扇動
「部外者は口を閉じていてくれないか?」
ドミニコがアルトマンに声を荒げた。
「そもそもあんたが領主代理の連中を……」
「アルヴィンさん、何が不合理なのですかな?」
ヨゼフがドメニコの発言を遮って、アルトマンに問いかけた。
「彼の発言が不合理だと言ったのだ」
ドメニコはすぐに反論しようとしたが、ヨゼフは杖を差し出すとその発言を押しとどめた。
「ドメニコの発言のどこが不合理なのですかな?」
「彼は耕作をやめて、領主代理に抵抗する様に提案したと聞くが、間違いないかな?」
「ええ、その通りです」
「耕作をやめなくても、税を納めるのは止められるのでは?」
「それでは抵抗になどならない。あれば奴らに取られてしまう。だが無いものからは取りようがない!」
ドメニコがアルトマンに拳を振りつつ答えた。
「そうだろうか? 放棄できる準備さえしておけば、それで十分ではないのかな?」
確かにその通りだ。セレナはアーベル達と顔を見合わせた。
「その案では食糧不足により、こちらの抵抗力自体も削がれる。相手の目的が税の奪取ではなく、この地を奪って君達を追い出すのであれば、むしろ願ったり叶ったりではないだろうか?」
アルトマンの言葉に、村民たちからざわめきが漏れる。
「まずはこちらの決意の程を、相手に示す必要があるのだ!」
「そのようなものが本当に必要だろうか?」
「当たり前だ」
ドメニコは再び拳を突き上げたが、アルトマンは首を横に振って見せた。
「自治権の返上は、この村が要求したことではない。領主代理側の要求だ。決意など示さなくてもこちらがどのような反応を示すか、向こうでは十分に理解しているのでは?」
村民たちのざわめきがより大きくなる。ドメニコは何か理由を告げようとしたが、口から言葉が出ていかない。
「結束を示すのであれば、この者たちを渡さないことで十分に伝わる」
アルトマンの言葉に、ミスリルが満足そうに頷いてみせる。
「逆に向こうから見たら、一番の障害になりそうな若者たちをあっさりと差し出すと言うのは、服従による生き残りを模索している様に見えるはずだ。それなら最初から耕作放棄による抵抗など取る必要はない」
「さっきの台詞を聞いていなかったのか? セレナ達の挑発行為によって、事情が変わったのだ。奴らにこちらを攻める理由を与えたんだ!」
「あの娘が少数でこの村に来たのも不合理な話だが、この村の状況自体は、最初から何も変わっていないように思えるのだが?」
「向こうはそう思っていない!」
ドメニコの問いかけに、アルトマンが肩をすくめて見せる。
「そもそも納税を拒否した時点で、為政者が何らかの強制力を執行する名分は立っている。状況が変わったのはこちらではなくむしろ向こうの方だろう。今回は相手がたまたまセレナ達だっただけだ」
そう告げると、アルトマンは集まった村民たちを見回した。
「セレナ達が会わなければ、別の誰かが巻き込まれただけだ。おそらくは村長か、その周辺に対して同様の行為を働いたと思われる」
「そんな……」
アルトマンの発言に、セレナの隣にいたクラリーサから驚きの声が漏れた。
「いずれにしても何も事情は変わっていない。与えられている選択肢は二つ。ここに留まって抵抗するか、抵抗を諦めてここから出ていくかだ」
「俺たちに流民になれというのか?」
村民の一人がアルトマンに問いかけた。
「この地を離れる決定をしたのならそうだ」
その言葉に、村人達はヒソヒソ話しを止めて、声高に話を始めた。ヨゼフは杖を上に掲げるとそれを横に振って見せる。
「皆のもの、話しをしたいのは分かるが、少し私語を慎んでもらいたい。なるほど、それが不合理の理由ですか?」
「いや、私が不合理と言ったのはそこではない」
「アルヴィン殿、では一体何が不合理なのですかな?」
「彼だ」
アルトマンはそうヨゼフに告げると、ドミニコを指差した。この場にいる全員の視線を受けて、ドミニコの顔に緊張が走る。
「煽動者としては不合理すぎる」
「なんだと!」
その台詞に、ドメニコはアルトマンへ掴みかからんばかりに詰め寄ろうとしたが、その黒い瞳に見つめられると動きを止めた。
「煽動をする者は直接に煽動を行ってはならない。あからさまに過ぎる。通常は内部に同調者を作って、その者にやらせるものだ」
そう告げると、アルトマンはドメニコの横にいるレコを指差した。
「同調者の方が、真剣にその方がいいと思い込んで必死に努力を傾ける。なので内容に不合理さがあったとしても、その言葉には「真」があるように聞こえるのだ。それを煽動者当人がやるとは興醒めな事この上ない」
ドメニコは何か反論しようとはしたが、何も言えずに立ち尽くしている。
「そもそも煽動する側の提案内容は、よく吟味すれば不合理なものだ。だから同調者にはもっと過激で、議論の対象になりそうな内容を喋らせる。それをあたかも現実的な案に置き換えたように思わせれば良い」
「なるほど」
アルトマンの言葉にヨゼフが同意してみせた。だがアルトマンは、ヨゼフに対して苦笑いをして見せた。
「それでもまだ下策ではあるがな」
「では、上策とはどのようなものなのでしょうか?」
ヨゼフがアルトマンに問いかけた。
「それは今、セレナが頭の中で考えているようなことだ」
「えっ、私!?」
話を急に振られたセレナがあっけにとられた顔をする。
「そうだ。おそらく最初から自分が領主代理のところに行けばよかったとでも考えているのだろう。当人に自分が思い付いた、自分の考えだと思わせるのが一番の上策だ」
「セレナ!」「そんな勝手なことを考えていたの?」
アーベルとクラリーサがセレナに向かって声を上げる。その言葉を受けたセレナが、おどおどした表情で辺りを見回すと、助けを求めるようにアルトマンの方を見た。
「彼の背後にいる者は彼より一枚上手だな。もちろんセレナ、お前よりも遥かに上手だ」
だがアルトマンはそう告げると、セレナに向かってわずかに肩をすくめて見せた。セレナは気まずさと恥ずかしさに、顔が真っ赤になる。
「彼の間違いの原因は煽動者としての役割を与えられていたにも関わらず、同時に村での主導的な地位も得ようと画策したことだな。彼にも焦りがあったのだろう。それも背後にいる者の計算の内かもしれない」
アルトマンの言葉にヨゼフが頷いて見せた。
「なるほど。アルヴィンさんは儂よりお若く見えるが、儂なんぞ足元に及ばぬ思慮深さをお持ちの方のようですな」
ヨゼフはそう告げると、ドミニコの方を振り返った。
「ドミニコ、残念だがお主にはこの集会で発言をする資格はないようだ」
そして横にいたハビエルの方を振り返った。
「ハビエル、ドミニコさんを納屋までお連れしなさい」
「はい、ヨゼフ村長」
「アーベル、マリウス、お前達もハビエルの手伝いを頼む」
ヨゼフは三人に引き立てられるドミニコを見ながらしばらく沈黙を保っていたが、四人の姿がこの窪地の外に消えたのを確認すると、アルトマンの方を振り向いた。
「アルヴィン殿。儂らにはもう選択肢はないのですかな?」
「そうだ。彼らはここに攻めてくる。それもすぐにだ」
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