第8話 空き教室で

『また明日』


 俺はそう言われてから、浅木さんの声が頭から消えなかった。文字通り、無限ループだ。


 一体明日はどんな日になるんだろう?

 そう思い始めて、一週間が経っていた。


 この一週間。一度も浅木さんと喋ってない。

 普段と変わったところといえば、授業中よく浅木さんと目が合うことくらい。

 

 あの日のことはたまたまそういう気分だっただけで、なかったことになってるんじゃないのか……?


 そんな疑心暗鬼になった俺は今。


「えっと……ども」


 物置のようになってる空き教室で、浅木さんと二人っきりになった。

 

 カチッカチッと、秒針の音がやけにうるさい。

 重力が普段の十倍重く感じる。


 無意識に二人っきりという状況を、浅木さんが甘デレ姫になったときと当てはめているのか、緊張が半端ない。

 心臓の鼓動もうるさい。


 って、俺は浅木さんと二人っきりになるために来たんじゃないんだ。


「浅木さん。先生によるとこの部屋のどこかに大量の白紙があるらしいんだけど、どこにあるかわかったりする?」

 

「さあ? 知らない」


「だよね。探し物をしてる最中にごめんね」

 

「……いい。ちょうど話し相手が欲しかったところ」


 お互い背中を向けていて、顔は見えない。

 冷たい口調。冷たい空気。

 でも、声から嬉しそうなのが伝わってくる。  

 

「話し相手なんて、いつでもなるよ」


「そっ」

 

 素っ気ない返事。けど、温かみを感じる。

 氷姫でもなく、甘デレ姫でもない。


 これが浅木さんの素なのかな?


「話し相手になるなら、話題提供して」


「あ、えーと……。浅木さんはこの空き教室でなに探してるんですか?」


「別に。何も探してない」


「えっ? じゃあなんでここに?」


「知らない」


 振り返ってみると、浅木さんは背中を向けたまま顔をぷいっと横に向けていた。

 

 不思議だ。

 なにか言えない理由でもあるのかな?

 もしかして俺に会……いや。それは自意識過剰か。

 喋れて嬉しそうだったけど、わざわざそんなことするはずがない。


「成哉くんのこともなにか教えて」

 

 目の前に浅木さんの顔があった。


 吐息が顔にかかってる。髪の毛が当たってくすぐったい。動いたら唇が当たる距離だ。


「ごめん。気付かなかった」


「いい。それよりなにか教えて」


 後ろ一歩、二歩と下がるが、浅木さんが追い詰めるように前に出てくる。

 

「あ」


 背中がダンボールの山についた。

 逃げ場がない。前から浅木さんが迫ってきてる。

 

「わかっ、わかったから近づくのはもうやめてもらえないかな?」


「……いやなの?」


「いやってわけじゃないんだけど。俺のような健全な男子高校生は、魅力的な女性に近づかれたら正常に脳が動かないんだよね」


「へへっへぇーふぅーん。ならここから動かないから、成哉くんのことなにか教えて」


 微笑んでいるが、頑張って素っ気ない態度をしている。


 いまいち、浅木さんが考えてることがわからない。

 ここはひとまず、知りたがってる俺のことを教えてお互い落ち着こう。

 

「浅木さんが知らないようなことを言うとしたら……。よく家でゲームしてるってことかな」


「なんのゲーム?」


「対人ゲーム系って言ったらわかる?」


「うん。人と戦うやつでしょ」


「そうそう」


「ふふん」


 言い当てることができて誇らしげな浅木さん。

  

 この感じ、ゲームには詳しくなさそう。


「よかったら今度、一緒にゲームしない? 俺がやってるやつスマホでできるんだよね」


「成哉くんがやりたいのなら付き合ってあげてもいい」


 あれ。急に不機嫌になっちゃった。

 ゲームは好きじゃなかったのかな?


「ごめん。無理言わなくていいよ」


「……い」


「え?」


「無理なんて言ってない」


「そ、っか」


「そうなの。言ってないの。だから勝手にゲームしないことにするのやめて。私とゲーム、やりたいんでしょ?」


「も、もちろんやりたいよ」


 なんか言わされてる感がすごい。

 浅木さん、本心じゃ一緒なゲームしたかったんだろうな。


 甘デレ姫状態じゃないので、素直に自分の気持ちを伝えてこないって早く気付くべきだった。

 浅木さんのことを知ってるのに不甲斐ない。

 ここは一つ、場を和ませるようなこと言わないと。


「あっ、浅木さん。よかったら対人ゲームじゃなくて、オンラインマルチプレイのホラゲーしない? 俺、めちゃくちゃ面白くて怖いやつ知っ」


「むり」

  

 言いかけてる最中だったのに。


 俺と同じく、怖いのは苦手なんだ。


「なーんて。冗談だよ。実を言うと俺も怖いの苦」


 ドンドンドン。


「……?」


 突然、正面の壁側から低い音が鳴った。

 同時に背中を向けていた浅木さんが一瞬で隣りに来た。


「なんの音?」


「少なくともものが落ちたような音ではない、かな」


「へっへー。じゃあ隣りにある、誰もいない理科室の方から壁を叩かれたってことになるね」


 冷静に分析する浅木さん。

 ……なのだが、俺のワイシャツを両手でガッチリ掴んでいる。怖くてブルブル震えてるのがまるわかりだ。


 俺も怖いの苦手だけど、隣りに怖がりな人がいるからなのか、心に余裕ができてる。


 浅木さんのこと、怖がらせよっかな?


 ドンドンドンドンドンドン!!


「ひょええええええ!!!!」


「ひゃああああああ!!!!」


 いくら心に余裕があっても、こんな状況で他人を怖がらせることなんて無理だぁああああ!!



 


 振り返ると、このあと起こるとんでもない事件がアレのトリガーになったんだろう。


 もしならなかったら。


 もし間違えていたら。


 俺はまだ……。

 

 

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