第4話 先生と彼女の出会い。

 それから僕は毎週彼女の家に行くことも仕事として始まったわけだが……


 これまた、一抹の希望だったが故に無自覚ではあったもののやはりとても期待してしまっていたようで……

 分かってはいたことだが何も手に入らない。

 とにかく一つ、一つでいい。些細なことでいいからと彼女から何かを得ようと必死だった。


 彼女と初対面したのはそれこそちょうど三年前。

 氷の葉が溶け始め、また彩りを取り戻し始めたそんな頃だったと思う。

 僕は話や資料、そしてデータを頭に全て叩き入れ、彼女以上に彼女に詳しい。そんな状態で彼女と対面した。


 いくつもの資料から得た彼女という人物の答え合わせをするように本物の彼女と頭の中の彼女を照らし合わせた。

 やはり実際に会った時の印象というのは大切だなと僕は強く感じた。

 もちろん資料の中にも「初めて彼女に実際に会った時の印象」と言うのもあった。

 が、それは僕ではなく他の誰かが感じた印象である。

 自分がどう感じるかと言うのは他人から得た情報では確かではないと今回彼女に会ってより一層感じた。


 実際に会ってみた彼女は、戦前から存在しているような存在とは思えないと言うのが強かった。

 ロイネが始まって二四三年経った。

 ということは、戦前から存在している彼女は少なくとも二五〇年近く生きていると言うことになる。

 こう聞くと、誰がどう想像してもどうしてもボロボロそうだとか老人のような風貌になっていそうというイメージになってしまうだろう。


 ところが、そのイメージとは真逆の女性が目の前にはいた。

 自分が三十代だと思っているからだろうか?

 とても若々しい。

 若々しいどころではなく、僕よりも年上のはずの彼女がなぜだか年下……というか、近所の少女くらいに見える。

 もちろん、外見がと言う話ではなく雰囲気というのだろうか?

 兎にも角にもとても元気いっぱいで、良くも悪くも年相応の落ち着きがないのである。


 頭の先からつま先まで神妙な面持ちでジロジロとみられて居心地が悪そうに「は、初めまして……」と眉を下げながらそれでも精一杯笑顔を作りながら彼女は僕に挨拶をした。

 いくら僕が彼女について知っていようと彼女からしてみれば初対面の男にこんなにもジロジロみられては居心地が悪いに決まっている。

 それでもこれから毎週お世話になる医者なのだから良好な関係を保とうと平静を装っているのが伝わっている。

「やってしまった……」すぐにそう思った。あまりにも無礼すぎる。初手警戒されては、警戒を解く時間がもったいないのに僕は何をしているんだ。と自分を責めたが、反省会をするより先のことを今は考えるべきだ。

 そう考えて、「ふぅ」と一息つき呼吸を整え人畜無害そうな笑顔を顔に貼り付け彼女に挨拶をした。

「失礼。はじめまして、これから毎週貴方の往診を担当することになりました。よろしくお願いします」

 そう言い、手を前に出し握手を求めた。

 彼女もニコッと笑い握手に応えてくれた。


 そこからしばらく彼女の家にお邪魔し話を伺った。

 大抵のことは、引き継ぎされた情報の照らし合わせだったのだが事務的な話だけでなく僕の話や彼女の話、たわいのない会話をした。

 警戒を解くには自分の話をするのが手っ取り早いというのは本当なんだなと感じた。

 僕の話を彼女は熱心に聞いた。

 彼女は興味があるようだった。

 それゆえ、途中質疑応答のようなコーナーを設けた。

 結果としてこれがこうをそうしたのだろう。

 初めの警戒はどこへ行ったのか?と言うレベルで僕と彼女は親しくなれた。


 次に彼女の話を聞いた。

 もちろん、先輩からの忠告を肝に銘じていたから好奇心に身を委ねるなんてことはせず、ただひたすら待った。

 彼女は自分の好きなものや普段していることを話してくれた。

 僕とは一つもかぶらなかった。

 それ以上にジャンルすら違った。

「あぁ、この仕事に就かなければ決して交わることのなかったタイプだな」と感じた。

 知り合うことすらできなかっただろうと想像できる。

 大抵、仕事や趣味が一つも交わらないタイプとはで会うことすら困難で、どうしても出会おうとするならば街でたまたま出会って話かけて初めて知り合いになれる。そんな面倒を乗り越えて初めてできる出会いなのだから、この仕事がなければ僕は彼女と知り合うことすらできなかったと結論づけた。


 最後にたわいもない話をした。

 そろそろ春になりますね。という季節の話からどの季節が好きなのか?とか、春になったら何が楽しみか?とかそういった話だ。

 このたわいもない話の中に、もしかしたら何かヒントになるかもしれない。と全て聞き漏らさぬよう緊張感を持って会話を続けた。

 彼女はよく笑う女性だった。

 本当に楽しそうで笑顔が絶えない。そんな人だった。


 僕だったらそんなに笑顔にならないだろうなとそう思った。

 いくら、過去の記憶が破損して、無かったものになっていたとしても日々生きていてこんなに笑顔になることあるのか?とそう感じた。

 人間は、笑顔になるとストレス発散などができると言う話を聞いたことがあるが、彼女はAIだ。

 それはもちろん彼女も知っているはずなのだがまるで人間のようだ。


 あっという間に外は暗くなり僕は彼女の家を後にした。

「それでは土曜日からよろしくお願いします」

 と言葉を残してきた。

 彼女は笑顔で見送ってくれた。


 それが僕と彼女が初めて会った日の出来事である。


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