第3話 彼女の先生になるまで。

 僕は彼女の担当者としては六代目だ。


 先代である先輩からはこれらに気をつけるよう説明を受けた。


 ・彼女はデータの破損等から自分を三十代のAIだと認識している。

 ・無理に過去の話を聞こうとすると最悪データの破損が起こる。

 ・彼女は週に一回行われる往診日は土曜であると認識している。

 ・彼女は国からの指示でレポートを書く仕事をしている。


 ということだった。

 とにかく強く言われたのは、自分の興味の赴くまま好奇心だけで彼女に質問することは何があっても禁止であると言うことだった。

 彼女から話すのを待つか、彼女の提出するレポートからか、土曜日に手に入るメモリーの解析から得られる情報でのみ過去の世界についての情報を得よとのことだった。

 むろんそれは「上記以外で情報を引き出すことは禁止である」ということ以外何物でもなかった。


 彼女から得られる情報がこの三点からのみと言うことで、一つ一つ洗ってみよう。


 まず一つ目、「レポート」について考えてみよう。

 この週に一度提出されるレポートなのだが書く内容も強制ができない。

 それこそ、どうだ?こうだ?と毎週書く内容を突き詰めるとデータ破損につながりかねない。

 なので、何かと触れ合った時に感じたことなどから推察したり手掛かりにするべく彼女には「とにかく一週間の間、些細なことでもいいから書いてほしい」と日記のように書いてもらっている。

 ただ、このような指示の出し方ゆえに彼女はこのレポートに「その日の体調」や「その日思ったこと」など本当に彼女の日記でしかなく、毎回書かれている内容はほとんど手がかりにはならないと僕は判断している。


 それならば、二つ目「彼女から話し出すのを待つ」というのはどうだろう?

 この仕事に就任してから、かれこれ三年ほどの月日が流れた。

 だか未だそれらしい情報はない。

 そりゃ、僕は六代目だ。何かあれば五代のうちにわかっているだろう。


 残りは「メモリーの解析」である。

 メモリー解析にのみ希望の焦点が当てられたわけだが、どうだろう?

 研究員たちは毎日彼女から得られた膨大なメモリーを解析している。

 先述したが、彼女は過去の遺物である。

 全く新しい一つの言語を一から勉強し、解析に使っていかねばならない。

 ー過去の言語に対して新しいと表現するのは違和感でしかないなー

 とにかく、メモリーの解析もアリの歩よりも遅くノロノロと解析するのが精一杯のスピードだった。


 かく言う僕も土曜日以外は他の職員たちと同じく解析班に回っているが、すごく目立った情報はこの仕事について以来特にない。


 元々この仕事をすれば過去の世界についてわかるんだ!と期待を持って就職してしまったものだから、高く積み上げすぎた期待の分落胆も凄まじいものだった。

 就職した当時、先輩研究員から「そんなに期待しても落胆するだけだぞ」「ここに入るやつは大概君と同じ動機だが何も得られない事に苛立ってすぐに辞めちまう」などと聞いていただけあるなと入って一年たった頃に感じていた。

 キラキラとしたまさに希望に満ち溢れた顔で入ったものが数ヶ月後にはゾンビのように表情もなく生気もなくただ目の前のデータを解析するだけの一日を送る人形のようになっていった。

 そんな希望に満ち溢れたものたちの行く末は「ことな進まない現実への苛立ち」に変化し、最終的には辞めていくものが大半だった。

 僕の同期も一年経つ頃にはほとんど残っておらず、残ったものも「彼女から得られる情報」を目的から外し、別の研究に精を出すか出世に精を出すかこの二択だった。


 その中僕だけが未だ彼女から得られる情報だけを追い、それだけに執着していたのだと思う。

 諦められなかったのだ。

 諦めたら僕の一生とはなんだったのか?そう考えてしまいそうで怖かった。

 というのも、勉強や進学先の大学も全てこの"過去の世界を知るためにこの研究所に入る"という目標のためにやってきたことだったから、これがダメだった場合僕のこれまでが全て無駄だったと認めるように思えた。


 もちろん、それ以上に過去の世界への好奇心で日々生きているのは言わずもがなだが……


 そんな異常なまでの執着心を持った僕に転機が訪れた。

 彼女のバッテリー交換及びメモリー回収の担当者が辞めると言うのだ。

 それに伴い、この仕事を誰かに引き継がねばならなかった。

「これは、彼女と直接接触できるまたとないチャンスだ」

 そう考えた頃にはもう上司の部屋の扉を叩き立候補していたと思う。

 この仕事を逃したらいけない。そんな気がした。


 しばらくして上司から声がかかり正式に彼女のバッテリーおよびメモリー交換係もとい、彼女の先生になることが決まったと知らされた。

 その後、先輩から引き継ぎをされた。

 以下が仕事の内容、そして一連の流れだ。


 仕事内容は土曜日のお昼前彼女の住む家を訪問して、彼女の健康状態を見聞きする。

 そして、彼女と会話を行いながら彼女のバッテリーが尽きるのを待つ。

 バッテリーが尽きたら、新しく充電されたバッテリーに交換し、メモリーを回収、及び新しいメモリーを接続する。

 そして、彼女に「寝てしまったようなので、僕は失礼します。」と置き手紙を残し彼女の家を後にする。

 たったこれだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る