第9話 あそびあそばせきのこ雲

「突撃ー!!」


 大佐さんの号令に呼応し、全兵士が土嚢どのうを飛び越える。死を覚悟した者達の表情には鬼気がやどる。後顧の憂いをたち、新訳ヴァルハラの片道切符を取りに行く。


 ──流星が飛来。四肢が飛ぼうが、半身をえぐられようが、追撃の足をとめることなく。信奉する魔女へおのが雄志をみせつけるかごとく、男達は求愛の絶叫をあげた。


 間近で兵士が四散、爆音で鼓膜がいかれ。キンとつんざめく耳鳴りは、人に侵される星の叫びにも聞こえた。まさに地獄。


 機関銃を構えた兵士が一群れに飛び込んだ。

 内臓を損傷した兵士が、幸いと手榴弾を抱いて特攻。

 血泡吹く兵士が魔術師にくみつき、恐怖ゆえの流星は術者をも巻き込んでぼう発した。


 敵軍のただ中へ、少数であるからこそ潜り込み。“生存”を諦めた神兵たちの猛攻は、従来強者であるはずの術師と一歩も見劣りすることなく。

 十の敵を屠り、一の命をくべ。勇ましくも赤を散らす。


 女子供の術者を辱め、敵兵へ風穴あける者。

 とうに死んでいるのにもかかわらず、一心不乱に銃剣で顔を滅多刺す者。

 その中にあって冷静な強者が、黙々と敵兵を殲滅していくさまは、じつに見事であった。


 空も海も臓物も人命も、過大な慟哭どうこくに震え。火は朱く、血は紅く舞うというのに、青白い屍だけがうず高く積み上げられていく。


 戦場、血と涙しか存在しえないのか。倫理の欠けた兵士たちはみな無情であるというのに、浮かべる観念だけはとても豊かに思えた。


【転換点】


 振り返る。目が合う。いまにも敵兵をなぶり殺さんとする、大佐さんと。

 彼は私に気づくと、嬉々として死を見せつけてきた。


『これが死だ。これが殺しだ。これが地獄だ。みろ、みろ、みろ! 美しいくも綺麗でない戦場で。薄情でないがあでやかな絶望の淵で。あぶらぎった黒の内容をたしかめ。これが戦争だ、これが死だ。みろ、みろ、みろ!』と。


 ウィットと色彩に富んだ現代アートは、血にぬれ乾くこと、いまだない。


 絶唱する大佐さんの表情は、6.5mm小銃弾よりギラついてみえる。寒気がするほどの笑みを晒す彼は、銃を構え、照準は──。


「なっ!?」

 身をそらす。弾丸は紙袋を貫通し、頬を射貫いた。上顎の一部を貫通し、激痛を知らせるよりも先に血で溺れることとなった。


 弾丸は私の背後、命を狙う敵兵をも貫き、結果的に死を免れた。

「助けるため? いいや、ちがう!」


 わざと急所を外し、彼は『逃げろ』と言っているのだ。狩人が子鹿をあえて手負いにし、“親鹿”の元へ案内させるように。

 “決断”をせまっている。


「大佐さん、気づいたんだね、私の策に!」

 面白おかしい作戦の、彼は一員になる意思を示した。彼の根幹はゆらぐことなく、酷烈な未来への追求なのだ。


「ええい、ままよ!」

 駆け出す。銃を捨てた身は軽く、敵兵の群れに突撃する。


「シッ──」

 魔術師はくさっても強者。一対多で勝つ見込みなどない。今なら引き返せるよ?

 だが私は、ただ私であればいい!

 魂はどちらを指さす。革新か? 保守か?


 あいにく、左手はとんでんだ。右翼しかないので、左に逸れる。大佐さんの思惑に、のってあげる!


 流星は強力だが弾道はまっすぐで予測にたやすい。範囲魔術は味方をも巻き込みかねない。なればもっとも安全な領域は敵のふところ。

 力も。異能も。魔法もなく。私だけが覚悟もない。あえて言おう──。


「死ぬ覚悟なんていらない。私はまだ生きている!」


 ツナ君と約束したんだ。一人にしないって。彼の胸元でしか、私は死ねないんだよ!


「らぁ!!」

 軍の群れを抜けた! ナルト大橋へ突入、魔術師多数──。


「鬼ごっこといこう!」

 背嚢はいのうにたぁーんと詰め込んであるんだ。大好きなスモークグレネード。


 煙幕ですがたをかくし、敵兵、照準の定まらない乱れ撃ち。

 すなわち“運ゲー”という舞台において。私にはけっして“当たらない”! 

 なぜなら主人公補正があるもんね!


「でもやっぱし、こわいもんはこわいなぁ!」

 背後の煙幕を縫い流星が飛翔する。間一髪を幾度と演じ、そのたびに肝を冷やす。幸い、発煙弾の残数には余裕がある──、「こんなつかいかたもできちゃう」


 周囲をとりまく魔術師、ほうきにまたがる空兵が、四方八方から流星を射出した。よけるに難い数発にたいしてのみ、“発煙手榴弾”をなげる。

「私、勘がいいんだよねぇ。てきとうになげても、大抵当たるんだ」


 手榴弾は流星に命中、巻き上がる爆煙はさらに私を隠す。

 生き残るという観点において、私はだれよりも優れているぜ!


「んで、視界不良は向こうもおなじ!」

 振り向きざまあたりをつけ、煙幕の中へグレネードを投擲。


「くっ!!」

「ビンゴ! みえないよねぇ、攻撃動作」


 ただでさえ空中浮遊なんて不安定な曲芸してんだ。意識外から鉄の玉をぶちあてられて、安定を欠いてしまうのはとうぜん。まだまだいくよ! 私ってば、当てちゃうよ!?


「あう!?」

「ひっ!?」

「ったぁ!?」

 まじの百発百中じゃん、飛ぶ鳥をおとす勢いじゃん!


「あーっはっは」

 そうだよ、そうこなくっちゃ。私の戦場は、いつだってユーモアにあふれていなくちゃ──、「読者が楽しめない!」


 ほおり投げたグレネードを、はたきおとす術師がいた。デコにたんこぶこさえて、相当お怒りのご様子“ドカーン!!!!”


「うわ、びっくりした!」

 グレネードの唐突な爆発にまきこまれ、術師は海へ落ちていった。


「ごめん! ガチのやつまじっていたみたい!」

 適当にいれちゃったもんねぇ。ガラクタをリュックに詰め込む、幼子の冒険みたいに。


「こうだよこう! 前半と後半の対比、シリアスとギャグの緩急! 私にしかできないやつ! 私ってばいるだけで作風変えちゃうなぁ~!!」


 前方に十人からなる魔術師の検問、詠唱と魔術陣を含めた流星の一斉射撃。

「なんだかね、今なら無敵な気がすんだ~」


 ポーズをキメて飛んでみた。すべてを奇跡的に回避した。

「あぁ、愛されている! 作者に愛されているよ!」


 煙幕をたいて、魔術師を飛び越えて。奔る、走る、ひたはしる。

 全能感と脳内麻薬におぼれ、産まれてきて一番の幸福に酔いしれて──。


【だが、とつぜんの絶望を演出するのも、また世界の意思だった】 


 わき腹を弾丸が貫いた。倒れ込み、吐血、もんどりうつ。

「っあああああ!!?」


 まずい。内臓をえぐられた。痛い、苦しい、目眩。

「立て!!」


 胸ぐらを捕まれ、無理矢理に起こされる。それはまるで部下に命令する上官のようで。そうだ、“弾丸”だ。魔術じゃなくて──。


「やぁ、さきぶりだね」

「よもや貴様、史上最悪の大罪人であったとはな!」


 大佐さん。彼は私に追いつき、“策を見抜いた”と豪語した。

「流星群、射出!!」

「っち!」


 魔術分隊に邪魔をされ、大佐さんは怒りの掃討射撃を敢行。手にもつはちゅうぶ軍の最新にして最強の歩兵銃、“軽機関銃”であった。


「チートじゃん!」

 兵はなすすべもなく撃ち殺され、銃口は再度私に向く。彼は非情にも両足に弾丸の雨を降らせ、私の機動力をなくした。


「ぎゃあああああ!?」

「うるさい、わめくな!」

 顔面を蹴り上げらた。ただでさえ素敵な内容物が、ぐちゃぐちゃに砕けた。女の子になんてことするんだ!


「まったく姑息なことをしてくれる。貴様に渡されたハンドガン、私が検閲しないとでも思ったのか? 銃口にはいっていたよ、貴様の記した策のすべてが」


 密謀を防ぐため、私書類の所持は禁止されている。だが、私は紙を事前に用意することができていた。ずばり携帯食の“包装紙”だ。


 ソレに計画のあらましを記し、ツナ君に届くよう、ハンドガンの中に仕込んでおいた。


「んで、どうしてあんたがここにいる?」

 計画が露見した段階で、私を処刑すればいいのにもかかわらず、彼は私を放置した。


「はっ。私という人間を認知した貴様が、それを聞くのか」

 あぁ、知っているとも。あなたがこの場に来ることは。“はじめから”。


「もうまもなくだ。しかと見届けようじゃないか」

 大佐さんは振り返る。四キロほどむこう、ナルト大橋の入り口。


「地平線の先、私の部下がいまだいる。私が命じ、今もなお命を賭して神道に従う忠兵たちだ。さぁ、始まるぞ──」


 大佐さんはどんな人間? 

 ──人の死ぬところが見たい人。


 大佐さんはどうして機嫌が悪かった?

 ──霊爆に巻き込まれて、死を見ることができないから。


 なら、大佐さんはどうしたい?

 ──巻き込まれない地点にて、霊爆で人が死ぬところをみてみたい。


 私は包装紙にこう記した。『遊撃部隊と、爆撃部隊の霊爆を入れ替えろ』と。ただ一文のみを。ツナ君へ宛てた文書、だが大佐さんは手記を見て、こう思ったはずだ。

『私も見てみたい』と。


 眼前の光景を──────。



【霊爆】



 ピカリ。ドン。

 音が。光が。心が。形が。

 

 崩れて。

 壊れて。

 崩壊。

 颶風ぐふう

 

 すなわち、地獄。

 すなわち。罪。


 青の恒星を見た。すべての物質を蒸発せしほのおを見た。熱に晒され、肌が溶けてなお、私たちは霊爆に圧巻されるほかなかった。流動物か、あるいは生命か。青磁にもみえる火の玉はすがたを徐々に変え、おおきな、おおきな──。

 それはおおきな、キノコ雲となった。


 人はあまりもの感動に直面したとき。言葉。涙。感情すらも。一切の活動を停止し、その機能を終えると知った。


 五分。いや十分? あるいは数秒か。停滞のなか、大佐さんは抜かした腰を、意地でおこす。銃口を私に向け、ぼそりとつぶやく。


「仕事をせねば……」

 死ぬのだと、そうおもった。だから私は、彼を眺め続けた。私を殺せる世界で一人。表情かおを見てあげないなんて、もったいないとおもったから。


【だが大佐とていまだ正気を取り戻しておらず。ゆえに“上空”から降りてきた者に、気がつけなかった】


「間に合えー!!」

 空からツナ君が降ってきた。と思えば、歩兵銃の柄で大佐さんを殴りつけ、私の命を間一髪で救ってくれた。

 キノコ雲を背景に、私をみおろすレインコート姿の彼は。いつもと変わらぬ仏頂面をひっさげて。いつもと変わらない仕草でもって。いつも通りに私を救う、私だけのヒーローだった。


 摩耗した意識に精彩が戻る。あやふやな輪郭がしゃんと定まる。正直。正直言うとね。いつもより、五倍増しにかっこよくみえちゃったな。惚れちゃったのかも。


「ツナ君!? どうして君が!」

「おどろくことですか? 拙は爆撃部隊です。作戦通り、定位置に降りてきただけのことですよ」

「そうだった、私の指示通りだった!? よっしゃー、作戦成功! これにて霊爆の無力化完了!」


 そうそう、ここまでぜんぶ、計画通り。


「な、なぜ──」

 起き上がった大佐さんは驚愕の色を隠すことなく、『なぜ』と答えを求める。正しいと思い込んでいた回答に赤ペケだもん。誰だって気になるよ。


「にしても、ひどい有様ですね。大丈夫?」

「あっは、さすがにもうそろ死んじゃいそう」


「質問に答えろ!」

 彼は銃口をむけるも、ツナ君の射撃が軽機関銃をはじいた。


「邪魔しないでください、部外者」

「んや、そーでもないよ。彼は立派な脇役だ」


 泣きじゃくってんだ。ツナ君、すごんでも怖くないぜ?


「しゃーないなぁー。今いいかんじだから、手早くすますよ」

 種明かしは好きくない。隠したまんまの方がクールじゃん? でもさ、くさっても主人公だから。読者にも、責任をはたさなくちゃいけないのよ。


「君はツナ君宛の文書を見つけて、作戦を見抜いたつもりになった。そんなわけがないのにね」

「ミツキははじめから、手紙をあなたへ宛てていたのでしょう」


 はじめから、大佐さんにみつかる前提で手記を仕込んだ。なぜか、彼にはとある役目を果たしてほしかったから。


「大佐さん、君は一つ勘違いをしている。いくらツナ君が降霊術師でも。低威力の霊爆と、高威力の霊爆を入れ替えるだなんて絶対に無理だ。爆発力をいじることもね」


「不可能です」

「つまりはハッタリだったってわけ」


 それをできるのは大佐さん、あの戦場であなただけだ。

「なっ!?」

「私はその勘違いを利用させてもらった。君なら必ず、私たちの面白愉快な作戦に便乗すると踏んでね。みごとに君は手紙を隠蔽し、“かって”に霊爆を入れ替えてくれたってわけ。ありがとねー」


 人の死に様がみたくて仕方のない君だ。霊爆で遊ぼうという策に、乗らないはずがない。


「私とツナ君を共に始末するため、爆撃部隊の一番ペンギンをツナ君に命じることも想像がついた。すれば私を“撃つ”場所こそ、ツナ君の“降下地点”ということになる」

 エンタメ好きの君のことだ、二人の絶望を一緒くたに堪能したかったに違いない。

 私ははじめから、隊長さんが追いかけてくることを見越したうえで、後陣への被害が少ないモクグレのみ(?)を持ち込んでいたんだぜ。


「大佐さん、どうせ私が逃げやすいように、いろいろと工作してくれたんでしょ。じゃなきゃ自軍から逃走することは愚か、敵兵のど真ん中をつっきって、ここまでたどり着くことはできなかった」

 援護射撃ありがとう。


「な、なら、降霊術師が貴様の策を理解していることはどう説明する! 私は接触の一切を断っていたはずだ」


「ん? ツナ君は私の作戦のことなんてつゆとも知らないよ。なぜかドヤ顔キメているけれど、内心めちゃくちゃおどろいているんだ」

「は、恥ずかしいことをあけすけに!」


 ツナ君はただ命じられるがまま、霊爆を背負って降下してきたにすぎないのだ。


「はぁ……。大佐さん。拙はただ、信じていただけなのです。たとえどれほどの苦難にさらされようと、“ミツキ”なら必ずやってくれるって。彼女が拙になにも教えてくれないのなら。“何も考えず”いつもの拙であるのが、彼女の指示であり、拙の最善なのです」


 彼は信頼に殉じてくれた。


「っ……!? くっ、くく。だがまだ甘い! 私はたしかに、遊撃部隊の霊爆を高威力のものにすげ替えた。だが、爆撃部隊の霊爆へは一切の細工を施していないのだ! つまり、貴様の背負う“時限式”の霊爆は、いまだ高威力のまま!」


「な、なんだってーー」

「ミツキ、芝居が下手くそすぎますよ」 


 呆ける大佐さんへ、ツナ君は死体撃つ。


「降霊術師をなめないでください。囚われた魂の“成仏”は、拙達の十八番です。ハコの中にはもう何ぴとの魂も入っていませんよ。あなたたちの敗因は、降霊術師への理解が、圧倒的に足りていなかったことだ」


 むりもない。いくら学をつけようと、ちゅうぶ国民は旧人類で。真の意味で魔法を理解することなどできない。

 兵器化した降霊術師を使用する作戦に、降霊術師を“好奇心”で混ぜた大佐さん、あなたの落ち度だ。


「とうぜん、ほかの霊爆も成仏済みです」

「あっはー。極論、ツナ君が爆撃部隊に選ばれた瞬間、ちゅうぶ国の策は失敗していたことになるのさ」


「っ!? ではなぜ、私を謀り、霊爆を起爆させた!」

 策を破綻させるだけなら、大佐さんをだます理由がないと。


「だからさ、勘違いすんなって。私たちはバサラ陣営の味方じゃないんだぜ。ナルト大橋を落とし、死國からの進軍を防ぐって言う策は、むしろ大歓迎さ!」

 なのでナルト大橋には落ちてもらいました。


「けれど、神道陣営の味方でもない。拙達の目的は両軍の敗北。方策はいたってシンプル」

「私たちが確保した霊爆を、バサラ陣営に引き渡せばいい。するとどうなるか。バサラ陣営も霊爆の製造にやっきになって。二大勢力の双方が、霊爆をもつことになる。あらら? “使ったら使ってやんぞ”の抑止力が働いちゃうね♪」


「核戦争がおきれば、双方の国土に甚大な被害が。使わないという選択をとるのなら、単純に“霊爆分の弱体化”となりますね」

「結果、私たち第三勢力の一人勝ち~♪」


 でっちあげの秘策。戦争で“遊ぶ”とはこういうことよ。


「……貴様らの目的は、いったいなんだ」

「「世界への復讐」」

 こまかくはその夢を叶えてあげること。


「……どうやら私の。全世界の、敗北のようだな」


 あ、大人に認められちゃった! うっれしいなぁ~。褒められると伸びる子なのです!


「ならば最後まで、大人としての仕事をまっとうしよう」

「っ!? ミツキ! ふせて!」


 ツナ君が私を庇う。銃声音、ばたり──、倒れる。誰の背中? ちいさな、少年の背中。


「軍役校を出ていない貴様達はしらないか? 大人はトドメを怠らないものだ」

 ドン。大佐さんはツナ君の脳天を撃ち抜いた。


「ココで詰み、か。大佐さん、最後に一つ。あなたの名前を教えてほしい」

 私たちの物語にどうか。あなたという人がいたのだという確証を──。


咬犬こうがみ

「ありがとう」


 ドン。


 ツナ君には誰も殺してほしくなかったから。私は万人を爆殺した。なんとも私にふさわしき、後味の悪いバッドエンドじゃないか……。


 ドン。


【しかし物語は、まだおわっていなかった。咬犬は最後の最後まで、ミツキの盤上で踊らされていたに過ぎないのだ。ミツキが咬犬に拳銃を手渡したのは、密謀を差しむけるだけが理由でない。最後の局面において、咬犬が“ツナの拳銃”を使用するように仕向けるための誘導、“保険”であったのだ。ロマン派の咬犬なら、トドメに“思惑の要であったツナの拳銃”を使用してくるだろうと見込んだ上での】


「意味はなかった」


【ツナの拳銃は特別仕様。弾丸は意識を刈り取りこそすれ、“殺すことはない”。ツナもミツキも、いまだ存命だった】


「だが、わるくない人生だった」


【咬犬は拳銃をこめかみに押し当て、力を込める。されど弾丸が射出されることはない】


「ちくしょう」


【ミツキはロシアンルーレットのため、一つ弾丸を抜き取り、総弾数六のリボルバーが残り五発となった。一発をミツキが使用し、咬犬がのこり四つを発射した。ゆえにリボルバーの残弾数はゼロとなり。咬犬は最後に、“アタリ”をひいたのだった】


「ちくしょう……」


【だがこの結末は、ミツキ達の物語においてなんら意味をなさない。“蛇足の傑作”であったことは、明述しておくとしよう】


第一章 完。

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