第7話 クラス制度
『魔獣討伐者養成高校』には、明確な階級制度があった。
S・A・B・C・Dの五つのクラス。
それは、単なる学力や実力の分け方ではない。
実質的な、人生の序列だった。
Sクラスは、最上位。
将来、国を代表する討伐者となることが約束された者たちの集まり。
彼らは、最高の教育を受ける。
最高の施設を使用する。
最高の待遇を得る。
社会的には、すでに英雄だ。
対して——
Dクラスは、最底辺。
「いずれ脱落するであろう者たち」
そう公式には説明されている。
だが、実際のところは——
「社会から不要とされた者たち」
そう暗に示されているのだ。
「お前ら、Dクラスだろ?」
AクラスやBクラスの生徒たちは、Dクラス生に声をかける時、その声は冷淡だった。
「魔獣討伐なんて、お前らに務まるわけねえ。やめときな」
そう言って笑う。
Dクラスの生徒たちの反論は、許されない。
逆らえば、いじめが加速するだけだ。
だから、彼らは沈黙する。
ひたすら、耐える。
朝から晩まで、嘲笑される環境の中で。
自分たちが「劣っている」ことを、毎日毎日、思い知らされ続けるのだ。
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「おい、お前、Dクラスだろ」
学食での出来事。
柊真は、食事をしていた。
その前に、AクラスとCクラスの生徒たちが立ちはだかった。
「何だ、こんなメシ食ってんのか。Dクラスは、別食堂でいいんじゃねえの?」
嘲笑が、周りから上がる。
「……」
柊真は、黙って食べ続ける。
反論しない。
抵抗しない。
ただ、黙って。
「無視すんな、クソ野郎」
Aクラスの生徒が、柊真の盆を掴もうとする。
その瞬間——
別の手が、その腕を掴んだ。
「やめなさい」
その声は、冷淡かつ完全な権威を持っていた。
水城千尋だ。
彼女は、Sクラスの一員。
この学園では、学生の序列では最上位。
「千尋様……」
Aクラスの生徒が、怯える。
「Dクラスと言えども、学園の生徒です。いじめは規則違反です」
千尋は、冷徹に言い放つ。
「さあ、どきなさい」
「は、はい……すみません」
彼らは、素早く退散した。
学食の空気が、一瞬で変わった。
だが——
柊真は、千尋を見なかった。
ただ、食事を続ける。
千尋は、そこに立ったままだった。
「……」
彼女の口が、動こうとする。
何か言いたい。
だが、言葉が出ない。
あれから数ヶ月。
柊真と千尋は、ほぼ会話をしていない。
あの事件の後、二度、部屋で会った時以外。
もう、言葉を交わしていないのだ。
「……」
千尋は、そのまま立ち去った。
柊真に何も言わずに。
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Sクラスの教室。
千尋は、授業に集中していなかった。
その表情は、複雑だった。
「水城、君の思考が散漫だ。何か問題でもあるか」
教師の言葉に、千尋は顔を上げた。
「……いいえ。すみません」
「そうか。では、集中しろ」
教師は、授業を続ける。
だが、千尋の心は、依然として別の場所にあった。
柊真のこと。
あの異質な新入生。
自分を怖いと思った人。
だから、謝罪した。
だが、返答はなかった。
ただ、黙って去っていくだけ。
それからは、避けられている。
いや、正確には——
「無視されている」
そう感じていた。
あれから、柊真は、Dクラスの最底辺の人間として生活している。
実力を隠して。
誰にも自分の力を見せず。
ただ、黙々と、その毎日を過ごしているのだ。
なぜなのか。
千尋は、それが理解できない。
あの圧倒的な力を持ちながら。
なぜ、自分を貶めるのか。
なぜ、Dクラスなのか。
「……」
千尋は、窓の外を見た。
グラウンドが見える。
そこでは、Dクラスの生徒たちが、いじめられていた。
Bクラスの生徒たちに。
それは、毎日のことだ。
この学園の現実。
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一週間後。
小陽は、理事長室で、数枚の報告書を眺めていた。
その報告書には、学園内でのいじめ事件が記されている。
Dクラスへの組織的ないじめ。
それは、確実に増加していた。
「……」
小陽は、ため息をついた。
この学園の制度は、彼女が立案したものではない。
だが、彼女は、それを容認している。
いや——
『黙認している』
というべきだろう。
なぜなら——
Dクラスは、「脱落者の養成クラス」なのだ。
最初から、切り捨てられた者たちの集まり。
彼らを救う必要があるのか。
それは、社会的な議論だ。
だが、この学園では——
『弱肉強食』
それが、暗黙のルール。
弱い者は、淘汰される。
それが、討伐者養成高校の現実。
だが——
「……」
小陽は、ふと思った。
柊真のこと。
あの少年は、Dクラスにいる。
実力を隠して。
ならば——
「何か、企んでいるのか」
小陽は、そう考えた。
だが、そうであるならば——
「放置するのが最善か」
それとも——
「介入すべきか」
小陽は、その判断を保留することにした。
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その日の放課後。
千尋は、Dクラスの教室へ向かった。
珍しいことだ。
Sクラスの生徒が、Dクラスを訪問することは、ほぼない。
だから、教室の空気が凍った。
「S……Sクラスの方が?」
Dクラスの生徒たちが、戸惑う。
「水城千尋様ですか?」
誰かが、呟く。
「何か、ご用ですか」
別の生徒が、怯えた声で聞く。
「……誰か、風間柊真を知っていますか」
千尋の質問に——
「あ、あいつなら、外にいますよ。いつもグラウンドで一人……」
「ありがとう」
千尋は、そのまま教室を出た。
Dクラスの生徒たちは、呆然とした。
「何だったんだ……」
「さあ……」
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グラウンドの片隅。
柊真は、相変わらず、一人でランニングをしていた。
その背中に、千尋が近づく。
「柊真君」
千尋が、呼びかけた。
柊真は、足を止めた。
そして、千尋に振り返る。
その瞳は、相変わらず虚ろだった。
「何だ」
簡潔な返答。
「あ……」
千尋は、言葉に詰まった。
本当は、何を言いたいのか。
自分でもわからない。
ただ、柊真に話しかけたかった。
それだけだ。
「あ……あなた、Dクラスなんですね」
千尋が、ぎこちなく言う。
「そうだ」
「でも、前の実践訓練では……」
「実力は隠している」
柊真が、先に答えた。
「なぜですか」
「理由は、ない」
柊真は、再び走り始めた。
千尋の質問に答えることなく。
「待ってください!」
千尋が、叫ぶ。
柊真は、足を止めた。
「何だ」
「あの……ごめんなさい」
千尋の声は、小さかった。
「何が」
「『化け物』って言ったことです。あの事件の後、ずっと……」
千尋の目に、涙が浮かぶ。
「怖くて、何も言えなくて。でも、それは言い訳で……」
「気にするな」
柊真は、そう言った。
「俺は化け物だ。それは、変わらない」
「そんなことない……」
「そうだ。変わらないんだ」
柊真の声が、冷徹になった。
「だから、これ以上は関わるな。お前はSクラスだ。俺はDクラスだ。違う世界の住民だ」
「……」
千尋は、その言葉に応答できない。
「わかったか」
「……わかりました」
千尋が、小さく答える。
そして、柊真は再び走り始めた。
千尋は、その背中を見つめた。
「……」
彼女の心は、複雑に揺らいでいた。
悪いことをした。
だから謝りたい。
だが、柊真は、その謝罪を受け入れない。
むしろ、自分たちの関係を断ち切ろうとしている。
「なぜ……」
千尋は、呟いた。
「なぜ、そこまで自分を貶めるんですか」
だが、その言葉は、風に消える。
柊真の耳には、もう届かないのだ。
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その夜。
千尋は、母親である小陽に相談した。
「ママ、柊真君に話しかけてみたの」
二人は、リビングにいた。
「……教えてくれるなら、聞きたいわ」
小陽は、娘を見つめた。
「あの人、自分を傷つけてる」
千尋の声は、痛切だった。
「Dクラスに自分を落として。実力を隠して。毎日、いじめられながら……」
「そうね」
小陽は、窓の外を見た。
「だけど、それは、彼の選択よ」
「選択?」
「ええ。彼は、意図的にそうしているの」
小陽は、千尋に目を向けた。
「理由は、私にもわからない。けど、彼にとって、その選択が必要なんでしょう」
「……」
千尋は、その説明に納得できない。
だが——
「それじゃあ私たちは、何もできないの?」
「できることはある」
小陽は、言った。
「彼を、信じること。彼の選択を、受け入れることよ」
「……でも」
「わかるわ。あなたの気持ちは」
小陽は、千尋の肩に手を置いた。
「でも時には、人は自分で道を切り開く必要があるの。彼も、その最中よ」
「……」
千尋は、その言葉を咀嚼した。
柊真は、何かを求めている。
自分たちとの関係を切ることで。
Dクラスに自分を落とすことで。
彼は、何かを求めているんだ。
だが、それが何かは——
千尋には、理解できない。
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学園は、相変わらず、階級制度に支配されていた。
SクラスとDクラスの生徒たちは、ほぼ別世界の住民。
交わることは、ない。
だが——
千尋は、時々、柊真を見つめた。
グラウンドで、一人でランニングをしている彼を。
その背中を。
「何を求めてるの?」
千尋は、呟いた。
「何を見ているの?」
答えは、返ってこない。
柊真は、只管に前を進むだけ。
その過去を背負いながら。
その未来を切り開きながら。
ただ、一人で。
そして——
その選択が、やがて、この学園全体を揺るがすことになるのだ。
だが、それは——
まだ、先のことだ。
復讐を成し遂げた男、現代ファンタジーに転生し惰性の日々を送る @ival
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