第4話 拳のゆくえ

「戦争なんて、きらいです。ミツキみたいに運ゲーで。たとえば、じゃんけんなんかで勝敗をきめたなら、だれも傷つかないし、だれも死なないのに」

「それって面白いかね?」


「め、さめたんですね」

「はっはー……、まさかはずれ引いちゃうとわ。 いてて、どうして私生きてんの?」


 弾丸はあっけなく発射され、どたまに命中。神経系に熱を感じると、意識は暗転した。


 銃声が響いたのだろう、先とは別の路地に引きずられており。背中がすりむいて痛い。


「拙は降霊術師です。生者の魂をあえてとろうとは思いません。だから細工した。拙の銃はみな、霊源凝固体が撃ちだされるように組まれてあります。意識を刈り取るには有用ですが、殺傷力はひくい」


 降霊術師にかぎらず、魔法を源流とする異能を扱う者はみな、“霊源”なる不思議パワーに依存する。しかし霊源は、“術式”を通して初めて効力を発揮する力にすぎず、それ単体にさほど攻撃力はないのだ。


「ただ、射出するに必要な薬莢は従来通りの設計ですから。至近距離で弾丸を浴びれば、銃口からのマズルフラッシュでやけどは必至。紙袋、燃えちゃいました。変えときましたよ……」

「あ。なら見たんだ、私の素顔」


 死刑執行のときですら、外すことのはばかられた紙袋。内容物とくれば、直視にたやすいものでなかったはずだ。


「あれでは、ろくに笑うこともできませんね……」

 私に表情はない。過去にうけた拷問のおり、顔面をはがれているからだ。紙袋は、胸張って街中を歩くための、ある種大切なドレスコードってこと。


「拙と同じです」

「うふふ、それはうれしい」

 なにを思うか、体育座りで丸くなった彼は、膝に顔をうずめた。いらい言語を発しなかったから、私は尋ねることにした。


『死なないことが分かっていたのに、なして無意味な決意表明に付き合ってくれたの』と。

 なんだか物語がまっすぐ進みそうな問いだし。作者が用意した台詞みたいだから。やめておこう。


「でもさ、ツナ君。降霊術師に限らず。人は魂で笑うものでしょ?」 

「……。あなたは歪だ。魂のこぼれた空の器に、あとからアストラルを注ぎ込んだみたいな。透明度の違う外殻と内実が混在、隔たっている。でも、それぞれが海と空を真似て存在を主張しあうから。目が離せなくなる……」


「つまり?」

「魂の煌めきを見たいと思ってしまった、拙の負けです。トんだ施策に付き合って、思惑通り、ミツキに感応してしまいました」


「あはは、素直。可愛いじゃん」

「ただひとつだけ。あなたから、共感しえない物が香り立った。生きるか死ぬかの二択において、ミツキには一切のブレがなかった」


 自分がどうにかなってしまう転換点だというのに。心ゆれることなく、呼吸と同じ然として。命を秤に乗せることができていた。


「無感動に、トリガーを引けていた。なぜですか?」

「だって、ツナ君は降霊術師じゃん。かりに私が死んでもさ、霊体になって、ツナ君のお手伝いしようってきめてたもん。死ぬのも生きるのも、だとしたら私にとっては同じことなんだよ」


 六分の一が当たりなわけでも。残りの子たちがハズレというわけでもない。

 生死の意義はならば乏しく。私にとって、リボルバーの全弾まとめて正答だった。はじめから、勝ちゲーってこと。


 ツナ君はしばらく黙り。けれど、返事を模索しているのだと見て惚れたから。気を害すことなく、心地の良い静寂すらも楽しめた。


【しかしてツナの返事は、いがいやいがい、とんでもないものであった】

「拙に、霊体を使役する力はありません……。出来損ないの術師だから。だから拙には、これが必要なのです……」


 背のボルトアクション式歩兵銃をゆびさす。思えば、元来強力な術師が、どうして敵国の銃器をメインに扱うのだろうと不思議であったが。力なき者の知恵ってわけか。


 あら、つまり……?

「拳銃が実弾のままで。私が死んでいたら?」

「さよならでした」

 愕然とした。おのが間抜けっぷりに、ただ慄いた。深呼吸。深呼吸。


「主人公補正やば……」

 結果論、私の覚悟を示せたのだと。どうにか前向きにとらえることで平静を装う。


「……うふふ。私のこと、少しは好きになってくれたかな?」

「……最高です」

 ツナ君は泣いてしまった。ポロポロと流れる涙が陽にあてられ、きらりと反射。宝石が零れる。勿体ない。純粋な美しさのあまり、年甲斐もなく耽ってしまった。


「ぜんぶあとでいいです。損得勘定も。夢がどうとかも。ぜんぶ」

 恥ずかしくなって、レインコートのフードを深くかぶりなおして。けれど火照る頬は隠し切れないから。感情の向かうまま、飾り気ない心音を、彼は吐く。


「けっきょく根拠は見えなかった。でも、はじめて本気で向き合ってくれた人がミツキだ。はじめて、手放したくないと思えてしまったのが拙なんです」


 これまでの人生、たった一人で、世界と戦い続けてきた彼だから。初めての同胞に、震える心でもあったのかな。

 うれしくなっちゃった? 緩んだ口元から、かすかな泣き声が溢れているよ。


 とめどなく湧きだす涙を拭おうともせず。唇をかんで、なけなしの勇気を振り絞って。ツナ君は姿勢を正し、私を直視する。

「ミツキ。友達になってください」


 さし伸ばされた手がやけに健気で。尊さに悶えそうになる私がおかしくて。いじらしいから、いじわるしたくなっちゃった。


 少年の懇願、白く震えるてのひらを、力いっぱい叩きつける。あっけにとられ、一瞬絶望が色めき立つも。再度つきだした拳に困惑したか、色とりどりの表情。お姉さんは満足。


「男の子。『ください』じゃなくて。『なれ』のほうが、かっこうがつくよ」

 すこしと笑うと涙もやんだか。ツナ君は真摯な面構えで拳をぶつける。

「ミツキ。拙の、友の名です」

「いい名だね」


 やっぱり、無茶してよかった。『ください』も、『なろう』すらもすっ飛ばして。私たちは、親友になれた。つまるところ。


 物語が加速する──。



「んじゃ、いこっかツナ君。喧嘩売りに」

「誰に?」

「ぜんぶに」

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