捕囚

「いて、痛いよ、セレナ!」


「何言ってるのよ。この程度で済むと思ったら大間違いよ!」


 後手に縛られた振りをして馬上にいるセレナが、馬を引くマリウスの体を足で何度も蹴っ飛ばした。その度にマリウスが着ている鋼鉄製の鎧が、ガチャガチャと音を立てる。


「セレナ、いい加減にしろよ。兜が脱げたらどうするんだ。誰かが見ているかもしれないんだぞ」


 アーベルが呆れたように声を上げた。


「何言っているのよ、あんたも同罪よ。もっとこっちに来なさい。一緒に蹴っ飛ばしてやるから!」


「何で俺が同罪なんだ。俺は何も悪いことなどしていないぞ!」


「そうよ、セレナ。大概にしないと」


 もう一匹の馬の上で、セレナ同様に背後で手を縛られた振りをしているクラリーサも、セレナに声を掛けた。


「何言っているのよ!みんなで私を仲間はずれにして!もう絶交よ!口も利いてやらない!」


「あのな……」


 アーベルが困ったような顔をして、後ろを歩くアルトマンの方を見た。アルトマンは手を前に縛られて、馬の後ろに繋がれて歩いている風を装っている。


「少し暴れている方が、それらしく見えていいのではないか?」


「そうでしょうか?」


 クラリーサが前を向いたままアルトマンに問いかけた。クラリーサの方はセレナと違って項垂れて、あきらめ切ってしまったかのような振りをしている。


「そうだね、アルヴィンさんの言う通りだ。セレナだからな、項垂れている方が嘘らしく見える」


「それはそうだな」


 クラリーサの問にマリウスが答えて、アーベルも同意して見せた。


「ガチャン!」


 答えたマリウスの頭をセレナが思いっきり蹴っ飛ばす。マリウスが脱げかけそうになった兜を慌てて抑えた。


「痛て!これは本当に痛い」


「おい、元はマリウスが言ったわけでは……」


「黙れ!それにアルヴィンさんも酷い!」


 セレナの剣幕に、アーベルも思わず言葉を飲込んで慌てて前を見た。


「それよりもクラリーサ、君までわざわざ捕まった振りをする必要はなかったのではないかな?」


 アルトマンは自分が繋がれた馬に乗る、小さな背中に声をかけた。


「いえ、私たちは友達です。セレナだけを危険な目にあわせる訳には行きません!」


 クラリーサはアルトマンの問いかけにキッパリと答えた。


「リサ、私達は死ぬまで親友よ」


 その言葉を聞いたセレナが背後を振り返ると、クラリーサに涙声で答えた。


「俺達だって――」


「黙れ!あんた達とは口を利かないと言ったでしょう。いやらしいのが感染ります!」


「あのな、それはマリウスだけだろうが……」


「君達、そろそろ口をつぐんだ方がいい。どうやら目的の城とやらが見えてきたようだ」


 アルトマン達の行く手の林の先に、尖塔のようなものが見えてきた。そこにはいくつかの旗が掲げられ、春の風に大きくはためいている。そして林の切れ間からは、銃眼を備えた居城というよりは、城砦という感じの石造の建物も見えてきた。


「俺たちだけで何とかなるだろうか?」


 アーベルが不安げに呟いた。


「そうだな、セレナに魅力があれば何とかなるのではないかな?」


「それなら何も心配はないわね」


 アルトマンの言葉にセレナがそう答えると頷いて見せた。だがアーベル達はとても不安げな顔をすると、お互いの顔を無言でじっと見つめ合っていた。


* * *


「覚えていなさいよ、人の事を馬鹿にして!あんた達、絶対に許さないから!」


 城門係のチューリオは、若い女のやかましい声に目を覚ました。


「ガチャン!」


 声のする方からは何やら金属音も響く。チューリオは軽く伸びをすると、うたた寝をしていた椅子から立ち上がって、城門のレリーフの隙間から下を見た。


 そこでは鎧に身を包んだ兵士が二人、馬を引いて跳ね上げ式の城門の前に立っている。その馬の上には二人の若い女が手を縛られて座らされていた。


「あんたの○○○なんて切り落としてやるんだから!」


 そう言うと、傍の兵士の鎧を馬上から足で蹴っ飛ばして見せる。どうやら先ほどの声もこのうるさい女の声のようだ。女の方を振り返った兵士は特に咎めることもしない。ともかく扱いに困っているらしい。


 もう一人は観念しているのか、啜り泣いているのか、馬上で顔を伏せたままでいる。その後ろには黒い服を着た背がとても高い男が、馬につなげられた紐に引き摺られていた。そのせいか黒い服は砂塵に茶色く汚れ、男の足も少しおぼつかないように見える。


「随分と早い戻りじゃないか?マクシム隊長はどうした?」


「まだ村だ。俺たちだけ先に戻って、この娘達を城まで連れて行くように言われた」


 そう言った兵士の背中を、馬上の娘がまたも蹴っ飛ばそうとしてもがいている。


『あれが、例の娘か……』


 チューリオは暴れている娘を見た。ガブリエル様が執着している勇者の血筋の娘とかだったか?確かに可愛らしい顔をしているが、こんなのを嫁にでももらった日には大変なことになる。


「もう一人は?」


「若くて胸が大きい娘だ」


「なるほど」


 チューリオは兵士に頷いて見せた。兵士の言葉にチューリオもにやけてしまう。答えた兵士もバイザーを下ろしていて表情は読めないが、きっと自分と同じ様な顔をしているに違いない。これでガブリエル様の機嫌も良くなる。最近はともかく機嫌が悪くて、城にいるもの達はその八つ当たりを避けるのに必死だった。


「早く開けてくれ!」


 兵士が叫んだ。バイザーを下ろしているのでよく分からないが、だいぶ若い声だ。誰だ?エルモか?何かやらかして、美味しい思いをする前にこちらに送り返されでもしたのだろうか?


「分かった。合言葉を頼む」


 チューリオは椅子から腰を上げると下の兵士に答えた。


「合言葉?」


「そうだ。それなしでは誰も入れるなというお達しだからな」


 最近のガブリエル様は機嫌だけじゃなくて細かいことこの上ない。手順を端折った事がバレると後で大目玉だ。


「何だったかな?」


 鎧姿の男が頭を振る。


「おい、おい。村で酒でも見つけて煽ってからきたのか?」


 チューリオが頭を振った。それなら酔いが覚めるまで外で待っていてもらうだけだ。


「何をしておるのじゃ?」


 椅子に座ろうとしたチューリオに下から声が掛かった。振り返って下を覗くと、紫のドレスを着た女性が立っている。その紫に近い濃紺の目がチューリオを苛立たしげに見ていた。


「イレイェンお嬢様!」


「耳はあるのかぇ?妾は何をしておるのじゃと聞いたのだぞぇ?」


「あ、あの?」


「門を開けや」


「ですが、旦那様からたとえ家のものでも合言葉なしに入れてはならぬとお達しが……」


「あれは父上の新しい嫁だぞぇ。それに妾はあのものに借りがある。あの小娘に身の程と言うものを弁えさせるのじゃ!」


 そう告げたイレイェンがチューリオを睨む。


「さっさと門を開けや!」


「はっ、はい!」


 チューリオは転がり落ちるように城壁から下へと階段を降りると、門を開けるための滑車に取り付いた。そしてそれを必死に引っ張って回す。鉄の鎖の重々しい響きと共に、城門を兼ねる跳ね橋がゆっくりと降りていく。


「タン、タン、タン」


 背後からはイレイェンが苛立たしげに足で地面を叩く音が響いている。チューリオは城門が降りていく騒音よりも、背後の足音の方が気になって仕方がなかった。それはイレイェンが癇癪を爆発させる時の合図に他ならない。父親のガブリエル同様に、この娘もとても短気だ。そして同じくとても我儘でもある。


「バタン!」


 地面を揺るがすような大きな音が響いた。跳ね橋が向こう側に降りた音だ。


「お、お待たせしました」


「そうかぇ」


 チューリオは額に噴き出てきた汗を拭いながら、背後に立つイレイェンの方を振り返ろうとした。


 だがどうしたことかチューリオの体は自分の意志とは異なり、地面の方へ向かって倒れていく。城門の先が、ついで城門が、城門の上にある青空がチューリオの目の前に広がった。


「よくやったぞぇ。褒めて遣わす」


 その青空の手前で、チューリオを覗き込んでいる少女がそう語った。手には棒の様なものを持っている。


「ゆえにしばし休んでおるが良い」


 頭の上に大きなリボンをつけた少女が、チューリオに向かってにっこりと微笑んで見せた。

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