第三章 自由の功罪
第17話 優しい殺人
つーの作戦、いたってシンプルな概要。
ミツキは脳を提供しなければいけず。だが、事項において必ずしも死は必須でない。
つまるところ、つーの作戦は『脳を提供しつつ、ミツキを生かす』となる。
方法。
ミツキの記憶が食われたとするなら、ギョウブダヌキは記憶の保持者となる。すなわち、ミツキの記憶は神獣の中で生きている。
ならば極論、ギョウブダヌキをおのが物にすれば、ミツキの記憶はキナさんの手中に収まることとなる。
一度ギョウブダヌキを経由することで、ミツキの記憶と神獣の権能を両方得ようというのが、つまるところつーの秘策、その全容なのだ。
ここからが本懐、ギョウブダヌキの力をえると何ができるのか。
『ミツキの肉体を完璧に錬成することが可能となる』
そのための布石。ミツキの食したスープの原料は、キナさんの生き血であり。ミツキへの“マーキング”は、あの時点でほどこしていた。
「ぼたぼた」
ゆえにミツキを材料とし、キナさんを錬成できた。約束通り、先から順に。
イヌガミギョウブダヌキは記憶を食う。ゆえに近づくことはできない。つーの秘策は、そうした不文律ごと捻じ曲げる。
「飯をふくんでいては、口も開かぬか」
イヌガミギョウブダヌキは、ミツキを食らう最中。ともすればミツキの位置情報上に瞬間移動したキナさんは、記憶を奪われることなく。イヌガミギョウブダヌキへ直接触れられる。
「オンキリキリバサラうんはった」
神獣を取り込み、器となった。
作戦終了。ミツキの記憶を獲得。
錬金術の脳と、イヌガミギョウブダヌキ。知恵と道具は出そろった。
いまのキナさんにとって、『ミツキの記憶をもった、ミツキの肉体』を錬成するなどたやすい。
テセウスの船なる問題が浮上。
一から作り直した新生ミツキは、かつてのミツキと同一個体と言っていいのか。
つーの持論、肉体は違えど、魂が一致するなら、同一人物である。
「血属錬成……、いや」
ひとまずは──。
「血族錬成“ツナ”」
ツナの肉体を錬成。
「ぼたぼた」
指をならし、宿り木なき魂の元へ空の身体を送る。幽体離脱の持続時間はせいぜい一分。器から離れすぎた魂はアストラルに帰すからだ。
至急の用をすませ、ようやく感慨にふける。
「知恵の実と生命の実の両方をくろうたキナさんは、さしずめ神だな」
イヌガミギョウブダヌキの権能は、“増殖”。
一を二に、それをさらにと倍々せしコピーの御業。
錬金術の脳の権能は、“万能”。
思考能力に依存し、せいぜいいくつかの属性しか扱えない錬金術師にとって、脳力の拡張。全属性という可能性の追い風はまさに天変。
全能感に酔いしれるあまり嘔気。多幸感に抱かれ、げびた声すら漏れる。視界にうつるすべての物質が、世界征服の方程式とかし、煩雑な数式が笑みとし出力される。
だからこそ切り替える。脳をコンとこつき、品格をミツキに合わせる。
いまはミツキ、お前のことだけを考えていたいから。
あぁ、ミツキ、お前のせいだ。お前のせいでキナさんは、およそ産まれて初めて──。
泣けてくる。
なんだこの記憶は。なんだこの歪は。あぁ最悪だ。世界の悪腫をすべて受けたとしても、彼女の地獄と釣り合わない。たとえ一国を滅ぼしたとしても、その罪科はあまりある。
あえて稚拙な表現をする、『神でさえドン引きする』。
なによりもおぞましいのは──。
「自身が主人公であると盲信せねば、保てなかった自我の在り方」
ヒノエミツキという人格は、声なるものを聞いた。彼女はソレを世界の声とし、己が特別な存在であると主張した。
だが、記憶のすべてを得、推察される真実。
主人公とは名ばかりの虚飾に満ち──。
あぁ、あぁ、あぁ!
“常軌を逸していた”。
ミツキの異常性を物語る──。
根拠一、ミツキは錬金術の脳をゆうしていた。元来一世に一代のみの適合者でなければ保有できない至宝を、なぜ不知火でもないミツキが。
結論、ミツキがくだんの“適合者”であっただけのこと。
たまたまだ。
ミツキの両親は不知火計画を実行した。心優しいと推察できうる彼らがなぜ、非人道的な研究に加担したのか。
ミツキは各国の陰謀としたが、そうじゃない。
世界中が欲するであろう適合者。およそろくな人生にならないと、確定したわが娘を、“救う”ための研究こそが、不知火計画の始発なのだ。
つまり、不知火計画は、親愛による個人的私情の産物である。
もちろん矛盾点はある。ミツキという動機の発生よりもさき、不知火キナが誕生していることについて。ただ、これは簡単に説明がつく。
おそらく不知火計画の大元は、聖遺物を核爆にする、神道陣営の目論見を端にしている。霊爆は研究の副産物といったところか。
ゆえにキナさんは、“錬金術の脳”のみしか適応せず。ノエハの復活という、最悪のシナリオを回避するためのセーフティーになっている。
そうした核研究を、ミツキの両親は乗っ取り。全遺物に適応する“不知火ツナ”を創り出したのだ。天然物の適合者、ミツキ。彼女の価値を貶めるために。
根拠二、神がかった幸運、およそ運命的な“主人公補正”がなければ、説明のつかない出来事のすべては、証明可能のつじつま。
ミツキは錬金術の脳を有していたが、もちろんそれだけじゃない。彼女は魔術の心臓も、降霊術の魂も内にやどし。
神の復活とは直接的な因果をもたない、“呪術の舌”、“精霊術の臓物”、“妖術の瞳”をも含有していた。
ミツキの肉体を確保し、身をもって“拒絶反応”で死にかけたキナさんが証左だ。
排出した遺物の群れ中、妖術の瞳。
権能に、“危険視”というものがある。
危険視は、身に降りかかる厄災を色覚情報として捉え、無意識的に回避するというもの。妖術の瞳があってこそ、ミツキに弾丸が当たることは“あまり”なく、死地に身を置いてなお瞬殺を遠ざけていた。
そもそもだ。
ミツキは自身が幸運であるとしたが。戦争を経て、片腕を欠損するあまりか、全身のいたるところに銃撃を受けてしまっては。かなり“相応”の出来事だとおもう。
彼女はただ、死ななっかただけで。死ぬ以外の受難は、あらかたに受けた。
なぜミツキが、すべての遺物を所持していたのか。そんなの、どうとでも説明がつく。
バサラ陣営が仮に全遺物を獲得していたのなら、そのまま勝利への王手を意味し。神道陣営からしてみても、全遺物を保有している状態のミツキを殺すことで、破棄が成立。むこう百年間の敗北を阻止できる。
表面上の理由だけではない。世界を愛するミツキに、あえて“すべての遺物”を持たせることで、遺物の核爆化を防ぐ、という考察もある。
一人の思惑が世界を滅ぼすのなら、その“思惑”ごと操ればいいだけなのだから。
ともすれば、愛というミツキの性質は、陰謀がそうあれと……。
まて、数々の“死刑撤回”、抑止力が働いた可能性すらも?
ひとまずは思考をただす。
両陣営に利はあり、ミツキは“身体の多くを摘出”されることになる。拷問かつ、アレの本意はあくまでも外科的な、“移植手術”だ。
最終根拠、世界の声、そのハッタリ性について。
世界とはなばかりに、あまりにもかの声は言葉選びが主観的すぎた。
俯瞰を装ってこそいれ、声は情報量に乏しく。“ミツキが知り得ない事柄の一切が欠落”していた。
ときたまある未来視は、あくまで個人が推察できる域を出ていない。
ここから導き出される真実こそ──。
『ミツキの聞いた声は、すべてがミツキの聞きたかった“言葉”。世界の声は、ミツキの妄想がうんだ、幻聴である』
臨床実験をおこなうまでもなく、なにより“ミツキ自身”の深層が、真実を正しく自覚していたじゃないか。
何度も何度も、『主役だ、主演だ、私は主人公だ』と。
ありもしない観測者たちへ、執拗にのたまいていたのは。
事実を否定するための、自己暗示かつ自己主張ということ。
「ミツキ、おまえは主人公でも何でもなく。ただただ大きな流れに翻弄された、いといけない少女だったさね」
つー、怒るかな。でも、むりだ。キナさんにはどうしても、“ミツキを生き返らせる”ことなんてできない。
ミツキ、こんな思い出は、ないほうがいい。ミツキ、お前は死んだ方がいいよ。
世界に否定されてなお、世界を愛することでしか自己を是正できないだなんて、あんまりじゃないか。
認めるさね、ミツキ。
キナさんはお前のことを、友と思っていた。
ごめんミツキ、ごめんなさい。あぁ、友が死ぬのは嫌いだな……。それでも──。
ヒノエミツキ、お前はここで死んでいけ。
「血族錬成、“不知火ミツキ”」
肉体情報、人格はそのままに。錬金術の脳いがい、すべての遺物を返却し。されど“ヒノエミツキ以前の記憶”だけは、キナさんの身のうちにとどめる。
キナさんと血を分け合った姉妹として、偽りの“ミツキ”を錬成。
眼前に横たわるミツキはもう、以前の彼女とはありかたを異にした、別人である。
無理に世界を愛することも、もうないだろう。
嫌なことは、嫌って言っていいんだ。
「さよならだ」
どうか、どうか今生だけは、何者にも縛られない人生を──。
「ぼたぼた」
涙はここまで。
ミツキをつーの元へおくり、再度脳をこつく。意識を切り替え、今後の方策をねる。
「これからどうするか。正直、もうやりたいことはない」
もう満たされたんだ。
キナさんの目的は、何者にもしばられない自由と。抑圧された空気感からの脱却。
力を得た。何人たりと、キナさんを咎める手管ない。ゆえにキナさんは寿命を迎えるまで、遺物と神獣を持ち逃げる算段。
すれば戦争は茶番とかし、拍動が世界への復讐として成立する。とくにこちらから行動をおこす動機はない。
錬金術師らしく、おのが研鑽に励もうか。つーの野望の助力になるのもわるくない。
それこそ、ミツキとつー、三人で家族ごっこに興じたっていい。
「嘘をつけ。お前はもう、自覚しているさね」
取り繕うな、むき出せ。それすらも今なら叶う。
キナさんはどうしようもなく、ミツキを知ってしまったはずだ。
ミツキ。お前はいつだったか、こんなことを夢想していたな。
──『なんとなく』に、人生観がぶっ壊れるほどの『根拠』ができたとき。あなたはきっと、最強になれる。
「キキ、キナさんはちゃんと壊れてしまったよ」
ミツキ。あなたが。
我が根拠だ。
紙袋を錬成し、かぶる。力強く引っ張る。紙袋は主人公、キナさんこそが最強か?
「さて、友をもてあそんだ世界よ」
友は死んだ。己が殺した。だから付き合え。復讐ですらない──、やつあたりに。
「どうしてくれようか」
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