよ。胎児の人権をとりあげて、なにが自由だ」

 水子に人権はもとよりないか? 未来は子宮内と同じほどに暗いのか?


「ふふ、たしかに。認めよう、ミツキの言い分を。神はことわりの配慮にかけていた」

 謝罪はいらないよ。だって君は神だ。ともすれば君のすべてが正しい。


 文句こそあれ、べつにおこっちゃいない。まぁまぁ楽しい人生を送れているもんね。


「白状すると。ミツキ、あなたの人生が激動だったのは、神がそうなるように仕組んでいた、というのも一因。情勢を加速させるためにね。ミツキが全遺物を獲得するに成功したのは、後付けの理由こそあれ。おおまかは神の啓示通りだ」

 ウケる!


「おどろくべくはミツキの父、ヒモロギだいの工作だ。奴めは神意を賢しらに察知し。精霊術の臓物を媒介にかんさいを沈め。あまつ爆煙の中へミツキを隠した」


 その口ぶりからして。台本通りなら、神は十四年前に復活する手はずだったのかな? 父は物語を延長戦へもちこんだってわけだ。


「おかげでヒノエミツキは、神を決して復活させないための装置として、陰謀に教育をほどこされることになった。ノエハシナリオは頓挫したのだ」


 名無しの呪いが魔女になったように。

 神の復活とは、器の人格を、神で上書きすることを意味する。


 愛娘がそうなってしまうのは、さすがに嫌だったのかな。

 顔も知らんけど。パパ、まま、ありがとね。


「あはは! なのに私は神様を復活させちゃったんだ!」

「くくっ」 


 私は、私のために死んでいったすべての人たちを蔑ろにして。神様の朝日となった。

 これといった大義はない。本当に、神様とおしゃべりしてみたかっただけなんだ。


「ねぇ神様、あなたはどうして、こんな世界を作ったの?」

「ただしく魔法とよりそえる楽園を作るだなんて、大言壮語? 神を失望させた人類に、最後の慈悲をくれてやるのは傲慢不遜?」

「それが君の本音なの?」


 ちがうだろ、神様。


「私だけが唯一、君になにも期待していないんだ。私だけでいい、君の声を聞かせておくれよ」

 君はまだ、すべてを話していない。


「どうしてそう思うか、聞いてもいいか?」

「いやぁ恋する乙女がさ。世界がどうとか。絶対興味ないじゃん」


 普通にしてもらえた、私だから分かる。

 残酷な世界の、数少ない普通だから──。


 私には神様。君だって普通の女の子に見えるんだ。


「ほう。ミツキ、あなたはどこまでを理解している?」

 理解だなんておこがましい。私のはただの受け売り。


「知り合いの片恋くんがね。君はきっと恋をしているって、教えてくれたんだ」

 復讐心。諦念。憎悪。悲哀。どれでもない。


 宇宙を生み出すほどのエネルギー。人の心にあって、“恋”いがいにありえないと。


「くくっ。いやおどろいた。偶然にちがいない。だとしてもまさかまさかだ」

 こわい! あまりおどろかないで。君がびっくりすると、拍子で宇宙ができちゃうかもしれないんだぜ?


「興が乗った、真実をくれてやる」

 あは、そりゃそうだ。恋バナに乗り気にならない乙女なんていないよね。


「神は自己愛の魔女であり。神は……。私は、私自身に自惚れてしまったのだ」

 ほかの誰でもない。ミナは。ノエハは。自らに恋をした。


 自分の美しさに、惚れこんだ。


「幼きとき私はまずしく。鏡なんてものはなかった。嵐が過ぎた、麦畑のただなか。水たまりを覗いて。あぁ、そうだ。私はあのとき、私に一目惚れたのだ」


 他人ではなく、自己に一目惚れたからこそ。恋の刹那的な発芽、成熟を意味し。感動は世界の法則すらも書き換えるに至った。


「ナルシズムがすぎて、うち明けられる者もついにはなかったが。ミツキ、神は、神の愛した私自身を、皆にも愛してほしかっただけなのだ」


 ゆえに少女Aは、神となった。神様ほど、無条件で多数に愛される存在はいないから。これほどの陳腐が、神話の正体だったってわけだ。ウケるー。


「おかしな話」

 本当におかしな話だ。魔女は世界を壊した張本人じゃないか。そんな奴が、愛されようとすんなよ。


「まったくそのとおり。なにせ神は、皆が嫌いで嫌いで仕方がない。愛してくれない奴らは、苦しんで、死んでしまえばいいとさえ思った。神を愛さない世界など、なくなってしまえばいい」

 ひどく人間に優しくて、ひどくみんなに残酷な。

 世界の矛盾。


 それは魔女の、いびつな精神性の現れ。


「ゆがんでんなぁ」

 世界を滅ぼした魔女には、だから憎悪がつきまとう。


 ゆえに、対となるノエハという虚像をうみだし、憎悪すら愛情へ書き換えざるをえなかった。


 あはは、やっぱりかわいいじゃん、この子。ただ、わからないこともある。


「不思議。君なら愛情だって、強制できたはずでしょ」 

 けれど魔女はそうしていない。人々から魔女の悪行に関する記憶を、総じて消し去ることもできたはずなのに。あくまで信仰は自由とした。なぜか。


「神のことを、忘れてほしくなかった」

 悪いことをしちゃったけれど。どうか私のことを、愛してほしい。

 忘れられるのは寂しいから。どうか私の罪を、許してほしい。


 神様の願いは傲慢で。されどひとしく、ただの少女の、わがままだった。


「ねぇミナ。あなたは私に、どうしてほしいの?」

 いじわるな質問。わかっているくせに。


 私だけが神様のことをなんともおもっちゃいない。

 好きでも。嫌いでも。


 そんな現実、寂しがり屋の神様が、受け入れられるはずもないのにね。

 だからこそああして。必死になって。

 アピールしてきているのに。


「くくっ。普通、神が人の願いを叶えてやるものだろうて。ミツキ、本当にあなたは面白い」


 た、たしかに。死に体で神様を復活させて、『望みを叶えてやる』なんて言っちゃえるの、変な奴だ。普通逆だよ、逆。


「愛してほしい。神に、恋してほしい」

 私のことを見てほしい。神様の願いはシンプルで。ミツキは開眼する。


「あぁ……、とっっっても綺麗な人。でも、残念だ」

「え?」


「私の愛は、とうの昔に奪われている」

 夢を、愛してしまっている。 


「うぅ、どうすれば?」

 どうすれば。


 そんなの決着以外にあり得ないぜ。

 私の夢を、せいぜいド派手に──。


「ぶちのめせ」

 大好きな人がいる、一番嫌いな人でもある。


「そしたら好きになってあげる」

 その人の名は。


「不知火ツナ」


 ツナ君は教えてくれたんだ。

『何者にも縛られることなく、まっとうに生きろ』って。

 ツナ君のこと。なんで好きになったんだろう、思い出せない。

 どうして嫌いだったのかも、もう……。


 それってじゃあ──。


 縛りじゃない?


 胸を叩く。目覚めて、“魔術の心臓”。

 不自由な肉くれから、何者でもない魂を。

 解き放ておくれ。


「適合者ならざるが遺物を行使した。神はいずれぶり返しで死ぬだろう。なのにミツキ、どうしてあなたは、呪いを引き受けてくれるの?」


 ねぇ神様。

 ねぇ神様。

 ねぇ神様! 私ね、やっぱり。


「おねがい」


 君のために死ぬからさ。おねがいします。

 ただの女の子なんていやだ。

 私、主人公がいい──。


【神の呪いを肩代わりし、心臓ははじけ。神ノ國ちゅうごくは消滅した。それと──】


【ひさしぶり】 

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