第13話 ためになるからためらうな

 人類の神化、魔女儀典。 

 人類の進化、ノエハ儀典。


 異なる二つの教義は二つの派閥を産み。世界は真っ二つに別たれた。


 そのどちらにも属さない異端。中立者、ほっかいどうの民も忘れてはならず。あるいは、“どっちつかずの敵対者”、第三勢力の存在も──。


「ねぇキナちゃん。あなたはどうして、世界転覆をもくろんでいるの?」

「……。さぁ、どうしてだろうな」


 意外だった。“錬金術の脳”へあれほどの執着をみせた彼女だ。さぞご立派な大義名分があると思っていたのだが。


「不快を伴うささやかな違和感、といえばいいのだろうか」

 言語化のむずかしい、だが確かにはりつく──。


「形容しがたい抑圧が、澄んだ世界を汚して」

 戦わなければならい。誰のために? 神のために。

 死ななければならい。誰のために? 自分のために。

 ためになるから、ためらうなと世界は言うが。


「強制された人生に、キナさんは価値を見出せない」

 無責任な不自由が、個人を飼い殺し。


「とても世界がつまらなく思う。ゆえに一切を恨み、合切を練る。キナさんの原理は適切か?」

 革命に気高さは必要か。人生に志は不可欠か。


「……わからない。ただキナさんは、キナさんをまっとうするだけさね」

 まっとうしたい。


「そのためなら、別に死んだっていい」

 らしい言葉なら、きっといくらでもあるんだ。だとしても彼女は、神様にツバを吐きつけ、飄々ひょうひょうことし──。


「キナさんの復讐要因は、『なんとなく』だ」

 なんとなく、つまらない。なんとなく、全部をぶち壊してやりたい。神化でも、進化でもなく。キナちゃんは自らの真価に従い──。

「せいぜい、楽しむだけさね」 


 数千文字の出生も、血で血を洗う血戦も必要なかった。

 たった五文字の『なんとなく』で、私はキナちゃんのために、どたまカチ割れた。


 だって──。


「素敵」と思えてしまったから。


 共感はない。同意だってありえない。キナちゃんと私は違う。私はこの世界が好きだ。ツナ君がいて、キナちゃんにであえた、この世界が大好きだ。


 世界なんて大嫌いな親友が産まれてくれた、過酷な世界を愛してる。


 それにね、キナちゃん。いつかあなたの『なんとなく』に、人生観がぶっ壊れるほどの『根拠』ができたとき。あなたはきっと、最強になれるんだぜ。


「姉さんと似たものどうしのミツキだから。拙はミツキに惹かれたのかもしれませんね」

「お、涙は止んだか、少年」


 後部座席のツナ君。泣きはらした顔が、私とキナちゃんの間をのぞく。


「子ども扱いしないで。拙だってただ泣いていたわけじゃない」

「ほう、いうじゃないか。聞かせろ、つー。お前の想像の果てを」


「えぇ、拙は泣く子も黙る策を思いつきました。ミツキ、あなたを救う秘策です」

「ふーん、そんなことよりさ、おなかすいちゃった。ご飯食べようよ」

「……」

「……」


【キナもツナもおのれの空腹を思い出し、場違いな提案に反論の言葉はなかった】


 車をとめ、外に出て、背をのばす。肺へ空気をいっぱいにおくり。燃ゆる火天につど感嘆する。


 昼夜のほのかな境いで、赤と青がじゃれている。海がまぜてと白い泡。色彩のすべてが乱反射して、きらきら、きらきら。

 溶けた飴色の麦は限ることなく一面にひろがり、小竜のたわむれに似た、風のゆらゆらが、眼窩にこそばゆい。


「感動するか?」

「どうだろう。すごいとは思うけれど。なんだかね、悲しい景色だよ」


「というと?」

「自然でいて、どこか不自然なんだ。芽はたしかに萌えているのに。鳥や羽虫の息吹を感じない」


 私はまだ一度も、人以外の動物をこの地でみていない。

「ひとりよがりの心象に、迷い込んでしまったみたいだ」


 ここは、命の領域じゃないんだ。なぜかそう思えてならない。

「死を感じるよ……」


「姉さん。ミツキ、いい眼をしていますよね」

「あぁ、真贋しんがんを見抜く、鋭い洞察力さね」


「だから拙たち二人は、ミツキに見抜かれてしまったのです。野望も、宿痾しゅくあも」

「ガキのわがままも」


『わがまま』、言いえて妙だとおもった。ティーンエイジャーの人生観に、ひびくゆらいがないように。彼らの半端な来歴は、強固な復讐心にかなっていない。


 だからこそ、心に響く青い唄でもあって。


 そうだ、青いんだ、彼らの怒りは。

 私はその火に魅せられたんだ。晴れ晴れとした世界にあって、不可視、稚児のほむらは。宵闇においてよく映える。


 二人の青さが好きで。キナちゃん風にいうのなら『なんとなく』、手を伸ばしてしまう。熱に、火傷をおうこともかえりみずに。


「熱っ!」

「ミツキ、気をつけるさね。キナさんが錬成したんだ、火力はバカにならない」


 無意識だった。どうやら私は、キナちゃんがこさえてくれたバーナーに、手を伸ばしていたようだ。バーナーは鍋をあぶり、スープの香ばしやかな匂いが食指を刺激してくる。


 彼女は各々の器にスープをよそって。木目から伝わる温度に手のひらが破顔する。

 か弱い舌根の文句を無視し。熱々のままに美味をかき込む。根菜を主とした質素なものだが、しびれるくらいの“味付け”がたまらない。


「うまい!」

「だろうさ。錬金術と料理は友達さね」

 あえて難癖をつけるとすれば──。


「ねぇキナちゃん。パンはないのかい? 一緒に食べることができれば、とても幸せになれると思うのだけれど」

「パンとな。食糧難がたびたび報じられる社会だぞ、贅沢をいう」


「いや、麦なら後ろでフサフサじゃんか」

 これほど広大な面積だ。死國にかぎらず日本列島すべての民の空腹をいやせる。


「それが本物ならな」

「ミツキ!」

 いつのまにか畑の元へ移動していたツナ君が、麦の束を引きちぎる。


「マジかよ……」

 束はみるみるうちに色あせ、灰となり、風に流されきえてった。


「この地は死國。死だけが民であり、人を除いたすべての命は、“まがい物”さね」

 後ろからツナ君がかぶさる。


 耳元で彼はささやく。

「死國に来てから数時間がたちますね」


 キナちゃんはうそぶく。

「だが日はいつまでたっても沈まない」


「なっ!?」

 仰ぎ見る。突きつけられる。黄昏はいつまでもいつまでも、赤を刺すばかりで。逆光がキナちゃんの輪郭を溶かし、ひどく不気味に写す。


「命、だけじゃない……」

「死國にあるすべての色が、血ほどに真っ赤な“嘘”なのだ」

「太陽すらもです」


 ツナ君が指でめがねを作った。レンズは魂で代用され、かけられた私の両目は、“真実”を目視する。


「……らしくないね。なんだか、とても恐ろしい」

 ふるえるくらいに。粟立つ。両手で自身を抱く。


 空虚があった。つまり、何ものもなかった。命は当然として、明暗も、青空も、散る星々も、海のきらめきすらも。すべての絶景が、虚飾であった。

 むきだしの岩肌だけが荒く。死國、名の意味をいま真に。


「もういいよ。もうみたくない。あと、なんとなくだけれど」

 めがねをのけて。嘘の景色に嘲笑われて。

「あれは霊骸の影響?」


 霊骸。霊源を乱雑に、際限なく摩切ったときのみ発生する、有害な物質。

 あわじを思い出す。霊骸に汚染された土地は、生物の自生しない不毛の大地となる。


「この国には、霊骸をまき散らす“バケモノ”がすんでいる。そのバケモノが、死國の幻影をもうみだしているさね」

「原初の魔女から分離した三匹の神獣、その一柱。“イヌガミギョウブダヌキ”です」


 魔女の魂はバサラ諸国が保有。イヌガミギョウブダヌキの守護は死國が担当している。


「がんらい器に封じることで、神獣の霊骸発生を抑えるものだが」

「魂を封じるのです。器はとうぜん、人の身になる」

「人身御供というやつだね」


「ギョウブダヌキは性質上、器の用意が困難さね」

「というと?」


「ギョウブダヌキは食うのさね。人の記憶を」

「ギョウブダヌキに近づけば近づくほど、記憶を食われやがて廃人となる。近づくことができないから、器を用意することもできないのです」


 なるほど、食卓に食器を運ぶことができなければ、料理は完成したといえない。


「ギョウブダヌキは記憶を食う。なぜか、求めているからさね。人の記憶。感情や、経験」

「あるいは“魂”を」


 ツナ君だからこそ、魂に記憶が宿ることを知っている。

「神獣に意思はありません。しかし人が無意識で呼吸するように。ギョウブダヌキは、存在がすでに害悪なのです」


「キナさんが動き続けている理由もそこにある」

 目的地の定めないドライブはなにゆえか。


「優れた記憶はかっこうの獲物。ギョウブダヌキに見初められた者は、同じ場にとどまり続けてはいけない。捕食者から脱するには、逃げるほかない」


 なにがおかしいのか、キナちゃんは『キキ』とほくそ笑む。

「この地の黄金が見えるのなら。ミツキ、お前もすでに、“ターゲット”さね」


 いいね。面白くなってきた。


「そんな危険な土地に、どうしてキナちゃんはくらしているの?」

「ギョウブダヌキは獲物を集めるため、撒餌をおおいに吐いている。錬金術師がもっとも欲する、人類未到の“新元素”さね」


 利害の一致か。

 錬金術師は研究に没頭できる環境を得。

 ギョウブダヌキは優れたアルケミストの脳を収集できる。


「だが、キナさんは例外。キナさんがこの地に固執した理由は、イヌガミギョウブダヌキの“器”になるためさね」


「器になれば、神獣の権能をえることができます。世界転覆を目指すのなら、手に入れておきたい駒ですね」

「ただ、もう必要ないさね。錬金術の脳があれば……」


 なるほどツナ君、君の策、そういうことか──。


「ねぇキナちゃん。どうすれば“こちら”から、イヌガミギョウブダヌキに接触できるの?」


「“儀式”を行えばいいさね。器選定の儀を執り行うことで、強制的に神獣を表舞台に引きずり出せる。儀式はこの祝詞を唱えるだけで可能なのだが……」


 鼻血にふれ、指先の血を形状変化。キナちゃんは空で“文字”を描いた。


「ただ、生半にはいきません。記憶の消失もそうですが、なによりイヌガミギョウブダヌキを守護する、“死徒”の存在が厄介です」


「あー! そうなちゃうのか、とうぜんか! イヌガミギョウブダヌキを奪うのは、本来“神道陣営”の役目だもん。それを守るのがこの国なのだから、神獣を獲るには、“錬金術師”を敵に回す必要がある!」


「神獣を守護する四人の死徒。彼らはあまりにも強力で。たった四人だというのに、死國の“総戦力”とされています」

 なるほどなるほど。


「オンキリキリバサラうんはった♪」


 キナちゃんに教えてもらった、儀式開幕の祝詞。


「「なっ──!?」」

 なにしてんだっていいたいの? 物語してんだ。展開は早いほうがいい。


「BPMを爆あげろ」


 黄昏、もえた。

 命が、散った。

 世界、血色──。


「狸狩りじゃあ──!!」


 おどろおどろしく、おどるおどる♪

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