第15話 つまらない話
【チャプター2 不知火ツナの戦い】
拙はキナ姉さんより弱く。だから拙は、キナ姉さんほど面白いバトルを演出することはない。
拙達の物語が書になるのなら。つまらないものはとうぜん省かれてしかるべきで。もうすぐ“死ぬ”っていう、今の状況だけが、いきなり表出されるのだ。
虚空属錬金術師『空』は
空は“ワームホール”を錬成する。空間に異界への出入口を顕現させ、“距離”を省略する。
それだけならよかった。対瞬間移動対策は、姉さんとの喧嘩をへて完成させていたから。
問題は、“ワームホール”内での時間経過がズレている。つまり現実とはまったく別の法則でなりたっていたことにつきる。
ワームホール内での一時間は、現実での一秒にみたず。
ゆえに空の意識を歩兵銃“有明”でいくら刈り取れたとしても。半自動で錬成されるワームホール内に逃げ込まれてしまえば、いとも簡単にお目覚め。
そも、奴は必中射程領域十メートル圏内に、入ってくれさえしなかった。
空はまさしく、拙の天敵であったのだ。
空は肉を削ぐ。拙の身の一部分だけをワームホール内に転送し、刃物をつかわずとも、拙を切断した。
すでにわき腹は虚空に消え。まもなく肉体は死ぬ。
だからだろうか、走馬灯に似た雑念がフラッシュバック。
どす黒く、ただ醜いだけの。それは不知火の歴史──。
不知火ツナ、不知火キナは、神として数えられる創成の魔導士、『不知火ノエハ』の子供とされている。
かといってノエハの姿を見たことはなく、あちらも拙を認識していないだろう。
なぜなら拙らは、“不知火ノエハの遺伝子”をもとに作成された人工物。
キナ姉さん風にいうのなら、“ホムンクルス”だからだ。
文明が死に、技術や科学も衰退した今の時代、人工生命をつくる土壌はない。だが、それは
人類はいまだ、五百年前を懐かしむことができる。魔法が発現するはるか以前から、星の生存競争を勝ち抜いてきた、ほまれある“
人の世にホムンクルスる知識はあった。材料となる神の遺伝子でさえ、新人類は持ち合わせていた。復活の三神器。神道陣営が守護する、“錬金術の脳”、“降霊術の魂”、“魔術の心臓”だ。
脳、魂、心臓は比喩表現でなく。じっさいミツキの脳は、錬金術の脳。神器は、もとをただせば“ノエハの肉体”である。
ノエハは自らを分断し、復活の神器とした。ともすればノエハという遺伝子情報の“塊”で。
聖遺物を元に、拙たちは造られた。
目的は一つ。一世のうち一人だけしか生まれてこない、ノエハの“適合者”を量産すること。
魔女の神獣は、人類であれば誰であっても器になることができる。だが、神獣には神聖に見合う、無視しえないリスクがあって。ギョウブダヌキの記憶食いなどが、わかりやすい例だろう。
一方ノエハの聖遺物は非常に安定した物質、適合後のリスクは皆無といっていい。ただ、遺物が人の部位であることに変わりはなく、適合すること自体が非常に難しくなっている。
拒絶反応はもちろん、内包する莫大な霊源に肉体が持たないから。
以上の問題を解決したのが、拙ら不知火ノエハを素体とする、“聖遺物の人工適合者”。
ヒノエムイ博士。キナ姉さんいわく、“ミツキ”の母親にあたる人物が主導となり。いまは遠き精霊庭園かんさいにて、実験は行われた。
母体となったのは、精霊庭園に住まう大精霊。
大精霊の胎中にノエハの遺伝子を組み込み、拙たちは孕まされた。
だが、表向きにこの実験は失敗したとされている。プロトタイプであるキナ姉さんは“錬金術の脳”のみしか適合することかなわず。
完成形である拙が身ごもられた日と近く、精霊庭園かんさいが沈み、禁忌に指定されてしまったからだ。
要因となったのが、ヒモロギだいと、ヒノエムイの娘である、ヒノエミツキだというのだから、運命とは数奇なもの。
かんさいが沈む機に乗じ、懐妊した大精霊は逃亡、とうほくにて拙を出産した。
そのご魔術教室きゅうしゅうにて保護、とは名ばかりの実験動物になったわけだが──。
どうしてこんなことを思い出すのだろう。
そうだ、言い訳だ。言い訳がしたいのだ。泣き虫であることの。
人の手で作られた、欠陥品の神だから。理性や意識なんて関係なしに、涙はあふれて。だからこの涙は、きっとしかたのないものなんだ。
死ぬのが怖くて、泣いているんじゃない。死ぬのなんか、怖くない。
ミツキを殺す拙なのに。いまさら、死ぬのが嫌だなんて自分勝手だ。
「いやだ──」
どうして。どうして拙はこうも。
あぁ、死にたくない。死のは、ツラい。
産まれてきた意味とか、死なない動機とかは棚上げに。純たる生物の摂理として。拙は醜くも、死を無作為に拒絶する。
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない思考を回せ、思考を回せ、思考を回せ──。
叫んで、銃を撃つ。
ばさり。
「あ」
首、とられた。
空は不知火ツナの首を刎ね、戦いに勝利し。これにて術式の発動条件は整った。虚空属錬金術・奥義、“子喰う”。
ワームホールで食した人間の肉体を、自身へトレースする、自分無き空のむなしい術式。誰かの身体を奪っても、何者かに成れるわではないというのに。
空はツナの外見をマネて、しかばねる銃を持ち上げた。
あとは本能の赴くまま、強き者たちの元へ。
空の視界の先に、カーネルを乗っ取った辰砂と、キナがあった。
辰砂は倒れ伏すキナを今にも殺そうと、圧縮水泡を向けていた。
空はさとる。このまま辰砂と正面から激突すれば、敗北するのが己自身であることを。つまり、辰砂の意識がキナへ向いている今が、絶好にして最後のチャンス。
「読了だ、それがしの勝──」
歩兵銃“有明”の引き金を絞り、辰砂の意識を断った。
辰砂は倒れ、空はキナに勝利宣言をする。
「キナお姉さん、勝ったよ」
キナの肉体を食らうため、ワームホールを展開した、その時──。
「あ?」
虚空内から飛翔した弾丸が、空をうがった。弾丸は有明のものであり。霊源濃縮体は空の意識を沈めた。
空の敗因は、虚空属性の“強さ”ゆえ。
弾丸をワームホールへ撃ち込めばどうなるか。
ワームホール内は不可思議の領域であり。時間という概念どころか、距離という定義すら曖昧で。空気抵抗が存在しないため、弾丸はいつまでも飛翔をし続ける。
距離が曖昧、すなわち“必中射程領域十メートル以上”という条件には抵触しない。
ワームホール内へ弾丸を撃ち込みさえすれば。異空間への扉を開いたら最後、数日前の弾丸が数メートルの距離を飛翔し、必中する。
有明により気絶した空を守るため、ワームホールが半自動的に展開された。このままでは逃げられてしまう。
「だから拙は、すでに姉さんへ触れている」
拙は死んだ。でもそれは“肉体の死”にすぎない。思い出せ、拙は降霊術師。
“幽体離脱”などおてのもの。
死ぬ間際、弾丸を虚空内へ撃ち込み、魂を逃がした。ボコボコにされたのも、すべてこの状況を作り出すための布石。嘘じゃない!!
さぁ起きて、姉さん。
「ぼた」
魂を刺激し、キナ姉さんの意識を呼び起こす。あとは賭けだ。姉さんは天才だから。きっと、現状のすべてを、瞬時に“理解”してくれる。
「ぼた!」
血の縄が空の足をしばり、姉さんはほんの少しだけ、引き寄せた。ワームホールに全身をうずめていた空は下半身を引っ張り出され、異空間への扉がいま閉じた。
下半身『エ』は切断され、空は死に。もう二度と、虚空からでてくること叶わない。
拙は不知火を証明した。つまらない世界を作った神だ、とうぜんの結果。
つまらない勝利だと、つくづく思う。
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