第6話 戦争前夜
「おろしたての匂いって、嫌いだな。軍服なんて窮屈だよ。はやく汚したい」
「女の子の台詞とは思えませんね」
「でしょ~。台本なんて、やぶいて捨てちゃった」
先の参戦問答から数日。私たち二人は特攻部隊『
あわじは日本列島の中心地に位置する巨大な孤島であり、旧精霊庭園かんさいに属する
ちゅうぶ本国から戦艦に乗り継ぐことでしかたどり着けない孤島に、なぜ私たちが送られて来たのかといえば。あわじのもつ地理的特徴から、重要な戦術的拠点になりうると世界が認識しているからだ。
あわじは神道陣営の総本山である『神ノ國ちゅうごく』と、バサラ陣営『
死國に限って言えば、“ナルト大橋”が、M災前期のなごりとして今もなおあわじ死國間を結んでいる。
この島を制圧することができれば、友国敵国問わず諸外国にパイプを結ぶことができるばかりか、戦艦戦闘機
両軍にとって『あわじ軍事基地』の建造は急務の課題であった。
【第八列島戦線は、魔術教室きゅうしゅうと原理帝国ちゅうぶが、あわじの占拠権をかけて戦った争いである】
つまり、私はこの戦場にたつのが二度目。先の戦いはちゅうぶ軍が勢いづくままあわじの半分を制圧したが。きゅうしゅう決死の防衛戦術に苦戦し、落としきれず膠着状態となった。
【これより、仮称“第九列島戦線”が展開されようとしていた】
両軍との緩衝地帯として設けられた
敵兵に襲われたとき、身をていして彼らのおとりになるためだ。
「うっへぇ、こりゃ逃げらんないね」
手にもつ双眼鏡をツナ君に手渡す。
「きゅうしゅう軍、五千、いや、八千はいますね。おまけにつけて、後方、数十万人規模のちゅうぶ兵が開戦をいまかと待っています」
前門の虎後門の狼とはこれのこと。孤島であるを度外視してなお、私たちに逃げ道など残されていない様子。どうしたものかと、空をも仰ぐ。
……ん?
「ツナ君、あれみて」
雲が低く流れた。掴めそうだなと手を伸ばした先。指海峡のはざまで、ほうきに跨がる人影をかすかに見た。まがうことなき、きゅうしゅうの魔術師だ。
「視察……。撃ち落とさなくていいのでしょうか?」
「いちおう戦争って形式で遊ぶんだ。宣戦布告なしの発砲は、のぞむところじゃないんでしょ」
かすかに安心したのか、ツナ君の緊張がほぐれたのを感じる。
「やっぱし、魔術師には死んでほしくない?」
「当然です。必要があれば殺すことも辞さないし、この手もきれいというわけでない。でも、そういうことじゃないでしょ。心ってものは」
「心をバカにすることが、大人になるってことなんだぜ。ツナ君は大人になりたくないの?」
「諦めることが成長というのなら、拙は愚かなままでいい」
「同感」
私だって、別に人を殺すことは好きじゃないよ。この時勢、あまりにも死に慣れすぎているだけで。忘れちゃいけない。私たちはまだ、十四と十三の、青少年少女なんだ。
「なら、どうしてあなたは戦争なんか!?」
「さぁね、意味なんてわかんない。私の選択に、“理由”がうまれるのはまだ先だもん」
ナニカが起こると確信しているから、何が目的かなんてしったこっちゃないね。
理屈を問わない行動原理は、他者より一歩先へぬきんでる原動力となるんだ。ページをめくらなきゃ、物語が進まないのと同じでね。
「ミツキ。拙はあなたの親友です。けれどミツキに“必要性”が生じたのなら……」
私が戦争へ挑んだばかりに、ツナ君の心を傷つけるようなことがあれば。彼は容赦なく、私を殺すのだろう。憎む世界と同種の理不尽に値するからだ。
「意義があるなら戸惑うな。魂が命じたなら過つな。私の命はとっくに、君のものなんだぜ?」
ならあるだろ、捨てる権利くらい。
「あと、勘違いしないでよってやつだよ。別に私はこの戦争で、君に人殺しをさせるつもりはないんだからね」
ツナ君の白を守るためなら。私が“万”の黒を背負ってあげる。君のあまいフレーバーな本懐に、とろけちまおう。
成せたら面白そうだしね。戦争という大舞台、不殺、世界情勢を大きく揺るがすなんて絵空事。
「でも、空はいつだって綺麗だ」
「お前ら、何を駄弁っている。必要な情報は得られた。これより本軍と合流するぞ」「あいあいさー」
荷物を片付け後進するかたわら、より理解の明度を深める作業にいそしむこととした。
「つか、どうしてあわじ争奪戦に、ちゅうぶときゅうしゅうだなんて、半端な立ち位置の国が矢面にたっているのさ」
それこそ、死國とちゅうごくならいざ知らず。
「個人間での思惑はどおあれ、死國は“錬金術”の
戦争ごっこにやっきになっている、きゅうしゅうと、ちゅうぶがこの地でまみえるのは、ならば必然というわけね。
「そも、各国の実態だとか、私はことさら興味がもてなくてさ。しかしだ。無知が罪であることには変わりないもん。戦争に介入するっていってんだ、そろそろ理解が必要なんだよね」
「現在の日本列島は、およそ八つの区分に大別されています。上から順に、『永世中立国ほっかいどう』『墓場とうほく』『未来都市かんとう』『原理帝国ちゅうぶ』『禁忌』『死國』『神ノ國ちゅうごく』『魔術教室きゅうしゅう』」
魔女が列島以外すべての大陸を沈めたことは私でも知るところ。
中立国を省いたのこり七つの区分も、それぞれが一枚岩というわけでなく。
かんとう、ちゅうぶ、禁忌、ちゅうごくの神道陣営。
対する、とうほく、死國、きゅうしゅうのバサラ陣営という二大勢力が、いまもなお覇権を争い続けている。
「ちゅうぶは特例的に、霊源の操作が行えない“旧人類”のみで構成された国ですが。その他諸国は、“術式”を兼ね備えた“新人類”が実権を握っています」
それら術式の“差異”こそが、かつて一つであった日本列島内において、厳格な分断を生じさせた所以でもあった。
「墓場とうほくの『降霊術』。未来都市かんとうの『妖術』。現在は禁忌で括られている、かつてかんさいの『精霊術』。死國の『錬金術』。神ノ國ちゅうごくの『呪術』。魔術教室きゅうしゅうの『魔術』。これらを総じて“術式”と呼称し、位階序列が制定されています」
第壱位呪術。
第弐位妖術。
第参位精霊術。
第四位降霊術。
第伍位錬金術。
第陸位魔術。
とうぜん最下位である魔術よりも、第壱位である呪術のほうがはるかに強力で。一方この順位は“扱いやすさ”のバロメーターでもあり。高順位であるほど制御が難しいという一面もある。額面通りの評価にとらわれるのは愚かな一考。魔術教室より神ノ國のほうがすぐれていると、一概にはいえないからだ。
いちいち面倒くさい設定だな! 誰だよ考えた奴!
「魔女の思惑でしょう。かならずきゅうしゅうでは魔術師がうまれ、ちゅうごくでは呪術師がうまれています。この法則に例外はなく、とうほくでうまれた拙は、なので降霊術師です」
世界に秩序がなく、混沌である理由はそれだけにとどまらない。霊源を有さない、本来最弱国であるはずのちゅうぶが、ほぼすべての諸外国に対しプレッシャーをかけられているという事実。
これこそが魔女ですら予想できなかったであろう、現代勢力図のもつ意外性なのだ。
M災以前の旧世界を模倣し作り上げられた帝国の治世は、他国よりはるかに堅牢なもので。富国強兵。独裁的な圧政と、反して整った福祉とインフラは、豊かな人口、資源、資産として国力に還元されていた。
巧みな外交力もあってか、ほっかいどうの油田から産出される原油と、自国内の天然ガス、および石炭をちゅうぶのみで独占し。大陸が沈み、化石燃料の輸入が不可能になってしまったことによる、各国の文化的後退。それをわずか“百数年”でおさえることができたのは、全世界が評価するところだ。
ちゅうぶは以来二十世紀前半の科学力を維持。比較的新しい人工兵器、例えば“銃火器”をもちいた軍事力は、術式に依存する新人類と大差なく脅威であれた。
百戦錬磨の能力者であったって、だれも銃を笑わない。
魔術を得。錬金術を得。降霊術を得。精霊術を得。妖術を得。呪術を得た新人類であったとて。ひとしく鉄砲は怖いものだ。私だけがびびらん!
「ひとつ、おもしろい言葉があります。『魔術教室と原理帝国の勝敗が、世界の勝敗である』。そう揶揄されるほど、二つの列強国がもつ力は絶大だということです」
もちろん他国であったって、見劣りすることのない軍事力を有してはいる。しかし、武力だけが国の権威を示さないように。
政治的、および経済的観点でものごとをとらえた場合、この二カ国はやはり群を抜いている。そもそもの人口比率が、他国とは比べものにならないのだ。
「原理帝国二千万人、魔術教室一千万人。二列強の人口の合計値は、他国すべての合計を百倍にしてもまだ足りません」
たとえ呪術師一人に、一騎当千の力があったとしても。マンパワーには変えられないということ。
「んなやばめな戦争に、首突っ込んじゃったわけだね」
「ミツキは魔術師でしょう? そのあたりの実情は拙よりも詳しいのでは」
「あら、言ってなかったっけ。私、術式なんて何も使えない、ただの人間なんだぜ」「お、お、お、お」
面白い驚き方をするなぁ。
紙袋にhumanのペイントを添えて。私は一切の異能をもたぬ、無垢なる乙女だ。
「ちゅうぶの産まれということですか?」
「んー。そのあたりの詳しい話は、生き残ったら教えてあげるよ。さすがに人前では話せんのさ」
私たちの会話はすべて監視されている。死刑囚なのだ。当然だろう。
「だから魔術の理屈はよくしらん」
「拙も降霊術師ですから、実態のほどはわかりませんが。魔術はもっとも力の弱い術式と言われています。だからこそ、“なんでもできる”のだと耳にもします」
力自体はたいしたものじゃない。けれど、望んだ現象のすべてを再現可能である魔術のありかたは。原初の魔女が使用していたとされる、『魔法』によく似ているという。
「んー、この話はやめにしよう。どっかのだれかに説明してあげてるみたいで、気乗りしないよ」
「? 拙がミツキに説明しているのです。当然でしょう」
そんなのはね、世界の声にでもやらしとけばいいんだよ。ほら、しゃべれよ。
【二列強における戦争にのみ、列島戦線の名はあたえられ。否が応でも世界情勢を左右することになる戦いを、世界中が固唾をのんで見守っていた。ミツキとツナは何を思い、なにを望み列島戦線に挑むのか。二人の物語は、まだ始まったばかり】
あら、今日のお話はここで終わりか。えらく無理矢理にしめるもんだ。
こりゃどうやら、次話は戦争だな
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