第7話 修羅場
「ないのかぁ〜。そっかそっか……」
心底悲しそうな声の水原先輩。
「ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない」
同じことしか言えないロボットになった浅木さん。
二人とも顔が正気じゃない。
悲しそうなのに変に頬が吊り上がっていたり、魂が抜けたような瞳など。
こんなことになってしまったのは、俺が浅木さんの『私と先輩さんどっち?』という質問に、『どっちもないかな』と答えてからだ。
よっぽど、どちらかが惨めに見えると思われたかったんだろう。
正直に言っただけなんだけど、間違ってたのかな?
「二人とも。俺がこんなこと言う立場なのかわからないけど、元気だしてほしいな……」
「ひどい」
「え?」
「成哉くんひどい」
「えーっと」
惨めな人を選ぶ方がひどいと思うんだけど。
「君って基本受ける側だと思ってたけど、女のことを振り回す側だったんだね」
「そんなつもりはないんだけどな」
「いーよ。取り繕わなくて」
二人とも落ち込んではいるが、不機嫌になっるわけではないので普通に会話ができる。
惨めな方を選べばこの空気がもとに戻るはずだ。でも、もしそんなことしたら片方を悲しませてしまう。
モテたことがない俺でも、女性を悲しませることなんてできっこない。
ん?
いや、ちょっと待て。
なんかおかしい。
惨めな方を選んだら、修羅場確定だ。そうなるとわかってて、なんで浅木さんは惨めな方を俺に選ばせようとしたんだ?
「あの……。一応確認したいんだけど、浅木さんと水原先輩のどちらかを選ぶ基準とは?」
「……魅力的な女性なのかどうか」
ああ。俺は質問の内容を間違えてたのか。
「えっ? 君、もしかしてさっきの言葉なにか勘違いしてたの?」
「あーまあ、はい。全く別のこと聞かれたと思ってました」
「そうならそうと早く言いなさい」
「なーんだ。びっくりさせないでよ」
二人が元の調子に戻った。
戻ったけど、これからどちらが魅力的な女性なのか選ばないといけないんだよな……?
質問内容が変わったけど、結局言ってること同じようなことだ。
……どうしよう。
真面目な雰囲気の二人を前に、曖昧なことなんて言えない。
かと言って、どちらかを選ぶと修羅場回避不可能。
「それで。どっちなの」
徐々に二人の体が近づいている。
体と体がぶつかりそうな距離。
少し動いたらセクハラで訴えられそうだ。
この二人から、魅力的な女性を選ぶ……。
「選び方って俺の主観でいいんだよね?」
「そうそう。君が魅力的な女性だなって思った方でいいよ」
って言われると、選択肢は一つしかない。
「浅木さんかな」
「よしっ」
「う〜……なんで?」
「現実的なことを言うと、水原先輩は逆ナンしてきた人ってことしか知らないからよくわかんないです。浅木さんは……一応同じクラスなので、魅力? はわかります」
「そっ、か。たしかにそうだ」
落ち込んでいるというより、当たり前のことを言われて腑に落ちた顔の水原先輩。
わかってくれてよかった。
修羅場は回避できたみたい。
「ふん。惨め」
「あぁ?」
浅木さんの一言で、一触即発の空気になった。
なーにやってんだか。
見下ろして、見下される形になってる。
修羅場は回避できたみたい? そんなのまやかしだった。
今この状況はどこからどう見ても修羅場。
どう……しよう?
「と、とりあえず二人とも落ち着こうよ」
「……私は花音ちゃんみたいに勝ち誇るような意地悪な女じゃないし。君のこと、諦めてないからね」
水原先輩はそう言い残し、ニコッと優しい笑顔を向け、俺たちの元から去った。
どこか寂しそうな背中。悲しそうな足取り。
目を背けたかったが、目が奪われて、姿が見えなくなるまで眺め続けていた。
「ふぅ」
さて。一段落ついたし俺も帰ろうかな。
足を動かそうとしたが。
それを斜め横に立つ浅木さんが止めるように、正面に来た。
「成哉くん」
もじもじして、体に落ち着きがない浅木さん。
頬が少し赤くなってるように見える。
氷姫と甘デレ姫の中間みたいな、独特の雰囲気。
「私を選んでくれて、嬉しかった。嫌いじゃないからね」
「あ、ありがとうございます」
ありがとうございます……?
浅木さんに嫌われてもなんとも思わないのに、なんでそんなこと思ったんだろう?
「今度こそ、また明日」
「ああ。また」
疑問が頭に残ったまま。
わからないことばかり。
でも、そんな中。
俺は下駄箱の前で立ち尽くし。
水原先輩のとは別の意味で、浅木さんの後ろ姿に目を奪われていた。
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