第4話 二学期

「おいおい! 久しぶりって感じしないな!」


 電車を降り、普段より重い足を動かしていると、後ろから元気な男の声が聞こえてきた。

 直後背中を軽く叩き、男は隣りに。

 

 こいつは俺に浅木さんこと氷姫のことを熱弁する保坂蓮。

 

「リアルで会うのは終業式ぶりだろ?」


「たしかに。……成哉。お前、もしかして太ったか?」


「逆に夏休み中何も食べなかったから痩せたわ。絶対適当に喋ってるでしょ」


「やべバレちゃった。いやぁ〜適当に喋ることができるのは成哉くらいだし、つい喋っちゃうだよね」


「素直に喜べん」

 

「喜んでくれて構わんのだぞ」


 変キャラになりきって喋る蓮。

 二学期がこんな意味不明な会話から始まるとは思ってなかった。

 まあでも、俺たちらしいか。


 その後ゲームの強いアイテムなどを普段と何ら変わらないことを語り合い、学校に到着した。

 

 が、ここで問題発生。


「まじか」


 すぐ正面に氷姫こと浅木さん。

 俺の下駄箱の前にすごい見覚えのある、一学年上の印がついている靴を履いたお姉さんがいた。

 

 夏休みの思い出に出てくる二人。

 このまま歩いていったら確実に二人と接触することになる。

 お姉さんに限っては、まるで俺のことを待っているかのように下駄箱の前にいる。

 

「どうしたんだ?」


「いや、ちょっと」


 面倒臭くなりそうだったので、あの日のことを蓮には話してない。

 もちろんこれからも言うつもりはない。

 さて、どう切り抜けたものか。


「お前まさか……」


 やばい。さすがに二人のことを見すぎた。 


「この近くに好きな人でもいるのか?」


「え」


「いいんだ。別に誤魔化したって何も思わない。でも、いつでも相談は乗るってことは頭に入れておいてくれよな」

 

「あ、ああ。おう」


 最初勝手に勘違いしてバカだなぁ〜って思ったけど、ただのいいやつじゃないか。

 ごめん蓮。めちゃくちゃバカにした。


 いやでもこの勘違いのおかげでなんとかなるかもしれない。


「ごめんな。まだ決断できてなくて……」


「大丈夫! 成哉は誰よりも魅力的な男だ!」

 

 よし。上手く視線誘導できてる。


「お? あそこにいるのって氷姫じゃないか? ていうか成哉の下駄箱の前で待ってる人いない?」


 はい。全く上手くできてませんでした。


「み、見間違いじゃないかなぁ〜」


「おい成哉! 氷姫がこっち見てるぞ!」


「え」


 たしかに浅木さんは振り返って俺たちの方を見てる。

 幸い蓮は気づいてないけど、完全に俺のことを見てる。だって目があってるんだもん。

 なんだろう?

 後ろには……誰もいない。


「あー前向いちゃった……。急に振り返るなんて、もしかして俺のこと好きなのか!?」


「勘違いでしかない」


「そんなのわかってるんだけどなぁ〜。こうやって勘違いして希望を持つってのも、片思いの醍醐味ってやつなんだよ。恋愛経験ゼロで片思いした人もいない成哉だし、わからないのも当然か」


「すっごい早口だね」


「人が情熱を語るとき、早口になってしまうものさ」

 

 意味不明な持論を展開しているが、そのおかげで蓮の頭の中から二人のことが薄くなってるはず。

 このまま喋らせておいて、俺がお姉さんのことをスルーすれば一件落着ってやつだな。


「ところでその情熱ってのは」


「やっ。君、私のこと覚えてる?」


 下駄箱の前で待ってたはずのお姉さんが目の前にいる。

 これじゃ、回避不可能。

 お姉さんは俺の顔しか知らないんだし、顔を隠して歩けばよかった……。

 って反省しても変わらない。


「おい成哉。お前にこんな美人さんの知り合いいたか?」


 まさかと、疑いの目を向けてくる蓮。  

 本当はそのまさかを超えたまさかで、逆ナンしてきたお姉さんなのだが……。

 ここは蓮に便乗して乗り切ろう。


「いやぁ〜すいません。多分、人違いです。俺夏休み中ずっと家でダラダラしてたんで覚えてるもクソもないですよ。あはは」


「夏休み中出会ったなんて誰も言ってないけど?」


 口滑ったぁ〜。


「成哉。お前裏切ったな」


「いやいや違うんだ蓮。この人はたまたま電車で隣りに座っ」


「そう! たまたま電車で隣の席に座って、逆ナンしたお姉さんだよ」 


 純粋に再会を喜んでいるニッコニコなお姉さん。

 一切隠す気がないのか……。

 悪気がないのは伝わってくるけど、俺の立場は一気に転落してしまった。

  

「ちなみに先輩。逆ナンした結果はどうだったんですか?」


「う〜ん。それがちょっと色んなことがあってうやむやになっちゃったんだよね。だから今日、またアプローチしに来たの」


「おい成哉! お前がこんな美女にアプローチされるなんておかしい! わかった。これドッキリだろ」


「まじなんなよね」

   

 逆ナン相手に出会った俺よりテンパってる蓮。


 こういう反応が普通の人がするものなんだろうな。

 色んなことが立て続けにあって、深く考えてなかった。

 

「それで、どうかな?」


 そんなこといきなり言われたってもな。


「ちょっと時間ください」


「別に私、告白してるわけじゃないんだけどなぁ〜。ま、君がそういうんなら待つよ。ただし、今日までね」


 お姉さんは最後にウインクして、学校に戻っていった。

 

「まじで逆ナンされてるじゃん」  


「そうなんだよね」


 俺と蓮は現実離れした状況に戸惑いながら、教室へ向かった。

 

 

 このとき。

 俺は逆ナンお姉さんのことで頭がいっぱいだった。

 なので、教室で浅木さんから向けられていた熱い視線に気づくことはなかった。

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