第二章 血濡れた赤子

第10話 新訳 友達のつくりかた

 水底の景色におぼれ、このまま眠ってしまおうかと思った。

 静かで、冷たくて。青にしては深く、海とするなら浅く。


 でも。私は、生きるのが好きだから。苦しいことを思い出せ。安寧なんておきざりに、地を蹴れ。はやく、はやく。さぁ、あのキラメキへ手を伸ばすんだ──。


「うはぁ~」

「あ、ミツキ、おはようございます」

「んな。げふっ。うぅー、おはよ」


 目が覚めてたときの。忘れ去っていた記憶が花開くほどに再帰する感覚。嫌いじゃない。


 戦争に参加して、霊爆で遊んで。生きているから、作戦もうまくいったことだろう。


「いたっ! ツナ君、からだが痛いよー」

 先の戦いをへて全身はボロボロ。誰かが処置してくれたのだろう、包帯に抱きしめられている。


「戦争したんだ、命あるだけものだねですよ」

 ぽた、ぽたと、紙袋に水滴がたれた。「キキ……」誰かが私の顔をのぞき込んでいる?


「全身のやけど、各部の裂傷、片腕の欠損に、雑な治療、キナさんじゃなければ、死んでたね。キキ」

 ひどくかすれた、女性にしては低い不気味な声が聞こえた。


「まったく、人は生きているだけで困難だというのに、自ら難しくする必要もないだろうに」


 ポケットがたくさんあるんだろうな。陳腐な感想を覚える、だぼったくて複雑な衣装。じゃらついた、指輪や腕輪、ピアスだとかの装飾品。なんだかクラクラする。火照るくらいに私好みの、甘ったるくて危機的な、香水のかおり。


 唯一肌身がみえる不健康なツラには、深いクマが沈んで。目をそらすことができないのは、元のつくりが非常に整っているからだろう。


 アングラな外装と血色を吹き飛ばせば、きっと息をのむほどの美少女に違いない。不敵な笑みが、紙袋を眺めまわす。私は彼女の膝を枕にしている。


 わお、新キャラ登場。

 ただ、一つ気になるのは──。

 鼻血、たれているよ?


「大橋で気絶していた拙たち二人を、キナ姉さんは拾ってくれたのです。この“車”で」

 振動が傷にひびいて、なみだなみだ


「キキ……。乗り心地は最悪なれど、死國を走るにはちょうどいいさね。遺跡から発掘した、旧世界の忘れ形見だよ」


 ごつごつとした内装から、かなり実用的な車体であることがうかがえた。

 死國は他国との外交を頑なに排しており。錬金術師は性質上、“遺産”に興味を示さない。この地は、いまだ旧世界の遺産が多く眠っているのだ。


「それをキナさんが改造して、現代でも扱えるように錬成した。キナさんの我が家。キナさんのアトリエ。キキ……。キナさんはバンライフ」


 からだをおこす。運転はツナ君がしてくれている。チビなのにえらいね。


 窓の外を眺めると、広大な麦畑が眼にまぶしい。黄昏の日に照らされ、おうごん色に輝いてみえる。そよ風はこがねをなびかせ、夕日が寂しげに燃えている。


「へたくそな笑い方、昔のままですね」

「キキ……。泣き下手の泣き虫に、いわれたかない」


「減らず口も相変わらずだ。姉さん、ひさしぶりです」

「ん」


 おやおや?


「その口ぶりからして、彼女はツナ君のお姉ちゃんなのかな?」

「紹介が遅れました。こちら拙の愚姉、『不知火キナ』です」

「キナさんとよべ」


「ふーん。どうりで二人とも、私の目をいやに惹く。ありがとうと、よろしくね。キナちゃん」


 握手のもとめ、キナちゃんは血で汚れた手を拭い、そっと答えたくれた。


「キキ……。キナさんも可愛い?」

「そりゃとうぜん。泣いてばっかのツナ君と、“鼻血たらしてばっか”のキナちゃん。その対比、私は好きだよ」


 とめどなくあふれる赤が、どこかコミカル。拭うのもおっくうなのか、そこら中、赤黒く汚れている。涙は枯れても、血は尽きないから。死をとどめるための輸血パックが、車体にいくつもぶら下げられていた。


 年のころは十六ほどか。大人びて見えるが、輪郭はほのかに幼い。


「ヒノエミツキ……。どうにも展開が早いとおもえば、あんたの策謀であらば納得さね。とうほく民の『つー』は知らないようだが。あんた、バサラ西諸国ではちょっとした有名人さね」


 さすがにバサラの人なら、私のことを知っているか。


「ミツキ、再度たずねます。あなたはいったい何者なのです?」

 過去回想なんてつまらないよりみち、私はしないぜ。一言でミツキの罪を知れ。


「ただの死刑囚だよ。罪状はそうだね、『精霊庭園かんさい』を沈めた罪とか?」

「なっ!?」


 過去五百年間さかのぼっても類を見ないほど、近年、神道とバサラの戦いは激化の一途をたどっている。なぜか──。


【今より十四年前、神道陣営の片翼を担っていたかんさいが沈み、“禁忌”に指定され。国家間のバランスが大きく崩れることとなった】


「ただしくは、要因の一つになったというべきなのかな。詳しくはよくしらん。なにせオギャついていた頃のできごとだもん」


「主犯格である“ヒモロギだい”は死に。民意は罪のすべてを娘であるミツキに背負わせた。あんたは生まれついての、死刑囚ということさね」

「そゆことー」


 さらにいえば、土地ごとに術式の種が変わる新世界法にしたがい。精霊庭園で生まれた私は、“精霊術師”であるのにも関わらず。


「かんさいが沈んで、精霊たちも絶滅したから。私はただの人間なのさ」


 精霊を従僕におくことではじめて霊源を操れる異能であるから。ツナ君のような身体強化は不可能。ただの女子学徒という称号は盤石で。あ、私、学校かよっとらんかった。


「……すみません、動揺で、うぅ、ふさわしい言葉が見当たりません」

 一つの国を滅ぼしたんだ。適した呪いのあろうことか。


 ミツキの人権は笑顔とともにはく奪され。幼き頃から、いかに苦しめて殺すかのみが大人達の主題であった。いろいろあって紙袋にもなった。


【ミツキは十の戦場を経て、現在の精神性を得た】


 死刑囚だから戦場に送られていたわけじゃない。“戦場”でなければ、私は呼吸を許されなかったのだ。


「いやいや、私のことはどうでもいいんだよ。それよりキナちゃん、霊爆はどなったの?」


「キナさんはつーに、霊爆の“無力化”を期待していた。最悪、在処をつきとめてもらえるだけでよかった。“起爆”と“回収”までは想定外さね。あんなものは手に余る。とっくにきゅうしゅうへ引き渡したよ」


 やはり。愚かで愛いツナ君から匂った、“思惑”の出どころはキナちゃんであったか。彼女の指示によりツナ君は動いていたのだ。

 ブレーン的存在にしては可愛らしすぎるきらいもあるが。私はきらいと言うより好きと言いたいってね。


「その好きがちと問題。キナちゃん、あなたは私たちの味方なの?」

「つーからあんたを聞いたさね。みてわからんか? キナさんはとても肉躍っておるぞ。まったく鼻血がとまらんよ」


 キナちゃんもツナ君と同じく、“世界への復讐”を目指す夢人で。

「なるほど、私たちの利害は乳化しえると」

 おおいに喜ばしい関係性を築いていけるようだ。


「利得だけでなく、人としてもミツキは愉快さね。ぜひキナさんの“世界征服”に協力してほしい。ともに未来へ歩こう」


 はは、『私たちは親友になれる』とな! でもね。

 でもねキナちゃん──。


 その『なる』は、私の『なりたい』をおざなりにしているんだよ!


 キナちゃんのもつ確証と同色のシナリオが、自由意思をないがしろ。以後、あらゆるイベントは『めでたし』への手順に過ぎず。ぬるま湯の幸せより、苛烈な不幸を望む私はなにを思う──。


 だめだ、なに言ってるのか自分でもわからん、ぐちゃぐちゃ。

 深呼吸、深呼吸。

 言語化しろ、この衝動。


「んー、どうしよっかなー」

 私は今、とっても腹を立てている。怒り心頭、怒髪天? まではさすがにいかんけれど。ムカムカーって程度には、熟れた桃柄の心色しんしょくだ。


 なぜか? ミツキにとって都合が『いい』が、私にとって都合の悪い筋書きだからにきまっとろう。


 どうして『仲良くできる』と決定しているだけのことで、『仲良くするか』という私の決定権を無視するの? 仲良くなるためのストーリーを塗りつぶすの?


 仲良くなりたい。私だって、キナちゃんと仲良くしたい。正直、今ね、ドキドキして、たまらんよ? キナちゃんはとてもタイプな女の子だ。


 好きだなーって思うから。素敵だなーって踊るから。いますぐ手を取り合ってワルツな気分よ。


 でもさ、そういうことじゃないでしょ、物語は。


 そんなに“都合よく”あってはならないし、甘いだけがすばらじゃない。

 酸いも甘いもかみ分けてこそ、得られる美味を知るからこそ。

「ちっ。なんか気分悪いな」

 打てる舌鼓はあるはずじゃん。


「ミツキはキナさんが嫌いなのか?」

「愛してんぜ? ラブラブだぜ」


 無味乾燥な相愛で、私は愉快になれるのか? 

 否、敵が味方になるからワクワクするんだろ。

 窮地を共に乗り越えてこそ、真の友情は芽生えるのだよ。


 ヒロインのお姉さまだから、無条件でお仲間?

 どタイプのイイ女だから、合切不問の好印象?

 ふざけんな。


 神様か、作者様かはしらないけれど。てめーらがおぜん立てした“味方キャラ”に、私はこれぽちの魅力も感じない。

 はじめから身内? しらけるぜ。目が覚めたら膝枕? なんてちゃちなラブコメだ。


 物語へ没入しえる“劇的”だけが、ページを割くに適うのだから。


 ではでは“出会い”の物語、いま一度、やりなおそうじゃないか──。


「愛しているキナちゃんだから教えてあげるね。私はかんさいを沈めた災厄の、“爆心地”になったわけだけれど。いったいぜんたい、どうやって引き起こしたとおもう?」


【魂を因にしてすら、“核兵器”程度の威力だったというのに】


「かつてすべての大陸を沈めたとされる原初の魔女に。ただ一人肉迫した大魔導士、“ノエハ”。バサラ陣営の親玉さんがもっていたとされる、“錬金術の脳”──」

 

 こめかみをゆびさす。読み取れ、内包する宇宙規模の爆心を。


「それをミツキがもっていたとすれば?」


【一国をも滅ぼす、莫大なエネルギーを獲得する。ミツキは文字通りの“核弾頭”である】


 急ブレーキ。思わずキナちゃんに抱きつく。ツナ君、正しい判断をありがとう。キナちゃんの行動が数瞬おくれ、おかげで私のセリフ、完答できた──。


「私を殺せば、手に入るよ。どうする?」

「キキキ──!!!! なぶり殺しだ」


 車外に吹き飛ばされた。あは、そうこなくっちゃ。

 一度は殺しあわなくちゃ、友達とは呼べないもんね!


 仲直りがしたいから、まずは喧嘩をはじめなきゃ!

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