第11話 刀振りと鼻血たれ
「きれいに落としてあげるさね」
掲げられた輸血パック、パシャリ、はじけた。内容物はだが宙を漂い、幾何学の紋様が妖しく光った。錬金術は万物の理を捻じ曲げる超常と聞く。
血の錬成は──、“刀”をなしたか。
「“血属錬成”──、奥義・血戦刀」
首吊り、ギロチン、毒ガス、毒薬。ビリる椅子にはりつけ銃殺。ありとあらゆる死刑を受けた私でさえ、刀の介錯ははじめてだなぁと呑気に覚悟。
「いかな理由があろうと──」
振り下ろされた刀はしかし、ツナ君の銃剣が受け止め、首は紙一重でつながった。しってたさ。私、主人公だもん。
「友を傷つけることは許しません」
銃を構えたとみると、キナちゃんはすぐさま後退。射撃はしかし、“変形した刀”に防がれた。切っ先が傘のように広がり、弾丸をはじいたのだ。
「拙対策は十全と?」
「だれが有明を錬成したと思っている」
位階序列四位と伍位の死闘、いいみせもんだと紙袋をぐっとひっぱる。
「錬金術はすごい。人類では認識できない反物質やダークマタ。超対称性粒子やアクシオンなんてトンデモすら、一つの“材料”として活用する。凡には見えざる新元素の幾千万、霊源を通して知覚しているさね」
キナちゃんは空に手を伸ばし、ナニカを“掴んだ”。ナニカは血と混ざりあい、いく本かの“血釘”となった。
「昔々、人類は卑金属から黄金をうみだそうと錯誤した。失敗したのは単純に、“材料不足”だったからさね。霊源を誘引に、未知の物質すら活用する現代の錬金術師にとって。“奇跡”は再現可能となる」
キナちゃんは宙に浮く血釘のひとつを指ではじくと。血の“小人”となって踊りだし、苦しんだあげく地に落ちた。
「万能というには、えらく赤らけた術式ですね。“血”を元手にしか錬成をおこなえないのでは?」
ゆえに錬金術の序列は伍位である。万物を扱えたとて。材料の“一つ”を限定されてしまえば、おこせる事象の大部分を制限することになってしまう。
キナちゃんのばあい、血属性の“性質変化”しかあつかえず。血を金に練ることはできたとしても、鉄を金に変えることは不可能なのだ。ややこい!!
「御しきる“脳”がたりないさね。四則演算の片翼を指定しなければ、処理能力がおいつかず、オーバーヒート。熱死するがオチ」
一かける八百万ならわかるよね。
八百万かける八百万なんてわかるかね!?
っていう、いたく単調な理論のまえに。錬金術師は可能性を抑圧されている。
万物を扱いきれる脳を人類は持ち合わせていない。では──。
「万物を御しきるとされる“錬金術の脳”。まことであれば、きっと世界だって“墜とせる”さね。邪魔してくれるな、弟よ」
「できすぎた頭脳があっても、バカは治りませんよ」
「認めるさね。今の人類はあまりに無知。だが、知恵の実を欲するのは罪でない。キナさんは種を次の段階へおし進める。進化といえば恰好がつくか?」
「命をあざけることは、一顧だにせず唾棄すべき邪悪だ。人は物でなく、“魂”に殉じる生物なのだから、生命こそ尊重されうる正答で。人の道を違えるのなら、四足歩行がお似合うでしょう」
「ちがう。人は粒子の集合物に過ぎず、思考すら“物理運動”の“結果”さね。サルにはこ難しいか?」
お分かりの通り、錬金術師と降霊術師は、根本的に“うまが合わない”。だからこそ、はたから見ていてとても面白いといえる。こりゃあ私の出幕はないね。
「
「命の価値を知らない人に、『命をかける』という決意は響くのでしょうか」
敵意をむき出しにするツナ君を抑える。「ダメだよ」お姉ちゃんあいてに、そんな顔をするもんじゃない。苦しいのは君の心だろ?
大丈夫。私の命なら乱暴にしたっていい。君たちは、正しい姉弟喧嘩をするべきなんだ。
「ねえキナちゃん。この子に誓わせればいいじゃん。“負ければミツキの脳を差し出す”って」
降霊術師は、魂の盟約に逆らうことができず。契約は必ず遂行される。約束を破ることが絶対にできない性質を持つ。
「なるほど、生死を他人にゆだねることで自らの戦闘を回避。おまけに駄々子を、一度の敗北のみで黙らせられると」
双方に利のある提案、「かつツナ君がやる気になる」
私は魂なんてみえんけど。わかるよ、青く燃えている君の滾りを。
「いつも世界は、拙から大切なものを奪おうとする。姉さん、今のあなたはヒトに見える」
「はっ。どうりで血が流れる」
キナちゃんが刀を上段にかまえた。ツナ君の射撃を
銃弾を防ぐための血傘を展開、キナちゃんの視界がおおわれる。その隙に接敵、ツナ君は射程十メートル圏内に彼女をとらえた。
「ぼたぼた」
宙の血釘がはなたれた。回避を試みるも、手数がおおくツナ君の肩を射抜く。
「爆ぜろ」
「させません」
魂を術式とする降霊術師にとって、自己の体内はまさに霊域。ツナ君はすかさず傷口にふれ、法則を書き換え、血釘を体外へおしだした。
「シッ──」
刀を振り下ろす。間合いから外れているというのに、キナちゃんは“刀身”を伸ばすことで対処、「ふっ──」銃剣の腹でうけた、うまい!
「液体の流動性をなめるな」
新たな指向性をえた血戦刀は半ばからおれ、ツナ君を貫かんと──、「はて、躍動を過小しましたか?」
だがその切っ先よりなお低く体制を崩し、瞬時にキナちゃんへ詰め寄る。霊源による身体強化は、目を見張る可動域を彼にあたえた。
「滾るのう!」
血戦刀が液状に帰した。すかさずキナちゃんは、直線に伸びた地の血だまりに触れる。
「ぼたぼた!」
串刺し公もかくやの血槍が咲いた。
真下からの直撃をうけ、上空に跳ねあげられるも。「まだです!」ツナ君の戦意はくじけることなく、銃口はキナちゃんを捕らえていた。
「直撃点への局所的霊源強化。やるさね」
懐から輸血パックを取り出し、急造の血壁を築く。ツナ君は射撃をあえて行わず、着地とともに駆ける。回り込む算段か。
だが私からは見えていた。釘を数十本錬成し、壁越しに待ち構えているキナちゃんの姿が。
「まずい!」
「死を崇めよ、血祭だ」
ツナ君の身体を血釘の全弾がうがつ。釘は“淡く”肉体を貫通し土を捲った。手応えのなさに、キナちゃんの動揺が感じとれた。
「幽体離脱」
ツナ君は霊体のみを先送りにし、ガン待ちを“炙り出した”んだ!
「ちっ!」
マントをひるがえすように血壁をくりよせ射線をカット。すかさず血液マントから槍が数本飛び出すも、急造の血栓はもろく、銃剣ではたき落とされてしまう。
「奥義・血戦刀」
受けが不利と判断したキナちゃんは、すぐさまマントを刀に性質変化し、攻勢へ切り替えた。
「悪手でしょうに」
身をさらしたキナちゃんは、“必中”を防ぐ手立てがない──。
【はずだった──】
発射された弾丸をなんとキナちゃん、逆袈裟切りで両断してみせた!?
「当たると確定しているのなら、切れぬ道理はないさね!」
「ばけもんが!」
「キキ、反撃開始さね」
唐突にしゃがみこんだかと思えば、地の赤に触れた。……ツナ君。どうやら君は、悟れぬうちに“血だまり”のもとへ誘導されていたようだぜ。
「ぼたぼた!」
そそり建たんとする血柱に横殴られる。とうぜん身は空を踊るが、そのさなかであってもツナ君は、“勝ち筋”を残した──。
「なっ!?」
キナちゃんの眼前、置き土産のフラググレネード。さぁ、ツナ君は銃を構えたぞ。
どっちだ、どっちを撃つ。手榴弾へ撃ち込み誘爆させるのか。それをおとりに、直接キナちゃんを狙うのか。
「両方の可能性を断つ!」
刀の切っ先を防護壁として展開し、手榴弾に耐える。鋭利な中腹で銃弾を叩ききる。キナちゃんの燃ゆる双眼は、難題を『できる』と確信していた。
「残念、時間差です」
銃弾は手榴弾に命中した。が、すぐさま爆発することはなかった。手榴弾の安全ピンごと起動レバーを射撃し、空で信管をいぬいてみせた。神業──。
手榴弾は数秒後に暴発する。
「くそったれ」
キナちゃんはすかさず防護壁を組み立てなおした。あきらかな隙、ツナ君、君はどうするの?
「まじか!?」
彼は攻めた。攻めたのだ。足下に手榴弾が転がっているというのに──。
「ぼん、です」
手榴弾は爆発した。
「は?」
だがそれは、破片をまき散らす類のものでなかった。おなじみの──。
「はは!? スモークグレネードか!」
巻きおこる煙幕はキナちゃんの視界を覆い、彼女の胸中はきっと不可解にも覆われた。
つまりは先の駆け引き。すべてが“突貫”のためのブラフ!
「っらぁああ!!」
煙幕のなかから、鈍い打撃音がひびいた。煙の晴れた先──。倒れるキナちゃんと、彼女を踏みつけにして銃口をむけるツナ君の姿があった。
「はぁ、はぁ。拙の勝ちです」
「キキ、つーの敗因は、その優しささね」
決着か? ここで終いか? いやまさか。今作における紅一点だぞ血まみれの! こんなところでおわれっか、がんばれ、立つんだキナちゃん!
「ツナ君、今すぐ意識を断つんだ!!」
「キナさんの術式は、血液を操ることじゃない──」
ずっと思っていた。メインキャラにもなろう女が。単純な“操血術”ごときであっていいのかと。誰しもが思いつくような、ありきたりな──。
まさか!?
「キナさん自身を、“血液”にすることさね」
パシャリと、キナちゃんの肉体がはぜた、輸血パックがやぶれるみたいに。
ふと思いだす。錬金術は万物の“理”をねじまげる超常──。
「さらに言えば!! 血液から、“キナさん”を錬成することさね!」
錬金術の序列がおとしめられているのは。一つの属性に縛られるほかない、人の脳内許容量の脆弱性にある。ゆえに凡人は、思考をしかるべく段階へ繰り上げる必要があったのだ。
『生まれついての天才なら、二つの属性くらい、操れるんじゃね?』と。
キナちゃんは“人属性”、キナから血を錬成し。
“血属性”、血からキナを錬成しうる、天才錬金術師だったという“だけ”のこと──。
「ならば瞬間移動とて容易さね」
パチン。指をならした。
すこし離れた麦畑のただ中、爆誕の喜びを隠すことなく、愉悦にもだえん赤色。位置はちょうど、“血釘の小人”が眠っていた場所であった。あれはマーキングだったのか。
「ちっ──」
すぐさまツナ君はキナちゃんへむけて銃弾を放つも。またもやパシャリ、キナちゃんはじけ、血霧に消えた。
「
再度現れる! ツナ君の“足下”、ひろがる血の海から──。
「ぼたぼた」
海原はキナちゃん自身であり、うちたてられた血の十字架は、彼をまたたきの間にはりつけにした。血色が黄昏に照り、鈍く輝いてみえた。ツナ君はあっけなく、……敗北した。
「キキ、世界が近づいたさね」
「あらら──」
私は主人公だ。だから約束は守るし、物語が面白くなるのなら、何だってやる。たとえそれが──。
「私、ここで死ぬんだ……」
バッドエンドであったとしてもだ。
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