第2話 紙袋と死刑囚

 書き出しにまよう。どのような始まりが、素敵な物語を演出するのか知らない。でも、名作と呼ばれたストーリー群は、すべからく。すばらな冒頭を仄めかしているのだから──。


【ミツキは今、絞首台への十三階段をのぼっていた】


 曇天模様。すきまの青に、スゥーっと一筆、戦闘機の雲。

 軍事練習だろう、耳を澄ませば銃撃のはじける音が聞こえてくる。懐かしくもない、人が死ぬ音だ。


 原理帝国ちゅうぶは世界でゆいいつ、人工兵器を手放さなかった重火器の国。他国が魔法に陶酔するなかにあった排気ガスと火薬の香りは、民意をうき彫りにするようで。私はこの国が、きらいじゃなかった。


「原理条項三条、敵国の捕虜は交渉材料および可処分物と同等のあつかいとし、これにしたがい経済的絞首刑をとりおこなう」

「はは、ようはゴミってことだ」


 私は先の戦いで、魔術教室きゅうしゅうの突撃兵として軍部に編纂へんさんされた。のち、捕虜となる形で原理帝国ちゅうぶに囚われた。まもなく極刑に処されるのだ。


 死に対しての恐怖はない。私は主人公だ。なら、死に様はなんらかの“意義”をもつ。無意味はありえなく、はれて愉快な物語の一因となれる。


 数年前。世界の“声”が聞こえるようになって、己の特別性を自認した。主人公だから、“首に縄をかけられる”ことすら、わくわくできた。


「ばんごはんなにたべよ。あら? 夜とはもう遊べないっけ」

「死体が許可なくしゃべるな」

「こわいなぁ」

 ひたらせてくれよ、死に際くらい。


 処刑人がレバーにふれる。引かれたとき、私は死ぬのだ。

 この国の処刑は公開的で、観客が広場にちらほらと。すこし寂しく思うも、オーディエンスに“劇的”は潜んでいるのかな?


 どんな物語がはじまるだろう。あるいは、どうして物語が終わるだろう。

 “窮地”において、“何か”が起こる。それがメインキャストのさだめであれば。


 もやのかかった予感に手を伸ばそう。きたい混じりの羨望と握手しよう。洒落た表紙の、きれいな絵本を、初めて開くときみたいに。周りを見渡して──。


 一人の少年と目が合った。


 なんてことなしにそらした。

 瞳にかげりがあったから。魂の死んだ人間に興味が持てなかった。


【その少年が、世界の命運を大きく左右する者であると、このときのミツキは、まだ知らない】


「あ」だからこそ“転調”が。ふるえるくらいに、気持ちがいいのだ──。


 世界の声が、彼を“特別”だと指さした。私と同等、あるいはそれ以上の登場人物であると。


「がらり」

 がらり。


「どんでん返し」

 くるくる。


「どかん」


 音も、色も、感動すらも、日々にハイライトを照射する。ただの景色に、エフェクトがかかる。無感動に見上げた空が、思ったよりも美しかったときのような。産まれてきてよかったと、それだけで思えるみたいな。こまやかな高ぶりをひきつれて。


「さいごになにか言い残しておきたいことはあるか」

 ふさわしい言葉は何だ。運命の変わるキッカケはどこだ。


 書き出しにまよう。どのような始まりが、素敵な物語を形成するのか知らない。でも、名作と呼ばれたストーリー群はすべからく。すばらな冒頭を仄めかしているのだから。


「私の命も。私の未来も。私の物語の全部を君にあげるから。私の“夢”に、付き合ってはくれないか! 少年!」

 誰かに向けた慈悲の言葉は、みじめな懇願として笑われた。

 けれど。嘲笑のなかにあって唯一。少年だけは、真摯に私の言葉に耳を傾けてくれていた。なぜか。同じだからだ。


 少年も。

【ミツキも】


 等しく価値観を“ぶっ壊して”やりたいって、いつだって願っている。

 どうして気づけなかった。ばかだな、私は。


 ほら、気味の悪い正義にあぐらをかいた、倫理だとか条理だとか“きれい”なもののあらかたに。少年の死んだ目は、恨みとそねみと。怨嗟のまなじりでもって、“睨みつけて”いるじゃないか。


「私なら、くそったれた日常に“ひ”を演出できる」

 非だとか。灯だとか。あるいは否。


 確かめよう。私という価値を投じてなお、彼が釣り合う器であるのかどうか。

「私なら、君の物語を“楽しく”できる」


【なぜならミツキは、主人公だから】

 かっこいい言葉だ。

 けれど。取り繕った偶像は、本物に響かないだろうし。口当たりがよくたって、真に届くのは魂だけでしょう? 


 ので、言い方を。表現を。ほんの少し変えてみる。

 主人公の別解。


「私は、『君のためなら死ねる』ぜ?」

 主人公とは物語のためなら、命を散らすことすらいとわない者の名だ。本気で私は思うから、彼のためなら死ねるんだ。

 ならばこそ──。


「えい!!」

 死刑執行のレバーを、自らで“蹴っ飛ばして”やった。

 カラクリ板が開く。自重にまかせて落下する。


 さぁ選べ。助けるのか否か。物語を始める覚悟があるのかどうか。


 どちらに転んでも。吊られても? お前の死んだみたいな魂に、衝撃を刻みつけてやる。


 バーン!! と。


「あは……、あはははは!!」

 懐かしくもない、人を殺す音が聞きこえた。


 私を救う音だった。少年の銃撃が、縄元を射貫いた。

 こちらにかけよる少年。あぁ、助けてくれてありがとう。あぁ、生き延びて本当によかった。心と海馬、感動する。


 なぜなら少年が、空恐ろしくなるほど。

 大衆が不幸者であると、なげやりに示唆できるほど。

 完成された、“美”、そのものであったから。


 少年は泣いていた──。

「そのツラに恋をした!」


 没個性的な黒眼は、だとしても美貌の華で。長く伸ばし、束ねられた黒髪は、あたりまえのように艶やかで。色素が薄いからこそ、泣きはらしたカオですら画になって。


 暗緑色のレインコートが包む、細い肢体は、今にも折れてしまいそうなのに。

 不釣り合いな大きさの、木調、“ボルトアクション式歩兵銃”を構えた立ち姿は──。

 断言する。私の人生において、もっとも心躍るトキメキだった。


「私は君が好きだ! 友よ!」

「お姉さん! 初めましては後ほどに!」


 君は、声音ですら透き通っているんだ。

 あぁ君は、かけがえのないメインキャラクターになってくれるんだ。


 銃の先にとりつけられた銃剣で縄を断ち切る。

 あいた両手が、抱きしめたくなる衝動をこらえきれず。兵士の幾人かが武器を構えたというのに、場違いにもしがみついてしまう。


「そのまま、離さないでください!」

 霊源で身体能力が強化されているのか、自分よりも大きな私を抱え、少年は駆け出した。目を見張る速度で脱兎するが、兵士もすでに銃撃を開始していた。


「あは、あはは! 始まるんだ、私達の物語りが!」

 紙袋とレインコート。泣き虫と死刑囚。二つの“特異点”が、今交わった。

 喝采に喜び、両手を例のごとく大きく広げる。


「お姉さん!?」

「当てられるものなら」

 止められるものなら。

「やってみろー!」


 兵士はプロだ。狙いは正確無比。銃弾がこびんをかすめる。だが、恐怖はなかった。当たるものか。殺せるものか。たとえそれが“魔女”であってもだ。


「今の私たちは無敵だぜ?」

「ですね」

 少年はくるりと前宙し、浮遊感におどろく。


 バン、バンと二発。少年はなんと、宙返りを行う動作のさなかに狙撃を行い。これをみごと成功してみせたのだ。わお!

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