第8話 核という玩具

【ちゅうぶ軍による絨毯爆撃の結果。きゅうしゅう軍を“ナルト大橋入り口”まで後退させることに成功した、ミツキたち独吟の一軍は。あわじ野営地でしばしの休息をとっていた】


「生き延びたら、蹴っ飛ばしてやろうと思っていました。今のあなたをみて、そんな気力も失せましたが」


 死体置き場で寝転ぶ私は、いつものようにもぬけの空を眺めて。

 のぞくツナ君の表情は影に暗く、泣いていることに気がつけなかった。


「ここって、静かなんだ。だれも死体に話しかけたりなんかしないからね」

「休息地にも、野戦病院にもいなくて。安置所であなたを見つけたときの、拙の気持ちはどこへいくのですか」

「そのうち火葬されんでしょ」


 知らねぇよ。


 私はハナから死ぬつもりなどない。証拠に、絨毯爆撃のセンタにいてなお存在できた私は、神に愛されていることを示した。


「二度と、あんなこと、しないでください。二度と……。拙のために、命をかけないでください。拙はどうやら、あなたのことをよほど気に入ってしまったようだ」

「へぇ、うれしいこといってくれるじゃん」


「拙に人を殺させたくないから、汚れを肩代わりした。あのままじゃあ二人ともおだぶつだったから。命をとして絨毯爆撃のきっかけをつくった」


 重爆撃機は日の出を攻撃開始の合図としていた。魔術師の前線を特定し、ちゅうぶ軍をむやみに巻き込まないためだ。


 だが、悠長にすりつぶされる義理はなく。都合よく、映える自爆術式もあったことだし。闇夜、爆炎でもってお上にフロントラインを伝えたわけだ。


 きまぐれに空を眺めていただけの私じゃないぜ? あれでも気にしていたってこと。


「すごいだろ、私。戦局なんて、一人で動かすことができんだぜ」

「なら! 二人なら……。もっとすごいでしょ……」

「うん、そうだね。そのとおりだね」


 結局、彼を信じ切れなかったのは私。彼の特別を御しきれなかったのも私。言い訳すんな。最後の最後で、失うのが怖くなったんだろ? 人に頼るのって、慣れないもんね。


「誓うよ。もう二度と君をハブにしない」

「……うん」


「そんな顔しないで? 私だってあんなのはこりごりなんだよ。私だって、右手がかわいいし。中とお薬は恋人だし」


 むしろ、これだけですんだのは奇跡だと。いまだ幻肢痛にしびれる左側を気にする。爆撃にまきこまれて、左手前腕より先は天国へ旅立った。んや、地獄か?


「雑な施術です……。ちゃんとした治療をうけないと、どうなることか……」

 血をとめるだけの縫合は目に見えて粗く。浸出液におかされ、焼けただれ、笑えるくらいの激痛を覚える。


 傷口とおなじくさびれた荒野のただ中で。負傷兵の悲痛な唄はなぐさめになどならない。

 行き場のなくした呪いの果てで。晒された敵首では溜飲りゅういんが喉につかえてたまらない。


「なら、はやいとこ、この戦争を終わらせよう。私たちはいまだ、何者も成せていない」

「いったいなにをしようと」


「さぁね、今からわかんでしょ、ほら」

 指さす先に大佐さんがいた。彼もしぶとく生き残ったか、独吟に対して召集命令をかけた。


 だるい身体を無理に起こして、ツナ君に支えられて。“最終作戦”の概要を聞き入る。


「あわじ制圧の目標はおおむね達成された。大義であった。きゅうしゅう軍は現状“ナルト大橋”を最終防衛地点とし、ちゅうぶ軍の死國進出を堅く拒んでいる。だが、わが軍に“戦艦”ありて、“陸路”は無用の長物。本国は、目先の出鼻をくじきたくて仕方がないらしい」


 場にいた全員が悟る。この戦争の決着は、“ナルト大橋”を落とすことにあると。あの橋を取っ払えば、バサラ陣営のあわじ進行を拒む大きな契機となる。


「これよりわが軍は、第九列島戦線最終殲滅作戦に移行する」

 最終フェーズ。ようはみな殺し大作戦。敵も。まさか“味方”も?


「本作戦のかなめとなる最新兵器の詳細について、本国から極秘の命がくだった。だが、安心してほしい。貴様たちはもれなく神兵だ」


 どうせ死ぬのだから、機密は意味をなさない。無理に隠すよりつまびらかにした方が、作戦の理解を深めることができるという算段。

 大佐さんは上官の命令に背き、秘密を暴露してくれるらしい。


「ちゅうぶ国の科学技術が産んだ叡智の結晶。名を“霊爆”という」

 大佐さんはゆびを指し、変哲ないその“ハコ”が霊爆であるとした。腰丈の金庫をより堅牢にしたような、不細工な外観だ。


「なかには加工した“降霊術師”が詰められている。詳しいところは知らんが。先の自爆攻撃からも分かるとおり、“魂”を起因とした反応の威力は絶大。くわえ魂こそを司る降霊術師がいた」


 降霊術師は猛き英霊の魂と“契約”を結ぶことで、大きな力を得る。ひとりの英霊においてすら、契約の内容は熾烈を極め。底知れぬ強制力でもって術者の魂を束縛する。


「で、あればだ──。“契約”を際限なくかしていけばどうなるか、想像がつくか?」

 場の温度がいやに下がる。気味の悪い空想にみなおののく。


「隣国であるから、確保は可能か?」

 その中でひとり、ツナ君だけが先を見ていた。


「本来術者に契約を強要することは不可能……。いや、拙とおなじく術者本人の魂。“自己契約”だけに限定すればあるいは……? でもまさか、そんな邪悪が──」

 顔いろを蒼白にし、うつむきひとりごちる彼は危うくも“答え”にたどり着くか、仮説の証明を大佐さんがそらんじる。


「術者の脳を解剖、自身の魂だけを観測する感覚器へと改造し。生み出した傀儡をハコに封じる。結果、無意識の契約が累積しつづけ。あとは外的要因をあたえるだけで、術者の魂は破綻し、“霊核崩壊現象”が起こる」


 質量と熱波のともなった可視光を合わせ鏡の中に投影し。無限に反射、増幅させることでエネルギーを得る機構が脳裏にイメージできた。


「その威力たるや、旧世界の“核爆発”に匹敵する」

 やりすぎだ……。


 全員の血の気がひとしく間引かれた。旧人類がもちいたとされる最悪の兵器は、いまだ私たちの深層に畏怖を垂れ流していたのか。


 それら“霊爆”を使用し、ナルト大橋をきゅうしゅう軍ごと沈めるというのが、本作戦の概要。ひいては、原理帝国に『霊爆あり』と他国に知らしめる“詰み筋”。旧世界の模倣に活路を見いだしたこの国がたどる、とうぜんの道。


「「見つけた」」


 二つの声が重なる。


 霊爆こそ、戦争に参戦した理由であったのだと。気づきに感激した私の声。

 霊爆こそ、降霊術師でありながらちゅうぶ兵になりすまし。潜入していたツナ君の目的だったのだと。怒りを抑える彼の声。


 のちの二人に言葉はいらず。真意を理解した今、どう“霊爆”を物語に引用するのかという考察のみへ、全思考領域を明け渡す。


「最終作戦は本軍の人員を割かず、独吟のみで完遂する。部隊を二つに編纂し。ひとつを低威力霊爆できゅうしゅう軍の注意を引きつける、陽動部隊。ひとつを高威力霊爆でもってナルト大橋を直接叩く、爆撃部隊とする」


 陽動部隊はナルト大橋入口の残留兵の元へ攻め入り。そのすきに爆撃部隊は戦闘機へ搭乗、大橋上空で降下し、霊爆による橋の崩落を狙う。全兵士が霊爆に巻き込まれて死亡する、なので独吟が射手にえらばれた。


「日没を刻限とし作戦を開始する。神への祈りはすましておけ」

 細かな作戦の内容説明を部下に投げ、大佐さんは足早と退去。死までのつかの間で最後の晩餐をすませとし。携帯食を衛生兵から手渡された。


【問題はここからだった】


 私は陽動部隊への参加を命じられ、一方ツナ君は爆撃部隊へ。私たち二人を危険因子とし、以後一切の接触を禁止されたのだった。大佐さんは、最後まで仕事を全うした。脱ハブ早々、とんだ仕打ちじゃん。


「さて、どうしたものか」

 携帯食の“包み紙”をはずし、簡素な固形食にかぶりつく。味はしない。過酷な戦場において、味覚が死ぬのはさして珍しいことでなかった。

 ちょうどいい。練度の高い思考実験において、五感は邪魔でしかない。


 構想へ深く没入し、感覚系が薄れていく。紙袋は外界との情報をたつのに優れたガジェット。おもちゃ箱をひっくりかえし、素敵なアイデアでままごと。


 私たちの目的はひとつ、『世界への復讐』。世界は文字通り日本列島全体をさし。バサラ陣営、および神道陣営のどちらかに肩入れすることはない。私たちを第三勢力とし。で、あるからこそ今回の作戦を成功させるわけにはいかない。


 ちゅうぶ側の思惑が通ってしまえば、世界の勢力図が大きく書きかわることになるからだ。どちらか一方の優勢は望むところになく。願わくば双方にとっての大打撃こそ求められた。


 私とツナ君、たったふたりの人命でどうにかなる事柄ではないのか。諦念をしかし払う。


 思えば十三歳の少年が、なぜ敵国に単身潜入するという無理が通るのか。簡単だ、だれかの“手助け”があったからだ。


 “誰か”はツナ君へ霊爆の、『発見、ないし処理、回収』を命じ。ゆえに彼は『見つけた』と吐露した。あの態度は、霊爆の存在を事前に知っておかないと出ない。


 しからばツナ君を手助けした“誰か”は、ツナ君単独での対処を可能とした。降霊術師を発端とする兵器だ、本職であれば叶う道理もあろう、霊爆への対応は心配しなくていい。


 ならば私の役目はなんだ? ミツキの求めはどこだ?  

 思考。念望。心算。狂えるほどの激痛すら忘却の彼方へおしやり、深く、ただ深く……。


「一手たりないか。捨て駒を増やす?」

 いや、ちがう。私は前提を欠いている。


「必要なのは駒でなく、“対局相手”?」


 何度も言った。私たちのテーマは戦争にあらず。戦争は舞台であって、いわば“盤面”だ。

 盤面を面白おかしく掻き乱すには、かならず対局相手が必要となる。

 戦争を、私とあなたの遊びに落とすべきだ。私の対抗馬となりえる存在……。


「大佐さん! どうせ君も死ぬんだ、最後にすこし話をしよう!」

 一人ぽつりと。開戦をまつ大佐さんに語りかける。


「断る」

「そうかい。なら、今から話すのは独り言。無視してくれて構わないよ」

 彼の沈黙を肯定と受け取り、私は嬉々と語る。


「ずっと不思議だったんだ。どうして大佐という高い地位にいるのにもかかわらず。独吟の分隊長なんて貧乏くじを引いているのかって」


 必ず死ぬ役目をなぜと。軍部からの勅令ちょくれい、上層部との軋轢あつれき。らしい文言はつきない。だが、おそらく彼の場合はどれにも当てはまらない。


「君はこれぽちも現職に不を抱いていない。むしろ楽しんでいた節さえあった」


 話のできる男であるいぜんに。彼は私たちと話すことを選んでくれた。なぜか。非日常をあえて招くような、“好奇心”に裏付けされた欲求に従ったからだ。私もよくする。だからこそ共感し得た。


「なら、見える答えも変わってくるよね。推論、君はだれに強制されたわけでなく。あえてこの役目を買ったんじゃないの?」


 命の価値が乏しくなってひさしく。希死念慮きしねんりょに囚われる者はさほど珍しくない。だが、彼からはそうした厭世えんせい的なやるせなさをみじんも感じず、むしろ活き活きとしたヴァイタリティをみた。


「理由は概ね想像がつくね。君、人が死ぬところを見るのが好きなんでしょ」

 独吟は。前線は。死というエンタメを閲覧するにもっとも適した特等席だ。


「何を根拠に?」

 ほら見たものか。なぜ反応を示した? 図星だからでしょ? 


「あからさますぎるよ、今の君。最終作戦が発令されていらい、どうにも機嫌が悪い。霊爆じゃあ、死をゆるやかに観察できないからでしょ?」

 私たちクソがきツインズの死に様がみたかったからこそ。私たちの入隊をも許諾したのがあなただ。


「小娘が、知ったような口を。私は初めから、なにも隠してなどおらんよ。私は、『私の意思のもと人が死ぬ』のが好きなだけだ」


 自身の命のもと、部下が人を殺す。おのが指示のもと、部下は命を落とす。死に様に情欲する彼のたしなみは、暗く熱く。積み重ねてきた思い出にいたく興奮し、だからこそ現状の不満を吐く。


「霊爆はまたたきの間すらあたえず、全てを焼き滅ぼすだろう。そこに死への恐怖、感動はなく、自我を保ついとまさえきっとない」


 彼は死を恐れず。だが彼は死の不感こそを恐れる。底のあっさい陳腐な性根見抜いたり。


「ちな、私は霊爆なんかじゃ死なないよ」

「なんだと?」

「殺してみるといいよ、私のこと。どうせ無理だから」


 では、これで“王手”だ。


「戯れ言に付き合ってくれてありがとね。君に話しかけたのは、“これ”をツナ君へ渡してほしかっただけのことなんだ」

 といってとりだすは、“ツナ君のハンドガン”だった。ロシアンルーレットいらい、私が預かっていたもの。


「ガキの使いは不満かい? 借り物だからね、返しておこうと思って。君が気をつかって、接触できなくしちゃったもんだから」

 足蹴にしない確信があった。従え、好奇に。


「ふん。最後の望みとすれば安かろう、引き受けた」

 いいね。


 彼はハンドガンを受け取ると、そうそうに立ち去る。私は急く彼の背中を、ただじっと──。


「あはは、気づいてくれるかな、私の真意に」

 あの銃に込められた、本当の意味に。


「さかしらな大佐さんなら、気づかないはず、ないもんね。大丈夫だいじょうぶ」

 だってさ──。


 片腕をなくした私が、ハンドガンを手放したりなんかしたら。撃てる銃、なくなっちゃうもんね。

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