第12話 宇宙一壮大な無駄話

 目的地のないドライブは、景色を眺めるのにちょうどいいと思った。彼方から吹き込む海岸の風は紙をなびかせ。太陽が海に溺れんとする様に陰鬱とひたった。


 雲は天然のキャンパスだ、夕焼けをからだいっぱいにやつして。泣こうかどうかと迷えるくらいの絶景で。飲み込んだ感嘆句が、ガンと鼻のおくで鳴っている。

「辛気くさいさね、歌でもながそう」


 横で車を運転していたキナちゃんが、取り付けられた機械に触れた。どういう原理か、心地の良い歌声が流れた。


「五百年も前の骨董さね、誰の唄かも、みな忘れてしまった」


──太陽に負けない肌を持ちなさい。

 ──潮風にとけあう髪を持ちなさい。


 一度だって聞いたこのないような、慈愛の声音が車内に響く。強く、健やかであれと説く。子供達へ向けた、優しい唄だ。


  ──涙をぬぐえるような しなやかな指を持ちなさい。

   ──海へ来なさい 海へ来なさい。

    ──そして心から 幸福になりなさい。


「拙は泣き虫だから。いつだって海を思える」

 涙は海の味がする。


「幸せなんか。幸せなんか……」

「ん、そういえばミツキ、キナさんにどう殺されたいのだ?」

「雰囲気ぶち壊しだね!」


 あーあー、後ろの子、声だして泣いちゃってるよ。


「血は鉄の味がするさね。キナさんはいつだって錬金術師で、リアリストだ」


 ツナ君は先の決闘において敗北した。盟約に従い、私は脳をキナちゃんへ差し出さなければいけない。ようするに、“死ななければ”ならない。


 別にいい。死ぬのは嫌だけれど。怖くはないから。問題は彼……。


 物語の終わりを演じたツナ君は、自責にかられ呼吸もままならないほど嗚咽している。

 涙の量だけ私に対する思いをしれて。慰めの言葉なんて、かけてやらないんだ。いまはほっとこ。


「どこまでも苦しめて、雑に殺してほしいな。盛大な終幕には、盛大な演出が必要なのだよ」

「たとえば、キナさんの血をミツキに輸血し。脳以外の部位から順にキナを錬成していく。己が他者へ作り替えられる課程を、自身で観測させる、とか?」


「マッドアルケミスト~、すきー、最高!」

「キキ、素材がよくしゃべることだ」


 あぁ、私はなんて愉快な人に殺されるのだろう。もっと知りたいな。不知火キナのこと。私を素敵にしてくれる、命の恩人のこと。


「別にいつ殺してくれてもかまわないぜ。でも、どうかお願いだから。私にキナちゃんを教えておくれよ。全部あげるんだ、すこしくらい、キナを分けて?」


 私はツナ君のものだった。でも、ツナのやつ、私をキナちゃんへあげちゃったもんだから、しかたないよね。どうせ死ぬのなら、キナちゃんを咀嚼させて。


「自分語りは得意じゃないさね。迂遠な論説になるし、時もかかるぞ」

「いいよ。不器用なところも、私の知りたいキナちゃんの一部なんだから」

「うまいことをいう」


 なんだか、仲良くできそうな予感がするよ。やっぱり、一度くらい命張らなくちゃ、ディスコミュニケーションだ。デスコミュニケーションだ?


「のうミツキ。どうして世界は、戦争を続けていると思う?」

「んー。教義の差。ひいては、“信じる神”の差、かな」


【神道陣営の神。M災の引き金にして、霊源の爆心地──、“原初の魔女”】

【バサラ陣営の祖。天地開闢かいびゃくの主にして、魔法を“六つ”に分断した──、“大魔道士ノエハ”】


「ならば二神の創世を語るさね。神話、というやつだ」

 この世界の住人ならだれもが知る物語を、今語る必要性。きっとそこに、キナちゃんの根源があるのだろう。


「魔法などなかった時代、人類は科学を矛に、星の全権を握っていた」

 旧人類と揶揄される、霊力のもたない種族。今で言う、原理帝国ちゅうぶの国民みたいな。ほうきに乗らず、車を運転していた、鉄の人々。


「世界は物質によって支配されていた。それら“物質”を産んだのは、ビッグバンだとされているさね」

 高密度エネルギーの放出。それにともなう宇宙の膨張。キナさんは宇宙創成の概要を粗くさらった。


「なら、ここでひとつの疑問が生じる。“霊源”はどこからきた?」

“魔法”。から分離した六つの“術式”。それらは例外なく霊源によって作用する異能であり。物質主体の錬金術ですら、霊源がなければ新物質を取り込むことができない。


「すべての始まりがビッグバンであるとするなら、霊源の原点もそこにあると思うか?」

「うん、キナちゃんは言ったよね。意識は“物質”だって」


「あぁ、意識とは脳活動に伴う化学反応の一種。脳が物質であるのなら、うまれる意識とてとうぜん物質さね」

「んで、霊源は“意識”由来のもの」


 意思の強さが芳醇な霊源をうみ。意思の深みが術式の幅をひろげる。


 意識に縛りをあたえ、強力な意思霊源体“魂”を使役する降霊術師は、その最たる例じゃないか。


 錬金術師は霊源を通して新元素を認知する。認知は意識だ。

 魔術師は霊源を介して想像を現実に投影する。想像は意識だ。


 意識を物理とくくるなら、つきまとう霊源は何だ?


「なら、出どころだって同じじゃないの?」

「否。霊源とは明確に物質と別種のありよう。“波”さね」

「波、ね」


 電磁波、音波、重力波、どれもが波の一種であり。紫外線や赤外線、放射線やガンマ線すら、波長の差に名をつけただけの“波”にすぎない。

 それら前提を踏まえた上で。キナちゃんは霊源すら、波であると決定づけた。


「波の始まりは“衝撃”さね。凪ぐ水面に小石を投じ、ひろがる波紋を想像してみろ」

 物質世界におけるすべての波は、“衝撃”から連鎖した、粒子の揺れ。その“衝撃”こそがビッグバンであるのにも関わらず。霊源だけは例外であるという。ならばいったい何が──。


「霊源という、別次元の“波”を引き起こした衝撃の正体こそ、“原初の魔女”さね。ミツキもよく知ろうM災は、霊源を発生させるに至った、歴史的特異点シンギュラリティなのだ」


【霊源が史上初めて観測された、西暦2026年七月七日。原初の魔女は突如“魔法”を獲得し、地球上すべての陸地を海へ沈めた。これを人類史は“マジックインパクト”と記録し、以後M災と称した】


「ありえない話じゃないさね。意識は人それぞれに強弱があり。意識の振れ幅がビッグバンに比肩したとき。何が起こるかなど、誰にも予想がつかないのだから」


「意識がビッグバン? ごめん、ちょっと想像が──」

「つくわけがない。灰色の脳細胞すら知覚ならざるはるか先、事象の地平線こそ、原初の魔女さね」


 人類史上だれもたどり着くことのなかった“意識の渦”をもって、一般市民Aは、“原初の魔女”となった。


「M災という衝撃は、物質世界とあり方を異にした“精神宇宙”を生み。拡散スピードはハッブル定数と同速と推測されている。宇宙の拡張率をまえに、想像力はおいつかない」

 つまり、考えるだけ無駄ってことか。あははー……。


「物理宇宙に生きる人類が、精神宇宙へ科学的干渉を試みるのは不可能。唯一触れられる機会が、精神宇宙の揺れ、つまりは霊源と同波長の、“意識の揺れ”。そこから生じる、“共鳴反応”だけさね」


 物質宇宙、精神宇宙、ありようを異にしている二つの宇宙は。だからこそ反発することなく、たがいに同空間上で存在できている。


  精神宇宙の原点は、意識の爆発。つまり、精神宇宙に広がる波長は、意識の揺れと近似であって。同じ波長のものが同空間上に存れば、とうぜん共鳴がおこり、反応が生じる。


「その反応こそ、“魔法”と呼ぶのさね」

 意識が望むとき、精神宇宙の形状はかき換わり。発生した膨大なエネルギーが意識を通して物理宇宙へフィードバックする。


「よってすべての超常は再現可能となる。キキ、“想像”しただけで、なにもかも」

「強力すぎる……」


 おなかが空いたと思ったら、腹が満たされる。

 地面が多いなと感じたら、世界は海で満たされる。


「霊源が宇宙規模で拡散するように。“魔法”もまた、全人類へ伝播したさね。ミツキ、思考実験だ。人の望みのすべてが叶うとなれば、世界はどうなる?」


『人は生まれついての悪だ』と信じる者。

『人は生まれついての善だ』と信じる者。

 二つの意見はどちらも魔法の力で“真実”となり。相容れないはずの対立はとろけ、空前絶後の“矛盾”となる。そういった矛盾があらゆる局面で発生し、世界は──。


「混沌だね」

「かつ原初の魔女はただの“始まり”におちる。失墜を恐れた魔女は、すべての人類を即刻絶滅させることで、特権を維持したと“されている”さね」


 大陸を沈めた理由はそこにあるか。

 人類のうちただ一人でも、『みんな死んじゃえ』と望めば叶ってしまう。なら、そうなるまえに『みな殺す』のは、正しい判断だといえよう。


「でも、それっておかしくない?」

「というと?」


「全員殺すだなんて、不合理だ。なにより面白くないよ」

 私は主人公だから。モブだって愛してる。といった感情論を抜きにしたって。


「殺す理由がない。“魔法”をとりあげるだけでいい」

「ほう、神話にケチをつけるか。語ってみるさね」


 全人類が魔法をもてば、魔女は異ならず、ただの人となる。その論説は理解できる。だからといって人を失くす必要性、執拗性がわからない。わからないから、どうにも気にくわない。


 語り手がいなくちゃ。聞き手がいなくちゃ。私たちがいなくちゃ、物語にならんでしょ。


「優位性優位な人が、劣等を消す理由がわからないんだ。それって、特別じゃなくて隔別だもの」

 世界でたった一人だけになっちゃったら。どんな超人だって凡人だ。


「これは実話でなく、あくまでそれに基づいた神話さね。当然筋書きには解釈も脚色もあって、疑問符もでようて。だからこそ想像しろ。神性をたもつという我々の考察よりも、さらに稚拙な──」


 キナちゃんは再三『想像しろ』といってくれたよね。思考を回せと、論理を立てろと。知れてよかった。話してよかった。『考え続けろ』、それが君の“テーマ”なんだね。


 紀元前、人類は一つの言語のもと巨大なコミュニティを築いていた。統一された思念は“神越え”を目指し、バベルの塔を打ち立て。だがその浅慮はあまりにも神の怒りに触れるもので。塔は崩され、言語も奪われ、神は人類から協調をとりあげた。


 神はいつだって人の上にあり、人を支配し。だからこそ脅かす存在を許すことはない。 我々人類が持つ、そういった共通意識、畏怖的観点からの脱却──。


「『人間なんて、みんないなくなっちゃえばいい』。そう思ってしまった少女が、たまたま、原初の魔女ではないのかという可能性」

「なる! 理解したぜ。私が魔女のこと嫌いっていうのも、今はっきりとね!」


「これとてキナさんの仮説の域をでない、妄信は危険だが……。まぁいい、話を元に戻すさね」


【閑話休題】


「一人きりになった魔女は、何年かの孤独を堪能したのち作ることにした。新しい世界だ」

 ほらみろ。一人はやっぱり寂しいし。てめぇの物語を神話にできるのは、私たち人類だけなんだ。


「だが、魔女とてもう愚かなだけの少女じゃない。魔法少女は魔女となり。魔女なりに自身の不完全性を自認していた。しからば、完全で、無欠で、すなわち完璧な存在を“魔法”によって産み。その者に世界の創成を一任することにしたさね」

「大魔導士ノエハ」


「ああ。ノエハは魔女によってうみ出された、世界創造プログラムの名称さね。ノエハは実験的に日本列島のみを浮上させ、いまの人類のひな型をつくった」

「魔法の力を六つに切り分けた、というやつだね」


 魔法をあたえれば混沌は避けられない。かといって魔法をとりあげれば、魔女が絶望した旧世界の再建と変わらない。術式の付与は、ちょうどいい落としどころということか。


「だが、ノエハには一つだけ欠陥があったさね」

「というと?」


「根本的に、“魔女”へは抗えないということ」

「そりゃ魔女が作ったんだ。魔女の意向が優先されてしかるべきでしょ」


「いいや違う。真に完璧を目指すのなら、魔女というノイズは排すべきさね。不完全な思惑が混濁すれば、完成にほど遠くなる」いわれてみれば。


「ではなぜ魔女は、ノエハに制御をかけたのか。簡単だ、おのが欠点を理解していたからこそ、ノエハが“魔女というエラー”を消そうとすると、察していた」


「ふむふむ、魔女は自己防衛のため、アンバランスな二神体裁をとったと」

 一神教でも、多神教でもなく。


「あくまでノエハ主体の世界創造であったが。問題は最終段階で浮き彫りになったさね。“テーマの食い違い”だ」

 最終段階。つまり、二人がめざした完璧な世界の答え。


「信徒を不老不死とし、魔女と共に永劫をいきる『魔女儀典』。魔法に近しい強力な異能を人民にあたえ、運用させる『ノエハ儀典』」


 魔女儀典。死をとりあげ絶望なき世界をつくる。“寵愛”、いわば極楽。

 ノエハ儀典。術式をもちい種を人類自ら繁栄させる。“完璧”、いわば発展。


 つまるところ、“魔女主体”か、“人類主体”かというのが争点なのだ。

 高次元への神化か、発展のための進化か。


「二つの対抗意見をどう処理するか。二神は語り合った。結論、『人類に選ばせる』という、決定権の委託。わかりやすくいおう、“戦争”だ」


 二つの意見を提示し、どちらを支持するかによって属する陣営が決まる。魔女儀典を選ぶのなら神道陣営。ノエハ儀典を信じるのならバサラ陣営。勝利した陣営の方針を最終決定とし、世界の創造は完遂される。

 つまり、現代は魔女とノエハが理想とする世界創造の“途中”というわけだ。


「どちらの意見にも反対である者。そういった者達は両陣営に属さない、永世中立国ほっかいどうへ渡るさね」


 ほっかいどうを通して、他陣営へ鞍替えする者も珍しくないが。徹底した各国の教育方針もあって、バサラと神道の支持率に大きな変動は見られない。私のようなどうでもいい派からしても、どちらが正解だなんて、正直『わからない』。


 二つの正義はぶつかり合い、五百年にもおよぶ戦争に発展した。


「だが、“代理戦争”のもっとも特異なポイントは、両陣営ともに共通する協定にある」


 おもえば、人類が神の代理で戦争を行う義理なんてないはず。親が子を産むからといって、子が親に隷属する義務などないのと同じで。


 不老不死だとか、術式だとかいう“ご褒美”だけで死ねるほど、人はバカじゃない。


 神は“戦争”を強制させるためのメリット。つまりは、“戦争で死ぬこと”の納得を用意しなければいけず──。


「『戦争のいかに関わらず、参戦した人民は生き返る』、とうぜん神の権能は支持していた者たちにしか授けられることはないが。“よみがえり”に関しては、全人類が平等に賜るさね」


 生き返らしてくれるって、神様が約束してくれた。だから殺してもいいし、死んでもいい。


「五百年分の膨大な死は、復活を確証されている。土地ならある。今は沈みし大陸がある」

「はっ! そりゃあ終わるわけないわ、戦争。命ある限り、ひとしく戦い続けるだろうよ」


 死ぬことのデメリットを排除することで、“全人類総皆兵”。国民の全員が参戦し、戦場で死ぬという、現代の歪な構造式を形成したわけだ。

 なかには蘇生を求めず、戦争に加担しない者もいる。そういった者たちのための、永世中立国ほっかいどうでもある。


「ミツキ、この戦争の勝利条件を答えてみるさね」

「たしか、二つあるんだっけ。一つは、各陣営の絶滅だったかな」

 敵陣営にくみするすべての人間を殺すこと。だがこれは現実的でない。


「もう一つが、“神の復活”」


【戦争を表明した二神は、開戦とともに自死。復活の儀式を契機に、神は儀典を完遂する】


 つまり、神はみずからの命をもって、この戦争に明確な“ゴール”を設定した。


「神々は魂を“三つ”に分断し、敵陣営に隠したんだよね」


【原初の魔女は魂を三つの神獣。“ウカノミタマ”、“オオグチマカミ”、“イヌガミギョウブタヌキ”に】


【大魔導士ノエハは肉体を三つの遺物。“降霊術の魂”、“魔術の心臓”、“錬金術の脳”に】


「あぁ、魔女の神獣はバサラが保有し。ノエハの遺物は神道が所持していた。それをなぜかミツキが持っていたわけだが……、今はいいさね。つまり、神の魂を防衛、略奪することが、戦争を終わらせる条件ということ」


懐からキセルを取り出した彼女は、慣れた所作で火を落とし。

「長くなったが、ようやくキナさんの自己紹介さね」


 一息、紫煙を吐いた。煙は窓のほうへ流れるというのに、私の眼は彼女へ釘づけになっていた。あでやかでいて、あやしくもあって、だというのに可憐で。ドキドキ……。


「キナさんは大魔導士、『不知火ノエハ』の子なのさね」


 ……。

 ……。

 ん……。


 そうなんだ……。 


 驚けばいいのだろうか。戸惑うべきなのか。長々と語ってくれて。決め顔でドヤっちゃって。

 ごめんねキナちゃん……。


「私ね、キナちゃんの出自とか、正体とか。ぜんぜん興味なくてね。どんな性格の、どんな女の子なのかが、知りたかっただけなんだ……」

「……そうか」



 んー。一話分むだにしちゃった?

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