第2話 痴漢
「んぁ」
電車の大きな音で目が覚めた。
目を擦って、ガチガチになった体を伸ばす。
寝ていた時間は……二駅分くらいっぽい。
熟睡はできなったけど、電車の中で寝るにはちょうどいい時間。
「おっ」
寝ていた時間に意識がいっていて気づかなかったが、ガラガラだった電車の中に人がたくさんいる。
満員電車のような多さじゃないが、かなり多い。
「もしかして降りる駅逃しちゃったの?」
隣の席にいる女の子が突然声をかけてきた。
真っ黒なショートカット。ぱっちりとした二重。優しい瞳。大きな2つの果実。年上のお姉さんのような空気が全開の女の子。
母性に引き込まれそう。
少し体を離そう。
「い、いやぁ……まだ大丈夫みたいです」
「そっかそっかぁ〜。ならよかった」
お姉さんは胸に手を当て、大きく息を吐いた。
年上かと思ったけど、動作一つ一つが子供っぽくて可愛い。
こんなお姉さんが寝ていた俺のことを心配してくれた……。うん。好き。
って、多分この人はお世話が好きな人。
初対面でも心配だったら誰にでも声をかけるはず。だから特別とかそういうわけじゃない……。
なんか最近好きの基準がおかしくなってる気がする。
この前はニュースにインタビューで出てきた人のことを全員好きになったし。
まあでも、その中に恋愛的に好きになったってのが一つもないから気にすることないか。
「あ」
気分転換になんとなく電車を見回していたら、氷姫がまだ扉の近くに立っていた。
ずっと立ちっぱなしで疲れないのかな。
扉が近いからなのか、あそこだけ座れなかった人がたくさんいる。
おじさんやお兄さんばかりで、見てるだけでむさ苦しい。
あそこで顔色1つ変えずスマホをいじってるのはさすが氷姫。
「なになに? もしかしてあそこにいる人のこと気になってるの?」
興味津々な隣のお姉さん。
「いえ。同じ高校の人なので勝手に目が……」
「ナンパしなよナンパ」
「やですよ。そんなことしたら夏休み明けの学校で変な噂流れちゃいます」
「ふーん。じゃあ、今から君のことを逆ナンしようとしてる私のことも噂になる?」
何を言ってらっしゃる?
「ふふっ何を言ってらっしゃる? って顔してる。文字通りの言葉だよ。私はたまたま隣の席に座った君のことを逆ナンしようと話しかけたの」
モテ期か?
俺にもモテ期が来たのかぁああああ!?
いやちょっと待て。
普通、電車の角の席でだほだほのジャージで寝てる人のことを逆ナンしようと思うか?
もし逆の立場だったらヤバい人だと思って距離を取る。
ってことは……これはお姉さんからの慈悲か。
「ありがとうございます」
こういうときは素直に感謝するべき。
「ありがとうございます……?」
お姉さんは首を傾げた。
間違ったことでも言ったのかな?
なんか申し訳ないし謝るか。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい……?」
やべ。もっと困惑させちゃった。
あーもしかして浅木さんって、こういう感じで周りに勘違いさせちゃってるのかな。
それに上乗せして、浅木さんは普段から氷姫っぽい行動もするからそのせいもある。
いや、もしかしてその氷姫っぽい行動は素で出たものとか……?
もしそうだったら天然もいいとこだ。
「あれ、大丈夫なのかな」
お姉さんは浅木さんがいる方に心配そうな目を向けていた。
浅木さんと近くのおじさんとの距離が異様近いのが、心配なんだろう。
「わかんないです」
こっちからじゃおじさんの後ろ姿しか見えない。
少なくとも間から見える浅木さんの顔が一切変わってないから、なにもないと思うんだけど……。
あれ?
おじさんの右手、どこにあるんだ?
左手はポッケの中。
でも右手が……浅木さんの方に?
「大丈夫じゃないっぽいです」
疑わしいと思った瞬間。
俺の足が勝手に動いていた。
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