第5話 大人の仕事

「拙はうまれついて、脳に重い障害を抱えています。心が動くと、その差異、その色調にかかわらず。涙が反射的にあふれてしまうのです」


 怒り、悲しみ。喜び、とまどい。彼の涙腺は激情の種に起因せず、感激にひとしく涙する。だというのに人並みに感動できてしまうから、ツナ君は泣き虫なのだ。


「前頭前野に刃物をつきたてて。涙で滲んだ視界の先でしか、素敵を直視できない」

 それがいやで、感情を押し殺したみたいな似合わない仏頂面を、いつも引っさげているんだね。私と同じで、ろくに笑うこともできないから。


「拙は今、泣きだしそうです。ほんとうに、こんな“作戦”がうまくいくというのですか?」

 夢をかなえるため。ひとまずの足がかりとして、私たちは“戦場”へ赴くことにした。私の判断に対して、つよい拒否感をあらわにするツナ君。


「確たる目的と合理性、あとは成功体験。この三要素があれば、人は無敵になれるんだって」

「誰の言葉ですか?」

「私」


 いくら無茶な未来でも。可能性だけで片付けられない筋書きへ。一緒にあるこ?


「ツナ君の目的はなんだい?」

「世界への復讐」


 ツナ君は世界に対し、つよい憎悪を抱いている。理由はさだかでないが、単身危険な敵国に潜入し。虎視眈々と致命を狙う様は、なるほどリベンジャーらしからぬ知略と知覚、ある種ゆがんだ決意があった。


「ミツキ、ゆえに合理の是非を問いたいのです。なぜ『参戦する』などと、無意味な策をろうじるのですか」


 覇道の夢が、戦場にたつ動機にならないと? ぬかせ。


「一つ確認しておきたい。ツナ君の敵は誰だい? 神道陣営かい?」

「ちがう。世界の在り方そのものです。神道陣営は敵国ですが、拙個人の『仇』ではない」


 ツナ君にとって戦争に意味はなく。根底たる『世界滅亡』に、銃口を向ける意義もない。


「だからこその“舞台”なんだよ。私たちにとって、“戦争”はテーマになりえないんだ。たまたま生まれた時勢が、戦乱の世であっただけにすぎず。でもね、ツナ君。これは非常に幸運なことなのだけれど──」


 合理とは、目的にかなっていれば、人為や倫理にとらわれず、ロジカルを執行できてしまう価値観の呼称。


「戦争ほど、世界情勢に直接的影響を及ぼせるイベントは、ないと思わないか?」


 その気になれば、一国を滅ぼすことすらできてしまう。文化の殺戮が許容された唯一の能動的行為こそ、戦争そのものなのだ。「ばんばん!」


「……舞台であって、テーマじゃない。だからといって、“利用”しない所以もない。なるほど、合理性をもとめるのなら、戦争は一つの手段として、アリですね」


 確たる目的。論理に裏付けされた合理性が出そろった。あとは──。

「成功体験。実はもうあるんだよ、君の目の前に。私ほど戦争を利用するに長けた者は、そういないんだぜ」


 私は主人公だ。数字で語られる戦死者と、年表で論ぜられる歴史の中にあって、ゆいいつ私だけが特別製なのだ。


 教科書に太文字で記されることだろうミツキの黒は、戦争という大局を、いきなりもって戦場という主観へ切り替えられる。


「なにせ私は、ツナ君に“出会う”ためだけに」

 最高という可能性に巡り合う。ただ一つの目的のため。


「“戦争を利用”して。きゅうしゅうから、ちゅうぶへ、旅行に出かけた女だぜ?」


 戦時下において国境は固く閉ざされ。されど戦場においてのみ、パスポートの提示は必要ない。遠方の友達予定に会いたくて。戦争という“侵略”に乗じ、徒歩で来た!


「でもそれは、ミツキの話であって──」

「ツナ君。親友の成功を、自分ごとのように喜べる人が、私は好きだな」


 ポロポロ。彼は泣いてしまう。

 意見の食い違いはある。けれど。最奥の感性が一致しているから、彼は私を否定できないのだ。

 私たちは、『魂の声』を第一原則においているもん。 


 ミツキを再認識し、感激しちゃったんだね。ツナ君、私の示した道のほうが、『楽しそう』って。魂は叫んでいるんじゃないのかな?


「はぁ。わかりました。拙、わがままいいません。行きましょう」

 怖がる手をつかみ、私たちは大通りへ。とうぜん軍人が闊歩しているため、逃亡の身をさらけ出すことになる。


 隊列を組み行進する彼らの前へ陣取り、歩みを無理にとめる。

「やぁやぁ諸君。なんだか今朝から慌ただしいね! ひょっとして、“戦争”かい?」

「なんだね君は!」


 空を見上げると、あいもかわらず鈍色にびいろで。秩序あるグレーの町並みは、兵士の口調と同じで堅苦しく。息がつまりそう。


「いやぁこまったな。なんだね君はって。どうみてもただの中学生じゃん。あと、お前では話にならんので、“上”の者にお目通りかないたい」


 街人は陰鬱な表情を浮かべながら、遅々と歩む。初冬の寒さより吐息は白く昇るというのに、うつむいたままに。

 誰とも目が合わないなぁと不貞腐れていると、バン。隊の後列、軍用車の扉が開けられる音を聞いた。


「お、ちっとは話のわかりそうな奴」

「分隊長。失礼、この者たちが進行の疎外を」


 男は見るからに威圧的な雰囲気をたずさえて。鋭い目つきが、刺すほどに私をとらえてくる。無精にのびたくち髭が、ほりの深い強面をより際立たせていた。


 さて、ここからはアドリブだ。まるで私の人生だ。ツナ君、うまくやってくれよ。


「大佐殿、発言の許可を」

 ツナ君が男に対し敬礼を行う。私は浮浪者そのもの、対してツナ君はまかりなりにも軍服で身を包んでいるのだから、彼の発言であれば傾聴すると踏んだようだ。


 ツナ君、君は一体どんな話術でもって、私を戦争へ導いてくれるのかな? 見もの。


「許可する」

「この者は死刑囚です。公開処刑のおり、逃亡を図った外患です」

 おっと? いきなりキラーカードを切るじゃないか。ぶったまげたぜ。


 側近が大佐の耳元でささやく。ツナ君の発言が虚偽でないと報告したのだろう。


「では、そこの死刑囚を確保し、私に差し出してきたと?」

「いえ、拙こそが彼を逃がした協力者です」

 おっと?? またしても君ってやつは──。


「拙は、墓場とうほくの人間ですから」

 おっと!?!? 


 服をまくり上げて、バサラ刻印をみせつけた彼は、眉一つ動かすことなく。堂々と大佐さんへ向き直っていた。

 敵国の諜報員は例外なく尋問ののち極刑。ツナ君の告白を皮切りに、数十人からなる分隊員の全員が、銃口を私たちに向けた。危機的状況だ。周囲の街人が何事かと、ようやく顔をあげ、こちらを静観している。


「私にはそっこく貴様らを処す権限がある。それは貴様らも当然把握している。であればなぜ、私の前に姿を現した」


 ……乗った。見越した通り、大佐さんは『話の通じる男』だ。

 ありがとうツナ君。君はリスキーなカードを切ってまで、彼を議題の席へ誘導してくれた。であればようやく、“私”の出番だ。力はなく、異能もない。口先だけが取り柄の、私の戦場がここってわけだ。


「そんなの、『殺してほしい』からに決まっているじゃん」

 発言権を持たぬ私の開口に、おしゃべりな銃口がざっと向くも、大佐さんが手で制する。


「ほう、死ぬのが怖くないと。ならばここで逝くか?」

「べつにかまわないけれど、誠意は汲んでもらいたいな。雲隠れすることもできたんだよ。でもこうして、君の前へ姿を現した」


「ふん、交換条件というわけか。だが、勘違いはするな。情状酌量の余地なく私は貴様らを処刑する」

「承知しています」

 ツナ君が発し、私を強く睨む。見つめるな、惚れるだろ。


「命の対価に、であれば何を求める?」

 話の通じる人との会話は楽しいね。つまり私は、『殺されてあげるから、頼みを聞け』と語っているのだ。


「参戦権。バサラ陣営との争いに、私たちも従軍したい」

「なにゆえ?」


「理由はさして問題じゃないよ。私たちは死刑囚で、かつ命を捨てるとも。決死の兵がここにあって、大佐さん。あなたは兵士のいちいちに、戦う理由を問うのかい?」

 由来はともかく。死を恐れぬ兵士であることこそが重要なのだと。


「断る。貴様たちを戦場に出すわけにはいかない。祖国への忠誠を誓わぬ者は、あるだけで危殆きたいだ。胸内の謀りにより、わが軍へ不利益をこうじられる可能性がある」

「正論だね」


 かたや死刑囚。かたや敵国の人間。いつ裏切ってもおかしくないし、こちらとてはなからそのつもりだ。


「それが“普通の軍”ならね」

「なんだと?」


「私は知っているんだよ。死刑囚のみで構成された、死を前提とした特攻部隊が、この国にもあることを」


 私はもとより特攻畑の女子。先の第八列島戦線時、最前線に立っていたからこそ。向かってきた顔ぶれの“決死”が、強烈な印象として残った。殺し合いやってんだ。考えることはおおむね想像がつく。


 あくまで予想の域を出ないカマかけだったが、大佐さんの当惑。どうやら図星のよう。

 私はそらんじる。『国への不忠をうたったからこそ死刑囚』なのだと。


「だとしたら大佐さん。国への忠誠心だとか、あるべき精神性云々の理屈は瓦解したね」

 かつこの国ののりが、私をより饒舌にした。


「原理条項一条。まさか忘れたわけじゃないよね?」


【一、ちゅうぶ国の招集命令および、志願意思は絶対順守にあり。何人ともこれを害すること適わず。反したものを極刑と処する】

 ありがと世界。


「私は法によりちゅうぶ国の“死刑囚”となった。かつ特攻部隊へ志願した。で、あればだ。私の意向を無視することは、明確な違憲となるのさ」

 死刑囚の兵役志願を拒む条例は、この国には“まだ”ない。われながら屁理屈こねていると思う。


「べつに今殺してくれてもかまわないよ。けれどその死を、“みんな”がみている。ともすれば大佐さん、あなたは胸張ってこの先を歩けるかい」


 大衆に身をさらけ出すことこそ目的だった。彼らの注視が私の暴論をより鮮明にし。モブあくたがミツキを観測することで、初めて地球は自転ができる。


「貴様らの思惑を許容する理由にはならんな」

「人意を無視する部隊があって、戦の“舞台”にあげろと私は言った。すればコチラの“真意”をも飼い殺すのが、てめぇらの“仕事”だろ♪」

「言いきっちゃいましたよ……」


 大丈夫、これでダメなら逃げればいい。さすがにツナ君は死んじゃうかもしれないけれど、なれば多いに泣いてあげよう。泣いてわめいて馬謖ばしょくごと切ればいい。


「……。貴様らは三つ、勘違いをしていることがある」

 大佐さんは指を立てる。一つ。


「ちゅうぶをなめるな。貴様らを処す程度の違憲であれば、わが祖国民は容易に黙殺する。真の正義とは何かを心得ているからだ」


 兵士たちの殺意が格段と増す。二つ。


「そこのとうほく民は現状死刑囚にあらず。現行犯であることに変わりはないため、戦時よりも早急な確保こそ優先される」


 ツナ君に尻を蹴られる。三つ。


「最後に、貴様らが発言した特攻部隊“独吟どくぎん”こそ、目の前にある我々だ」


「!?」

「わーぉ」


 あぁ、なんて偶然。なんていうほどの奇跡。これだから──、「らっきぃ」主人公はやめられない。


「それらを踏まえたうえで…………。総員! 原理条項末儀をのべよ!」


 銃を向けていた兵士たちが、洗練された動作でもって直立し──。

「「「戦場で死したものは、往来の歴に委ねられず。等しく『魔女』の天恵てんけいを賜る」」」

 呼応した。言葉の意味たるや。


【神道陣営のために戦って死したなら、誰であっても望むべく来世を獲得する】

 という、ちゅうぶのみならず、神道陣営の人間すべてが信奉する、『魔女の儀典ぎてん』であった。


「私は、お前たち二人に、戦って死ねと言おう」

 大佐さんは、あらゆる問題点を加味した上で、私たちの参戦を受諾した。


「なぜ?」

「私の仕事だからだ」

「なるほど」


 子供に仕事をしろといわれることほど、腹立たしい事実もないもんね。討論の勝因は、私が女子中学生であったから♪


「おこられちゃうよ?」

「私とてどうせ死ぬ」

「なるほどなるほど♪」


 いいね、そういうの! 私たちだけじゃない。この人だって、等しく壊れた魂なのだ。


「ぐすっ」

 ツナ君泣いちゃったね!?



【かくてミツキとツナの二人は、世界の情勢を大きく塗り替える歴史的一戦へ、身を投じることとなる】

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