主人公は紙袋

海の字

第一章 紙袋は核弾頭

第1話 私は主人公を知っている

 私は主人公を知っている。

【一人の少女が戦場のただ中にあった】

 ほら、こんな声が聞こえてしまうのだから。世界の“声”が聞こえてしまうのだから。


 この星の主人公が自分であることを、私だけが知っている。

 これからはじまる物語。どっかの誰かが見ているであろう物語。よく覚えておいて。

 

 ──主人公は私だ。


 私は世界に愛されている!!


「そこの紙袋! あぶないだろう! かがめよ!」

「大丈夫。私、主人公なのだ!」


【少女は戦地にあって、ただひとり笑っていた。頭からかぶせられただけの紙袋化けの皮は表情をおおうも。男にはしかと、少女の微笑みがみてとれた】


「ほら、わけわかんないナレーションが聞こえてしまう。世界の声が聞こえてしまう。なので私は死なないんだよ」


 主人公が、プロローグで死んでたまるか。たとえどんなに激しい戦地であって。何を犠牲にしようとも。

 主人公である私にだけは、絶対に死などやってこない。

 ゆえに。雨のごとく降りしきる銃撃に、おびえる必要なんてどこにもない。


【少女の名は『ミツキ』。齢を十四とした、“死刑囚”である。罪を犯した少女は、もっとも死亡率のたかい最前線へ送られ、いまやその命を燃やそうとしていた】


「自己紹介ありがとう! さぁ、君も立てよ! 私のそばにいれば、運良く“脇役”くらいにはなれるかもしれないぜ!」

「おまえ、なにをいって──」

 次の瞬間、男はこめかみを銃で撃ち抜かれて。あっけなく死んだ。


 彼の死因は、塹壕の死角にはいりきれていなかったことじゃあない。

 戦争のただ中で、気を散らしていたことでもない。


 単純に、“主人公”ではなかったから、死んだのだ。

 脳漿のうしょうがド派手にはじけ。べとりと返り血る、紙袋なので関係ない。


「着飾らしてくれて、ありがとう」


 すこしだけ、血でおしゃれになれた。彼の生まれてきた理由に、どうもありがとう。


【秒間数千発放たれる機関銃掃射は前線を膠着こうちゃくさせ、錆び鉄の地獄を演奏していた】


 でも、私は主人公だから!

「今は死なんでしょ!」


 鹵獲ろかくしたスモークグレネードを放りなげて。塹壕を飛びだして。“両手”を大きくかっぴろげる。


「あは!」

 銃弾のカーテンコールによばれるまま。軍服にかすろうが、肩口をえぐられようが、しったこっちゃないと笑って──。


【魔術教室きゅうしゅうの軍勢一万に対し、原理帝国ちゅうぶの敵軍百万。この戦いを人類史は、“第八列島戦線”と名付けることとなる】


 けれど! 百万人の一斉掃射であったって! 『主人公補正』で死なないんだよなぁ!


「あはは!!」

 私はあるく。幼子が蝶をおうようにして。

 弾丸は命中することなく。爆発と煙幕ですら私を演出し──。


「気持ちいいぞぉ!!」


【その渦中にあって。ただひとり前線を突破した少女がいた。人々はのちに、少女を“核弾頭”と忌み嫌うことになる】


「まぁ私、異能も魔法もなんもない、ただの女の子なんだけれどね!」

 主人公であったなら。


 女子中学生が戦場でピクニックできちゃうなぁ~。

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