第7話 大好きな空を汚して

 塹壕に背を預けて、水筒の中身をひと息に飲みこむ。泥混じり。

 大好きな空が戦火によごれて、灰色の粉雪が心に冷たい。


「ミツキ! フレア!」

「あいよ!」


 宙に向けて照明弾を打ち上げる。陽が沈んでしばらく。標準があわなくなるから、偽物の太陽を作る。私だって空を汚す。悲しいさ。ひりつくさ。けれどそれが戦争だもん。言い訳して。


「ごめんね、ツナ君。君ばかりを矢面に立たせてしまっている」

「なんですか! うるさくてきこえないんですよ!」


 原理帝国の量産兵器は、無尽蔵の弾幕を生み出すが。きゅうしゅう軍もまけじと応戦、白亜の矛を奔らせる。

 

 純粋な霊源を槍状に射出する、魔術師の基本術式。名を『流星』という。


 侮ることなかれ、殺傷力は銃におよばずとも、環境へもたらす被害は尋常じゃない。土をまくり、岩をえぐり、骨を砕く。


 ただの基礎魔術に違いない。

 だが彼らはその基礎を、“生涯”をとして極める。単独で街一つを更地にかえるほど、魔術師の『流星』は練磨されている。


 大量の『流星』が夜のとばりを引き裂いて飛翔する。あぁ、まさに『流星群』だ。魔術師の戦場に、草木の一つだってのありえないのか。


「ちっ──」

 時速数百キロの流星を間一髪とかわし、ツナ君は二発、銃弾を放つ。弾が切れたのか、すかさず塹壕にかがみ、装填を開始した。


「開戦から四時間。何メートル進みましたか」

「よくて十メートル」

「牛の歩みですね」


 上空では戦闘機と魔術空兵がドッグファイトを演じ。戦艦の支援迫撃はきゅうしゅう軍の結界術式にてふせがれていた。


 物量ではこちらに利があるものの。かれら魔術師は単独で戦車並みの戦力、人の身であるから機動力もたかい。生半にはいかないな。


「どうだい、最前線の心地は」

「おのれの感性が、そぎ落とされていくのを覚えます。鼓膜と心臓の距離はとおく。銃声で魂の叫びもとどかないから。鋭利化された触覚が、情報だけを切りぬいて、一切の情を伴わないのです」


「つまり?」

「とっくになにも感じない」


 数時間、死戦をあび続けて、まともでいられる方がどうかしている。死体は風景にとけこみ、怒号はどこか観念をおびている。戦場という鉢に人命をとうじ、戦果の求めにすりつぶされ。命はとうぜん塵ぢりだ。


 地形がかわり。景色がかわり。横にいたはずの顔ぶれもころころかわる。だというのに自身だけが呼吸できている現状に戸惑い、生死の境目があやふやになる。


 見上げれば戦闘機の機関掃射があかく鮮烈で。うつむけば虚ろ眼の死体が虚構を見ている。


「ミツキ、弾の用意はありますか?」

「これでいいのかな」


 戦闘が開始していらい、私はツナ君の援護に徹していた。死体をあさり、弾丸をかき集めて、ツナ君専用の銃弾にするための作業を行っていたのだ。


 軍部により支給された手斧で弾頭をたたき落とし。火薬をこぼさないようにツナ君へ手渡す。

「術式、構築」


 魂の色だと解する青が、失った弾頭を形成していく。ツナ君の弾丸は特別製で、殺傷力と引き換えに魂への直接的ダメージを獲得。

 着弾すれば例外なく意識を消失させることのできる、いわば不殺の最奥。


 木材を基調としたボルトアクション式歩兵銃、モデルARISAKA。名を『有明』という。


「拙の射程、百メートル。それ以上は“必ず”弾丸が消失するように術式を付与しています」

「なぜ?」

「それが拙の“契約”だからです」


 降霊術は元来、過去の英雄を魂と同化させ、強靱な異能を得る能力であると聞く。そのためには魂間での“契約”が必須で。強力な英霊であるほど、契約の内容はより過酷なものになる。


「拙は他者の魂を使役することができません。故に拙は、己の“魂”と契約を結びました」


 イタコでありながら己の生き霊を降霊するような歪は、いかようの不条理を生んだのか。


「拙を中心とした半径百メートル以上の弾丸消失を条件に、“半径十メートル以内の必中効果”」

「わーお。だから君は、近距離戦における無類の射撃精度を誇るのか」


 私を死刑執行人から逃すさなか、曲芸とともに射撃を成功させた妙技は記憶に新しい。


「んで、なにがいいたいのさ」

「先ほどから、必中効果が連続しています。暗くて分かりづらいですが、敵兵の前線は思ったよりも近いですよ」


 まずい。中遠距離であったから、『流星』のみで済んでいたのだ。

 ともすれば……。


「ミツキ、上空!!」

「ったく、期待を裏切らないね!」


 弧を描きこちらに飛翔する火の玉。多くの魔術師が好む、範囲術式の一つだ。火の玉は着弾とともに延焼し、広範囲を火の海に変える。狭い塹壕に投じられれば、いっかんの終わり。


 すぐさま立ち上がり、スモークグレネードを投擲する。火の玉に命中し、赤黒い爆煙が生じた。間一髪、死を防ぐことができた。


「私の勘をなめんな!」

「いばんな、伏せて!」


 ツナ君は歓喜をいさめ、私の体勢を崩す。先ほどまでいた位置、流星が貫いた。いやぁ怖いね戦場は!


「ちっ、爆煙で射線が切れました──」

 するとどうなるか。攻めてくるだろう。命を省みない、“突撃兵”が。


「なっ!?」

 すぐそばで何者かが着地した。戦場には不釣り合いな、たゆんだローブが印象に残った。


「魔術師!?」

 まさか単独で、敵兵うごめく塹壕に飛び込んでくるとは。面白いじゃん!


「奔れ、白の死徒」

 最小限の詠唱。五撃、『流星』の同時展開!?


 轟音──。


 私たちと逆方の兵士を、奴はあっという間に肉片と帰した。威力もさることながら、術式の巧が半端ではない。


 一瞬で理解する。奴は──、“強者”だ。


「ツナ君!」

「わかっています!」


 すぐさま意識を断ち切らんとツナ君が射撃をおこなうも。ローブに仕込まれていた隔壁魔術によって防がれた。


「魔術陣展開」

 ふところの紙切れを地におき、魔術師は私たちを標的に定める。


「奔れ、白の死徒」

 杖を振るい、流星の五連撃。すかさず死体を持ち上げ盾とする。流星は破壊力に優れるが、貫通力に乏しい。どうにかこれで凌ごう。ツナ君、君はどうする?


「シッ──」

 はは! “攻め”を選択するか!


 霊源を全身に巡らせ、身体能力の底上げをはかる技は、降霊術師に限らず全術師の得意とするものであるが。とっさの判断で魔術師の苦手とする近接戦レンジを取るセンス。さすがの一言。


 地蹴り壁蹴り、流星を幾度とよける。ツナ君の間合いに、魔術師をとらえた。銃剣を急造の槍とし、突いた!


【窮地の魔術師。しかしミツキは彼の微笑みを見逃さなかった】

「まずい! ツナ君!」


 すでに布石は打たれていた。奴はさきほど、魔術陣の描かれた紙を地に配置していた。

 魔術とは二つの術式に大別される。“詠唱”と“魔術陣”だ。


 詠唱──。

 魔術の威力、速度、持続力などを術者の判断のもと取捨選択し、臨機応変な攻撃が可能となる。だが、必要に応じた詠唱時間をとられてしまう。


 魔術陣──。

 霊源を流し込むだけで瞬時に発動ができるため、即効性に優れている。一方で事前に設定した魔術のみしか扱えないというデメリットもある。


 二つの術式をどう戦闘に活かすのか。技量の問われる戦いを、奴は高い次元で行っている。魔術陣は発動され──。


「『捕縛』」

「なっ!!」


 黒く粘着質な魔術がツナ君を捕らえた。身動きの取れなくなった彼に対し、魔術師、「奔れ」単発の『流星』を放つ。


「撃て!」

 私は叫び、ツナ君が弾丸を発射。たとえ狙いを定めることがむずかしくても。彼の“制約”は対象と定めたものに、“必中”を授ける。今回は『流星』そのものに。


 弾丸は流星を引き裂き、一呼吸の猶予を得る。さぁ、踊れ。


「奔れ「させるか!!」

 次は私だ。距離をつめ手斧を振るう。ローブの隔壁魔術が展開、防がれた。


「この距離なら流星は放てまい!」

 爆風にまきこまれ、術者本人にも危害が生じるからだ……、あぁ分かっているとも。奴が己の弱点を鑑み、近距離戦の対策を練りあげていることは。


「貫け、白の死徒」

 流星を極限に凝縮し、火力とひきかえに貫通力をえる高等術式、『彗星』。


「ぐっ!?」

 肩口をえぐられた。ひどい出血だ。だが、“致命傷”ではない!!


 連撃が得意と言って、単発の射撃精度はおそまつか?


 百億の連射であろうと、致命傷はいつだって“一撃”だというのに。


 貴様は一の研鑽を怠った。

「それが貴様の敗因だ」


 斧を振るう。隔壁魔術で防がれる──、こそが狙い。


 “魔術陣行使中”により隔壁の同時展開は不可。


 貴様は今、私しか見えていない。見ろ。見ろ。見ろ。私という存在を。価値を。真価を!


「撃て!」

 ツナ君の射線上に私あり、つまりは死角。

「助かりました」

 銃声。必中の効果により、私という遮蔽物をものともせず、弾丸は魔術師のこめかみに着弾。奴の意識はそこで途切れる。


【次の瞬間──】


 魔術師の肉体が。いや、魔術師の肉体に刻まれていた“魔術陣”が。


 ──白く発光したのをみた。いやな予感。そして理解。


【単独での突撃。その真意がちゅうぶ陣営内での“自爆”であることを、ミツキは察した】


「ツナ君、逃げろ!」

 手斧を投擲とうてき、捕縛魔術を断ち切る。


「いえ、まだです!」

 ツナ君は駆けつけざま魔術師の身体に触れた。


「えいっ!!」

 彼は目に見えない“ナニカ”を投げた。


 自爆魔術は意識の遮断がトリガーとなって発動する術式。であれば、術者の魂に直接刻印された魔術陣であることは、想像にかたくない。


 ツナ君は浮き彫りになった奴の魂を、術式ごとほおり投げてみせたのだ。

「伏せて!」

 塹壕にかがみ。


 ──爆発音。


 土砂が掘り起こされ、雨のごとくさざれ石、こんこんと降って。メットが凹んじゃった。


「まじふざけんな!!」

 怒れる私と。


「怖くない!」

 泣きじゃくるツナ君。


 なんだよあいつ、なんだよ魔術、なんだよ戦争!


「なめやがって!」

 ツナ君の銃を奪い、「おっも」単独で塹壕を飛び出す。


「何を!?」

「暴れてくる!」


 粉塵を流星がえぐる。闇夜になんと鮮やかな死がかける。

 先の自爆が作ったくぼみにとびこんで。フレアを地と平行に発射する。一瞬写る敵兵の姿をたよりに、有明で射撃を試みる。


 最前線。であるからこそ敵兵は密集し。その中の一人でいい。一人だけでいいから、“自爆”持ちの兵士を撃つことができたのなら──。


 銃声。罵声。絶叫。耳鳴。極限状態にあって、なんら集中を欠くことなく。吹き飛んだ兵士の臓物が紙袋を汚してなお、目を閉じることもなく。


 たった一発、たったの一撃でいいから──。


『私が主人公であることを証明しろ』


 ドン──。

 反動でのけぞる。視界の彼方。燦爛さんらんとかがやく、魔術刻印をみた。「らっきぃ」ビンゴ!


 自爆魔術なんて危険なもの、きっと“特攻部隊”にしか付与されていない。それが“部隊”であればこそ。いるだろ、近くに。別の“自爆持ち”が。


 たった一つの爆発が、連鎖的に他者の自爆を誘発し──。


 ドッカーン♪

 大爆発。


【白く吹き荒れる魔術爆は、はるか上空の戦域からも目視でき。生身の人間が生存しえない超空域に待機していた、“重爆撃機”がこれを好機と。“絨毯爆撃”を開始した】


「どんどかどんどか。ここにいたら、危ないなぁ。でも、私は引かないよ」

 なぜかって? 私が主人公だから? ちがう。青春を奪う権利は──。


「今が楽しい」

 神様にだってないからだ。

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