理由

「お前達が監視役か?」


 アルトマンは少しだけ立派な作りの、倉庫のような小屋の前にいたセレナ達に声をかけた。


「はい、アルヴィンさん。祖父に頼まれました。」


 セレナと立ち話をしていたクラリーサが、アルトマンに気づくと答えた。


「それよりも、一体いつの間にあんな地図とか作っていたの?」


 セレナはゆっくりと歩いてきたアルトマンのところまで駆け寄ってくると、息を弾ませながら、アルトマンに問いかけた。


「自分が滞在する場所の安全性について確認するのは、当たり前のことではないのか?」


 セレナの問いかけに、アルトマンは少し首を傾げながら答えた。その言葉に、セレナとクラリーサが顔を見合わせる。


「だって、そんな時間なんてとてもなかったと思うのだけど、、」


 アルトマンの目は人の目と同じではない。はるかに遠くまで見通せるし、星あかり程度でも十分に夜目が効く。地図はアルトマンがまだ夜明け前から村の周辺を散策しながらまとめたものだった。


 アルトマンは、その地図をある指示と共に村人達に渡してある。それに基づいて、村の者達は総出で村の外れで作業をしていた。その精密かつ正確な地図に、村の一部のものはアルヴィンが密偵ではないかと疑ったぐらいだった。だがヨゼフがそれなら地図をわざわざこちらに提示したりはしないのではないかという一言で、皆が納得して作業に入っていた。


「あんたの当たり前というのは、普通の人の当たり前とはちょっと違うと思うけどな。それよりもあんたの案で本当に大丈夫なのか?」


「アーベル、大丈夫に決まっているじゃない。アルヴィンさんの案よ」


 セレナがアーベルに向かって口を尖らせた。


「セレナ、どうしてお前が答えるんだ。それに一体何を怒っているんだ?」


「あんたが、アルヴィンさんの事を疑っているからよ!」


「何事もそれを疑ってかかるのは悪いことではない。それこそが真の理由、真理への道なのだからな。」


「ほら、えっ!?」


 アルトマンの言葉に、セレナが驚いた顔をしてアルトマンの方を振り返った。それを見たアーベルが、言わんこっちゃないという顔をしている。


「安心し給え。今回の件についてはそれほど心配はしていない。お前達も見ただろう。それに対して準備をしていない者達に対して、奇襲というのがどれだけの効力を発揮するか。」


「まあな。俺だって油断していなければもうちょっと……」


「アーベル、あなたが飛び掛かっていたら、最初に真っ二つにされているわよ。動きが見え見えですもの」


「あはは、」


「マリウス!何か言いたいことでもあるのか?」


 アーベルに向かって、笑い声を上げかけたマリウスが慌てて口をつぐんだ。


「それよりも、アルヴィンさんはどうしてこちらまで来られたんですか?」


 三人のやり取りから一歩身を引いていたクラリーサがアルトマンに問いかけた。


「彼と話をしてみたいと思ってね。君の祖父殿から彼から話を聞く許可をもらったのだ」


 そう言うと、アルトマンは倉庫の方を指さした。そこには領主代理の手先の疑いをかけられたドメニコが幽閉されている。


「話ですか?」


「そうだ。私が考えるに、彼の振る舞いはもう一人に比較すると不合理なのだ。私はその理由が知りたいのだよ」


 アルトマンはクラリーサの問い掛けに答えた。


「もう一人?どういう意味?」


 セレナがキョトンとした顔でアルトマンの方を見る。


「祖父ですね」


 クラリーサがアルトマンに答えた。


「ヨゼフ村長? どういうこと?」


「集会でアルヴィンさんの話を聞いて気が付いたの。アルヴィンさんが言っていたやり方って、おじいちゃんがやろうとしていたことそのままじゃないかって。」


「どういうことだ?」


 アーベルもクラリーサに向かって首を捻って見せる。


「おじいちゃんは、村の人たちにガブリエルに対して抵抗するように仕向けたかったんだと思う。だけど面と向かってそれを言えば反対も出るから、誰かにそれを言わせて、それを宥めるようにしながら皆を納得させようとしていたんじゃないかと思ったの。多分ずっと前からおじいちゃんは抵抗することを決めていたんだと思うの」


 そう言うと、クラリーサはアルトマンの方を振り返った。


「でも、アルヴィンさんは一体いつ、祖父とこの件で話をしたんですか?」


「クラリーサ嬢、君はなかなかよく見ていたようだな。私は君の祖父とは何も話をしていない。おそらく本当はミスラル殿が私の役をする予定だったのだろう。私は少しばかり余計な世話を焼いただけだ」


「母さんが?」


「アルベール君、君の母親、ミスラル殿はなかなか合理的な人だよ。君は彼女の事をよく見習うべきだと思う」


「そうよ。まずはミスラルさんの言う事をちゃんと聞くことね。部屋の片付けとか、、」


「セレナ、なんでお前が偉そうに言うんだよ!」


「祖父は、ガブリエルがこちらに手を出すのを待っていたのでしょうか?」


 クラリーサは言い合いを始めた二人を無視すると、アルトマンに質問を続けた。


はそうだろう。だから集会を開く決断をするのも早かったのだな。」


「ドミニコさんが私たちを差し出すように提案をしたのも?」


「それはどうだろう。おそらくミスラル殿と論じさせることで、争点を明確にしたいと言う意志はあっただろうが、ドメニコの即興的な提案に合わせて、修正したと言うべきだろうな。彼にとっては悪手だった。それでも主導権をどちらが取るか、と言う点では微妙なところだ」


「ドメニコの案はあんたが完璧に潰して見せたじゃないか?」


 アーベルが不思議そうな顔をしてアルトマンを見る。


「君は勘違いをしているよ、アーベル君。私が指摘したのは、彼が扇動者としてのやり方が不合理だと述べただけで、ドメニコの案の本質的な部分については不合理だとは言っていない」


「どう言うことだ?」


「村長が論点をすり替えたのだよ。彼の主張は人的被害を出さないと言う事だ。その主張そのものは、ミスラル殿の主張した意地や尊厳とかよりもはるかに合理的だ」


 アルトマンの言葉に四人が顔を見合わせた。


「それ故に彼の振る舞いは不合理なのだ。私はその理由が知りたくてここに来たのだよ。」


 アルトマンは四人にそう告げると、小屋の扉にかけられているかんぬきを外し、その長身を窮屈そうに屈めながら、その中へと入っていった。

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