第9話 目覚めの〇〇

「あ、浅木さん。俺のことを盾みたいにして隠れるのやめてよ。怖いのはお互い一緒でしょ? ここは二人で怖さを分かち合おうよ」


「なに言ってるの。怖いのは成哉くんだけ」


 か細く、震えた声。震えた体。


 俺も同じように怖い。ガクガク膝が震えてるのが自分でもわかる。すべて放り出して逃げたい。

 でも、浅木さんの弱い部分を見てると守りたくなっちゃう。


「怖いのは俺だけってことでいいからさ……。とりあえず部屋の角に移動しない?」


「賛成。外に出るとおばけが追ってくるだろうし、それが一番いい」


 俺たちはダンボールが敷き詰められている部屋の角に移動した。    


 ……が、浅木さんと異様に距離が近い。

 首元にふぅふぅと、落ち着きのない息がかかり。背中には2つのナニカが当たり。太もも、腕と密着度が高い。  

 一歩間違えたら抱きつかれてるみたいになる。


 だがそんなことに、おばけに夢中になってる浅木さんは気付いていない。


「おばけのくせに成哉くんのことを怖がらせて、許さない。絶対許さないから!」


 浅木さんは空のダンボールを被って、落ちていた筆を前に突き出している。

 

 なんなんだ。この状況は。

 浅木さん、おばけに筆で対抗できないよ。

 

『ふふふ。あなたのことを助けようって必死になってるのよ。可愛いじゃない』


「盾にされてるんだけどね」


『怖がりなんだから仕方ないのよ』


「俺も怖がりなんだけど」


「な、成哉くん。さっきから喋ってる相手、声だけ聞こえてきて姿は見えないんだけど」


「……へ? ま、じ、じゃん」


 指摘されるまで気付かなかった。

 俺は誰と喋ってたんだ? 

 あの女性の声は誰なんだ?

 同年代っぽい、若い女性の声だったんだけど……。

  

『私がおばけだって可能性も考えてほしかったな』

 

 声と同時に、目の前に半透明の女性が現れた。


 真っ黒な長髪。顔は長髪で全部隠れてる。

 俺たちと同じ制服。

 足が地面についておらず、浮いてる。

 

 俺はこんな状況を前にして。

 最近の3D技術はすごいなぁ〜なんてことを考える余裕はなかった。


「あ、あ、あ、浅木さん。見えてる?」


「な、な、な、成哉くん。見えてるよ」


『はははっ。あなた達、二人してバカになってる』


 おばけに笑われてる。


 同時に後ろにいた浅木さんが、俺の体をガッチリホールドした。動けない。

 体の震え。体の密着度。吐息。

 

 おばけが怖い。

 抗えない男の本能。

 

 この2つを前にし、俺は今起きてることが意味不明すぎて思考を放棄した。

 

「バカだって。ははは。バーカバーカ」


「ちょ成哉くん! 目の前におばけがいる状況で、私をおいてかないでよ! 怖いのは分かち合いたいんでしょ!」


『大丈夫。安心して。頭の中を覗いてみたら、この子ただ思考を放棄しただけだから』


「ど、どうしたら成哉くんもとに戻るの?」


『もう。そんなこと言わなくたってわかるでしょ。永遠の眠りにつこうとする王子様をお姫様が救う、定番方法はなんでしょ〜か?』


「キス」


『正解!』


 ……え? 俺これからキスされるの? 

 たいしたことないよなんて言える空気じゃない……。


「してもいいかな」


『うんうん。いいよいいよ』


 なに勝手に許可出してんだぁああああ!!


「ふぅ〜」


 浅木さんは正面に移動してきた。


 顔を伏せていて、どんな表情なのかわからない。

 両手の平を合わせ、俺に向かって拝んでいる。


 なにがしたいんだろう? 

 わからない……が、不思議と嫌そうな空気を感じない。これは逆に緊張してる空気だ。


『ふふふ。ふふふ』


 真横に移動したおばけが嬉しそうにしてる。


 全部このおばけに仕組まれてる気がするのは……気のせいなのかな?

 

 こんな状況こそ思考を放棄して流れに任せたいけど、できない。


「じゃ、じゃあするから」


 一歩前に出て、両手を俺の頬に添えてきた。


 手の平が氷のように冷たい。

 でもまだ顔は近くない。


 果たしてこのままキスされちゃっていいのかな?


 いや。それを決めるのは、浅木さんだ。

 いくら俺が思考を放棄したからって、それがキスで解決できないことはわかってるはず。

 その上で、キスをしようとしてる。


 もうこの際だ。

 俺に主導権がないんだし、任せよう。


 すべてを浅木さんに委ねた結果。


 俺のファーストキスが奪われた。


「あっあ、あれ? 起きない……」


『もっともっとしないといけないんじゃないかな?』

 

 浮ついた声のおばけ。

 こいつ、絶対俺のことわかってて言ってるな。


 このままだと更にキスされるかもしれないけど……。

 さすがにそれはやめておこ。


「っは! あ、浅木さん。俺は一体今まで何を……」


「成哉くん! よかったぁ〜。このまま起きないかと心配しちゃったよ」


「ごめん」


 嬉しさのあまり、氷姫のキャラが崩れてる。

 今にも泣きそうな顔だ。

 キスできるかもしれないって思わず、もっと早く起きるべきだった。

 こんな悲しませてるなんて思わなかった。


「本当にごめん」


 騙してキスさせるなんて、最低な男だ……。 


「いい。起きてくれたからもうなんでもいい。おばけさんも提案してくれてありが」


 真横にいたはずのおばけが姿を消していた。 

 教室を見渡すが、どこにもいない。


「いいおばけもいるもんだね」


「……本当にいいおばけさんだった」


 その後、キスをしたということはなかったことになり、麻木さんはすっかり氷姫に戻り。


 俺たちはおばけの話題で話がもちきりになった。

 



 

 おばけに会ったり。ファーストキスが奪われたり。

 この空き教室で色々あった。けど、もう出ていく。

 浅木さんの手伝いもあって、白紙を探し出すという本来の目的は達成したのだ。 


 あとは白紙を職員室に届けるだけ。

 ……なのだが。

 俺の制服が後ろから引っ張られていて、動けない。

 浅木さんが引っ張ってるのはわかってる。


「ちょっと待って」


 聞き覚えのある甘い声。

 

 反射的にドアを閉めていた。


「私が空き教室に来たのは、その、成哉くんが来るって盗み聞きしたからなのっ。……もうちょっと二人っきりでいよ?」

 

「は、い」


 先生に白紙を届けないといけない? 

 そんなの知ったことか!


 こんな甘デレ姫の誘い、拒否できるわけがない。

 

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氷姫と名高いクラスメイトを痴漢から助けたら、俺の前だけデレる甘デレ姫になった。 でずな @Dezuna

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