第3話 泣き虫とレインコート

 四半刻ほどの逃亡劇の末、どうにか追っ手をまくことに成功した。

 死刑囚を取り逃すなど、軍部はなんて無能かとあざけるべきか。はたまた、“ご都合主義”こそを武器とする私が希有な例であっただけのことか。


 いまは路地裏の中にあって、人よりもドブネズミのほうが友達になれそう。みあげると、鉄筋コンクリートのビルディングが冷たく見下ろし。歩列をなした軍踏の音が、ドタドタと表から聞こえてくる。ひと気はなく、しばらくは身を隠せそうだ。


「初めまして。世界を壊したい、拙はツナ。あなたは?」

 握手をもとめられた。迷いなくとる。繊細なみてくれのくせに、血の通う朗らかな熱を感じる。ツナ、ツナ君。

「ただのミツキだぜ~。ところで、どうして私を助けてくれたのかな?」


 原理帝国ちゅうぶはM災前期の日本をモデルに、文明のすがたを模倣することで、軍事主義を築き上げてきた帝国と聞く。


 第二次世界大戦時において使用されていた軍服と、同じモデル。レインコートの下に見え隠れした深緑色が、ツナ君の個性をも殺していた。


 一方私とくれば、ボロボロの襤褸ぼろに、紙袋といったいでたち。どうみてもまともでないと自賛するが。ツナ君は先の演説にほだされるほど、明け透けな人柄にもみえない。


「助けたのは、いちおう、盟友のよしみだからです」

 彼はおもむろに衣服をまくりあげ、思わず目を見張る。わき腹に、ちゅうぶと敵対しているはずの、“バサラ陣営”の刻印が施されていたからだ。バサラ刻印は血の紋章でもあり、簡易曼荼羅が赤黒く刻まれている。


【『ちゅうぶ』『かんとう』『ちゅうごく』『きんき』の“神道陣営”】

 相対する──。


【『きゅうしゅう』『とうほく』『しこく』の“バサラ陣営”。二つの陣営は五百年にもおよぶ争いを繰り広げており、いまだ終戦の兆しを見つけることができないでいた】


 ようは日本列島内に二つの勢力が分散しており、五世紀ものあいだ、戦火が絶えず燃え続けているということ。先のきゅうしゅうとちゅうぶの戦いなどいい例だろう。


「拙は、とうほくの“降霊術師”です。きゅうしゅうの民に助太刀するのは当然かと」

 とうほくと、きゅうしゅうは連盟国であり。

 私がきゅうしゅうの捕虜であったから、“魔術師”だと誤解してくれたのだろう。


 諜報員なのか、外患誘致をもくろむテロリストなのか。詳しい実情の見当はつかないが。敵国に潜入しているツナ君が、リスクを冒してまで助けてくれたのはそれが理由だ。別に死ぬのが私でなくとも、彼は動いてくれていた。


「ありがとね」

「拙はミツキを助けただけ。ならば話を次の段階へ進めましょう」


 夢の手伝いをしろと私はいった。そしてツナ君のために死ねるとも。ようは取引だ。


「メリットがみえませんね。あなたの命ごときでなにができる?」

「んー、難しい問題だね。私単独の戦闘能力は皆無だし、後ろ盾もない。『ミツキ』の真価を発揮するのは未来であって、今語るのは悪魔の証明にちかい」


「なおかつあなたは面が割れています。共にいるだけで危険が伴う」

「だからさ、メリットデメリットの話しは終いにしようぜ?」


 どうやったって有益であるとの証明はできないのだから。

「好きかどうかの語りなんだよ、この議題は。ツナ君が私のことを好きになってくれさえすれば、損得勘定なんて度外視できる。でも、ツナ君は『ミツキ』をしらないじゃん。だから紹介したいよ~。君は私を知るべきだ!」


 彼に抱きつく。腰に手を回して。「みっけ」手の感触をたよりにソレを握る。


「これ、借りるね」

 ちゅうぶ軍が装備することを義務づけられている、リボルバー式の拳銃。取り回しにたやすく、急を要する事態における、迅速な対応が可能となる。拳銃は軍部に重宝されているとともに──。


「リボルバーは古来より、とあるゲームにかかせない道具でもある」

 いまはなき古の国。北の強国の名を冠した遊戯こそ──。


「ロシアンルーレット。説明は不要だね」

 シリンダーから一つだけ弾丸を抜き取り、これを回転させる。どの薬室に弾が込められているかの見当をなくしたところで撃鉄を起こし、こめかみに銃口を押し付ける。


「装弾数は六。ミツキは死にたがりなのですか?」

「ちがうよ。怖くないだけだよ」

 六分の五。命をかけるにしては、ちと品格に欠けている。終わるつもりなど毛頭ない。


「ツナ君、ある? 一度でも。自分だけを特別にしてくれる人に、であったこと。じゃじゃーん、私ですよ! 私は今、ツナ君のために生きているんだよ!」


【無かった。ツナは誰かのために命を懸けることのできる男だが、誰かにそう思わせられるほど、人に寄り添っていなかった】


「今からそれを証明する。ツナ君に気に入ってもらうためなら、引き金を握ることができる」


『あなたのためなら死んでもいいわ』を、証明するには、懸命が手っ取り早い。


「どうして拙なのですか──」

 本来何年もかけて勝ち取るはずの信頼を、駆け足でとりにいこうね。


「きっと君は、十秒後の私を好きになる」

 じゃあ、いくね──。


「まって、ミツキ! 最後にあなたの“夢”を聞かせてほしい!」

「ふむ」


 夢、ね。そんなの、いたってシンプルなものなんだよ。


 主人公であれば、勇者として世界を救えるし、魔王として星を壊せる。主演なら、未来永劫語り継がれる名声を得るし。主役なら、全人類を救うメシアにもなれる。

 主人公なら、主演なら、主役なら。きっとミツキなら、どんなバカげた夢だってかなえられる。


 でもさ、思っちゃったんだ。『主人公にしかできないこと』、してみたいなって。勇者でも、魔王でも、英雄でも、救世主でもなく。主人公にしかできないこと、例えば──。


「物語を否定したい」


 主人公だからきっと世界は。主人公だからきっと作者は。用意してある。面白おかしい運命を。驚天動地の宿命を。抱腹絶倒の天命を──。


 いらない。


 私は、“全部を否定”したい。

 そんなの、主人公にしかできないことだ。許されないことが、私ならできちゃう。


 未来は楽しそうで、明日はキラキラしているよ。けど、従うばかりが私流じゃないもん。


 見通しの立たない冒険のほうが好みだし、標識が建たない道こそ心おどる。

 目を閉じて、暗くなったほうが、歩くのは楽しいでしょう? 大前提──。


 私は主人公であるが、それ以前に、夢見がちな少女でもある。あたりまえに。年相応に。


 夢──。


 私を読んでいる“お前ら”の物語を拒絶して。

 私だけの“傑作”を物語る。私みずからの吟遊で、ミツキを物語る。

 だからまずは手始めに──。


【ミツキは知る由もなかった。ツナがのちに最大最悪の敵になることを。ミツキが愛した世界を、真向から破壊せんとするツナは。物語のラスボスに至る男であったのだ】


 悪役を、肯定することから始めてみたんだ。

「ツナ君の夢をかなえることが、私の夢だよ。手伝いたいんだ。ただそれだけだ」


 といっても、私のことなんて信じられないでしょ? だから私は、君に“覚悟”を示さなければいけないんだよ。飛び級でね。


 大丈夫。主人公だから、私は死なない。六分の一を引き当てて、ここで『引き』だよ。



 ──バン。



 こめかみに弾丸が命中した。おろ?

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